第41話
女がいた。美しい女だった。
浅い色の髪に大きな碧眼。いつもパチクリとさせて周りを明るく照らす大きな目。
女がいた。弱い女だった。
大きな背。いつも美しい女の背に隠れて、おずおずしている。
「シャーキ、いつまで経ってもそんなんじゃダメよ。これからは正式に巫女さんになるんだから。それにあなたは代々、巫女長をやってるお家の子だもの。これからはもっとシャキっとしなさい」
「でもラーナ様、今はあなたが巫女長なのですよ。神の御前に於いて、役職は死ぬまで役職です。私が巫女長になるということは、それは即ちあなた様が亡くなられるということですよ……」
「やぁね、シャーキ。私は当然いつか死ぬわよ。神のもとへ一度は帰らなくちゃいけないもの。でもそれはあなたも同じよ。私達の生の円環。多分あなたと私の環はこの『巫女長』なんていう肩書きでつながっているのよね。だから大丈夫。ずっと一緒よ」
「そんなの言葉の上、いえ、ラーナ様の頭の中だけでの話ですよ……私はどんなに頑張ったってラーナ様のようにろくな業式も使えない。肩書きは肩書きかも知れない。でも私にはその名に見合った実力があるようには感じないのです」
「いつかわかるわ。業はあなたの中にあるものじゃないって。外にあるものだって。私達をつなぐ因果の業をその目で見ればきっと分かるかも知れないわね」
・・・・
男がいた。西方風のターバンを巻いた男がいた。
採光孔を覗くその碧眼は遠く聳え立つ山々を見つめる。
小さな倉庫の中で美しい女と二人きり。
「ティシュトリヤ様、ここなら安心です。
「ああ、ありがとうラーナ。いや、ここは《蒼の姫》と呼ぶべきか」
「そんな、めっそうもございません。これも私達、蒼の一族の悲願達成のためです」
「それは僕のセリフだ。やっとここまで来て見つけた同士なんだ。少しは敬いたくもなる」
ティシュトリヤという名の男はターバンを外す。
採光孔から漏れ込む陽の光に照らされてその蒼髪は凛々しく輝く。
「ラーナ、もう時間がないね」
「ええ、早く始めましょう」
・・・・
「神女様、ブラハマン様とのご結婚、並びにお子さんのご誕生、おめでとうございます」
「いやね、改まっちゃって。これまで通りラーナでいいわよ。それで?最近調子はどう?」
ラーナという名の女性はその空色の髪の娘を胸に抱いて座っている。
シャーキは低い姿勢からその様子をほほえみながら眺める。
「良い顔するようになったわね」
ラーナは笑顔で言った。
「それは神女様のお子様がとても可愛いからですよ」
「だっこしてみる?」
「よろしいのですか!?」
「もちろんよ。次期巫女長様っ」
シャーキはその娘を抱きかかえた。
「お名前は?」
「サーティーよ。この子の髪の毛ほんとにきれいな蒼髪よね。いつ見てもお空みたいだわ」
微笑ましい世界。
そんな中でシャーキは違和感を感じられずにはいられなかった。
この娘は明らかにこの地方の人の顔とは違う。
確かに美しいが、これは西方風の顔つきである。
ブラハマンの顔は一度も見たことがないが、果たして彼が西方人であるということがありえるのだろうか。
「今日会ったことは秘密ね」
「分かっています。ありがとうございました」
・・・・
炎、炎が燃え盛る。
炎炎と煙々と焰が上がる。
《私のせいだ。私のせいだ。》
「さあ早くこっちへ持ってこい!!!」
村の男の声だ。
「罰当たりだ罰当たりだ!」
「神の供物たる神女の立場で俗世に体を売りやがった!」
「それも異人だ!」
シャーキはじっとその炎を見つめる。
ひどく傷つけられた《死体》が広場に運ばれてきた。
彼女の愛した《死体》は高名な
仮面の神官
神器を以て一刺し
二刺し
もう人刺し
その血塗れの《死体》からはもう声も出ない。
蒼髪の幼女の手を強く握る。
その空色の瞳の中でシャーキは感情を失くした。
《私があの時ふと口を零さなければ……》
サーティーは何がなんだか分からない様子だった。
「娘の方はどうなるんだ?」
「どうにでもなるだろう。まだ子供だぞ」
「供物にしては幼すぎる。成長を待つんだろうな」
「でもあのブラハマン様のことだ何するか分からんぞ」
後ろで囁く村人の声。どんどん、どんどんと遠のいていった。
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