第32話 悲しい運命を背負わされた暗殺者を救うことにする

 疾風のような速度で、シノビが斬撃を繰り出してくる。


 常人では、見ることさえできない超高速の刃。しかし、”フォースブースト”で身体能力が向上している僕の目は、はっきりとその軌跡を捉えている。


 僕の宝剣が、クナイの斬撃を受け止める。甲高い音を響かせ、幾度も刃が交錯する。


 斬り結ぶ中で、僕は何か違和感を覚える。……さっきまでシノビが腰に差していたクナイが1本無くなってる。


 上を見上げると、クナイがまさに僕の首筋めがけて落下してくるところだった。飛来するクナイを剣で弾く。


「……お見事。まさか、今の死角からの時間差攻撃も防ぐとは。本当に、貴殿は底がしれない」


 最初の不意打ちの一撃は正直危なかった。だが、真正面からの戦いであれば、押し勝てる。僕がそう確信した時だった。


「――仕方有りません。奥の手を使いましょう」


 さっきまでとは、どこか雰囲気が違う。瞳には、覚悟があった。


「私は、ハズレ才能(ギフト)持ちです。シノビの里で一番の成績を修め、神童と呼ばれていた私は一転、役立たずと罵られることとなりました」


「それは――」


 それは、僕と似た境遇だった。


「しかし、私の才能(ギフト)には、1つだけ優れた点があります。それは、発動すれば確実に相手を葬れるということ。――自らの命と引き換えに」


「自分の命と引き換え、だって? まさか……」


「その通り。里にとっては、私の命など、任務1つの成功報酬より安いのです。『命を捨て任務を果たす』。これが、シノビの里に生まれたハズレギフト持ちの運命なのです」


 淡々と、しかしどこか淋し気に女シノビは告げる。女シノビの顔に、一瞬だけ悲し気な表情が浮かんだのを僕は確かに見た。


「任務を放棄することはできないのか? 任務のために自分の命を投げ出すなんて、間違って――」


「残念ながら、それはできません」


 シノビが自分の手の甲を見せる。そこには、刻印が刻まれていた。


「それは、刻印魔法!」


「ご存じでしたか。この刻印を刻まれたものは能力が向上する代わりに、刻印を刻んだ魔法の使い手の命令に逆らえなくなるのです。私は、命に代えても貴殿を殺すよう命令されています」


 刻印が輝きだす。命令を実行させる強制力が働いているのだろう。


「メルキス殿、お覚悟! ギフト発動、【毒の化身】!!」


 シノビの体から、紫の煙が広がる。触れるまでもなく分かる、あれは、猛毒だ!


「”ソイルウォール”!」


 僕は、自分を囲むように土の壁を出現させ、毒煙から身を守る。それでも、ほんの一瞬遅かった。毒煙を少し吸い込んでしまった。


 それだけで、急激に意識が遠くなる。急いで状態異常回復魔法を発動する。


「”ローキュアー”!」


 少し楽になるが、まだ苦しい。凄まじい吐き気とめまいが襲ってくる。


「”ローキュアー”! ”ローキュアー”!」


 3度回復魔法を使って、やっと呼吸が楽になる。


 少し吸っただけでこの威力。凄まじい猛毒だ。


 壁を消すと、毒煙は消えていた。


 そして、シノビも自身の毒で倒れていた。呼吸で肩が動いているのでまだ生きているとわかる。だけど、あと10秒も経たずに力尽きるはずだ。


 ――助ける道理は、無いだろう。


 相手は僕を殺しに来た相手だ。普通に考えれば、助ける必要などない。むしろそのまま死んでくれた方が安心だろう。生きていればまた僕を殺しに来るかもしれないのだから。


「――だけど、」


 彼女は、ハズレギフト持ちなので、里から使い捨てにされたという。それは、実家を追放された時の僕と同じではないか。


 僕の追放は、実は試練だった。だがそのことに気付くまでの、あの絶望。優しかった父上が急に冷たくなったときのあの寂しさ。価値がないと言われ、生まれ育った家を追い出された時のあの悔しさ。それを僕は知っている。


 あんな感情を抱えたまま、人が死んでいいはずがない。


「死なせない……!」


 毒の霧はもう晴れている。僕は女シノビに駆け寄る。既に虫の息だが、まだ助かるはずだ!


「”ローキュアー”! ”ローキュアー”!」


 僕よりもずっと大量の毒を浴びた女シノビは、息を吹き返さない。回復魔法をかけても、毒が強すぎて効き目が薄いのだ。


 それでも、微かに手応えはある。


「このまま。このまま回復魔法をかけ続ければ……!」


”ズシン”


 そのとき、村を囲む森の奥から重い音が響く。


 木々の闇から、新たなモンスター達が現れた。


「あれは、なんだ……?」


――王冠を被った、黒いミノタウロス。


 大きさは普通のミノタウロスとさほど変わりはないが、圧力が桁違いだ。口から熱い吐息が蒸気となって漏れ出ている。


「あんなモンスターが、存在していいのか……?」


 このモンスター一体で、王国騎士団を壊滅させるだけの力を持っていることを僕は確信した。このモンスターは、絶対にここで倒さなくてはならない。


『ブモオオオオオオオオオオォ!!』


 鼓膜が潰れそうな咆哮を上げて、王冠を被ったミノタウロスが突撃してくる。


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