第35話 極東のシノビが新たな住人になる
「……ここは、一体……?」
シノビが目を覚ましたのは、丸一日経ってからだった。村には余っている家がないので、僕の屋敷で寝かせておいた。その間、僕は寝ずに介抱していた。
「私は生きている、のですか……?」
「そうだよ! メルキスが助けてくれたんだよ」
僕と一緒に介抱していたマリエルが、元気いっぱいに割って入ってくる。
僕は昨日は暗くて良く見えなかったシノビの顔を見る。
この大陸では珍しい黒髪は、丁寧に目の上で切りそろえられている。
「メルキス殿。なぜ、貴方を殺そうとした私を助けたのですか?」
「――ハズレギフトだったとしても。人の価値は、それまで生きてきた意味は無くなったりしない。僕はそれを伝えたかったんだ」
そしてこれは、父上から僕へのメッセージでもある。父上は、シノビの里の事情を知ったうえで、僕にシノビを差し向けてきたはずだ。
そして、僕にこう問いかけたのだろう。『お前もシノビの里の人間と同じように、ハズレギフトの人間は生きる価値が無いと思うか?』と。
当然、僕の答えは『そんなことはない』だ。これこそ、父上が僕から引き出したかった答えだ。
逆に言えば、どんなに優れたギフトを持っても、人の価値が増える訳ではない。所詮人間は人間、他の誰もと同じ、平等な存在だ。
『【根源魔法】が超強力なギフトだと判明しても、つけあがって人を見下すな』。父上はきっとこうも言いたかったのだろう。僕は父上からのメッセージを胸に刻む。
「ハズレギフトでも人の価値は無くならない、ですか。今の私には、とてもありがたいお言葉です……」
そう言って、シノビは微笑んだ。
「私は仕えるべき相手を間違えていたようです。私は、貴方のような人に仕えたかった。ですが、この刻印がある限り、それはできません。私は、貴方を殺さなくてはならないのです」
シノビの手の甲の刻印が発光する。きっとまた、『命に代えてもメルキスを殺せ』という命令を強制的に実行させる力が働いているのだろう。
「提案なんだけど、僕の”刻印魔法”を受け入れる気はないか? 僕の”刻印魔法”で、シノビの里で刻まれた刻印を上書きできれば、君は自由になれる。そんなことが可能かどうかは、やってみないとわからないけど……」
「本当ですか!? 是非、お願い致します」
迷いなく、シノビは即答した。
「”刻印魔法”、発動……!」
シノビの刻印に異変が起きる。元々あった刻印が薄れていき、消滅する。かわりに、光輝く僕の刻印が出現した。
「ありがとうございます、メルキス殿。これより私は貴方に仕えます。この命、ご自由にお使いください」
「仕える必要なんてない。この村で、1人の自由な村人として暮らしたらいいよ」
「いえ、それはできません。シノビとして育てられた私は、主君に仕える以外の生き方を知りません。それに私の命を、絶望の底にあった心を救っていただいた大恩を少しでも返させてください」
「……わかった。それじゃあ今日からよろしく頼むよ」
「承知いたしました。どんな命令でもお申し付けください」
仕えてもらうつもりは全然なかったのだけれども、それ以外の生き方を知らないというならば今はそれでいいだろう。
この村で暮らすうちに、きっと誰かに仕える以外の生き方を知ることができるだろう。その時は、主従関係を解消して自由になってもらうことにしよう。
「我が名は カエデ・モチヅキ。極東の大陸から一族ごとこの大陸へと流れ着きました。今日から主殿の影として力になりまする」
カエデが一瞬でベッドから抜け出して僕の前にひざまずく。
こうして、また1人村に住人が増えた。
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