第43話 のちに伝説となる武闘大会予選
「どうして、どうしてこんなことに……?」
他の予選参加者に混じって闘技場に入ってしまったナスターシャは、涙目になっていた。
「さっきまでナスターシャは隣の席にいたのに、なんで……?」
「ナスターシャ殿は先ほど、『ちょっとお腹が空いたので、メルキス様に頂いたお小遣いの残りで何かお菓子を買ってきます〜』と言って出かけて行きました」
僕には、簡単に想像がつく。
——『あわわ、どうしましょう……道がわからなくなってしまいました……えーと、みなさんあっちへ向かっているので、同じ方向へ歩いて行きましょう』
——『あのー、すみません、出店はどこにありますかぁ? え、“良いから早くこの紙に名前を書け! もう予選が始まる、時間がないぞ”ですか? すみませんすみません! すぐに書きます! ……はい、書けましたぁ!』
——『ええと、どうして私は闘技場の外に行きたいのに中の方へ案内されているんでしょうか〜?』
などというやりとりがあったのだろう。まぁナスターシャの防御力なら、大丈夫だろう。ゼロ距離で大砲をぶち込んでも傷ひとつつかない強度なんだし。
「あ、あの〜すみません、私……」
ナスターシャが恐る恐る手を上げる。
「おい見ろよあの虹色の髪の女、手をあげてるぜ! あれはきっと『予選で最後まで勝ち残るのは私だ、雑魚ども!』と言う勝利宣言に違いない! そんな挑発されたら、ぶっ潰してやらないとなぁ!」
「ひいいぃ! 違いますぅ!」
ナスターシャが慌てて手を引っ込める。
「あのすみません、私はただ棄権——」
「『私は危険な女です、近寄ると痛い目を見ますよ』だと!? 聞き捨てならねぇなぁそのセリフ!」
ナスターシャの後ろから、派手な髪色の男が現れる。
「ちげぇなぁ! この予選会場で、一番『危険な男』はこの様、人呼んで“マッドネストム“様だぜ! ヒャッハァ!」
そう言ってマッドネストムは腰から抜いたナイフをベロリと舐める。
「女、“危険度ナンバーワン”の座をかけて俺と勝負しようぜヒャッハァ! 本当の“危険”ってやつを見せてやるぜヒャッハァ!」
「どうして、どうしてこんなことに……!」
涙目になりながらナスターシャが天を仰ぐ。
「なんだなんだ、うるせえ奴がいると思ったら、メルキスのお伴の女じゃねぇか!」
大声をあげて現れたのは、さっきナスターシャにぶつかって、僕の父上を侮辱したあの男だった。
「メルキスの前に、まずはテメェを血祭りに上げてやるぜ! びびって棄権するなら今のうちだぜ?」
「私も棄権したいのは山々なんですが……案内係の人が気づいてくれないんですよぉ〜!」
「なんだ? しかもテメェ、武器を持ってねぇじゃねぇか! しかも、格闘家ならば絶対にある手のマメがない。つまり、格闘家ではない。そこから導き出される結論は……」
「そうなんですよぉ、私、間違えて大会に参加させられてしま——」
「——テメェ、『予選大会くらい武器なしでも余裕で勝ち抜いて見せますぅ〜。こんな雑魚ども相手なら、ハンデをあげないと可哀想ですよぉ〜』って俺たちのことを舐め腐ってるな!?」
「ひゃ!? いえ全然、そんなことはないのですが……!」
「どのみちメルキスの仲間であるテメェは最優先でボコる予定だったんだ。覚悟してもらうぜ。おいお前ら、こいつからいくぞ!」
「「「へい!!」」」
ガラの悪い男が呼びかけると、似た系統の防具をつけた男たちが集まってくる。
「あれは——チーム行為だ」
——チーム行為。予選大会は最後の1人になるまで戦う個人戦だが、たまにああやって仲間と一緒に参加して、チームで連携を取って戦う連中がいる。
もちろん大会規則違反なのだが、『仲間じゃありませ〜ん、たまたま近くにいた別の参加者と、連携がうまく行っちゃっただけです〜』と言い張れば、証拠は何もない。許すまじき卑劣な行為だ。
男と、その仲間達がナスターシャを完全に包囲する。
「さて、そろそろ始めるか。ギフト発動、【ハンマー使い】!」
そう叫ぶと、ガラの悪い男の腕がうっすらと発光し始める。そして、足元に置いてあった巨大なハンマーを持ち上げた。
「このハンマーは、普段の俺では使いこなせないほど重てぇ。だが、俺様のギフト【ハンマー使い】の効果で、ハンマーを持つ時だけ俺の腕力は2倍になり、この通り扱うことができるのさ。ギャッハッハッハ! 最強のギフトを持つこの俺様を倒したきゃ、ドラゴンでも連れてくるんだな!」
目の前にいるぞ。
「ひいいいぃ、どうしましょう、勝てっこありません……!」
ナスターシャは、座って頭を抱えて震えていた。
『さぁ参加者の皆さん、準備はよろしいでしょうか!? それでは王国武闘大会、予選開始ぃ!』
魔法で拡大された司会者の声が、会場内に響き渡る。
「まずは1匹! くたばれ、メルキスの取り巻きぃ!」
ガラの悪い男が、渾身の力でハンマーを振り下ろす。が、
「キャアアアア!」
ナスターシャが、ハンマーから身を守るために咄嗟に手で振り払う動きをする。そしてそれが、ハンマーにかすった。
“バシイイイイイィン!!”
ナスターシャの手に当たったハンマーが、それだけで持ち主の手を離れて天高く舞い上がる。
参加者を含め、会場の全員が空高く舞うハンマーを見上げていた。
——そして、ハンマーが落下してくる。
“ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァン!!!!!”
凄まじい轟音をあげて、ハンマーが地面に衝突。会場全体が揺れるほどの衝撃だった。ハンマーは地面に深々とめり込み、柄の部分だけが地上に出ている。
「——————え?」
ハンマー使いの男は、何が起きたのかわからずポカンとしている。周りにいる仲間もそうだ。
こうして、のちに伝説となる王国武闘会の予選がはじまったのだった。
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