第24話 魔王陛下にもできないこと
「お久しぶりですね、ソロさん。随分お疲れのように見えますが、場所を変えた方がよろしいかしら。お休みになられている方もいらっしゃるようですし」
ディアと共に部屋に入ってきたフェルディリカは、目深に被っていたフードを脱ぎ落として言った。
ソロはベッドの上に行儀悪く座ったまま、片手を振る。
「どうも。オレのことなら気にしないでくれ。そいつはちょっとやそっとのことじゃ起きないらしいしな。ただここには椅子がないけど。それよりも姫さん、あんたが人前だと困るんじゃねぇの?」
「そう、ですね。ではこちらの部屋で……」
躊躇いがちに頷くと、フェルディリカは今度はクレピスキュルに体ごと向きなおり、膝を曲げてお辞儀をした。
「クレピスキュル様ですね。わたくしはフェルディリカ、この国の王女です」
「よろしく姫君」
クレピスキュルはいつもの気安い調子で応じる。
コザがこの場にいたら、無礼だなどと、また怒りだしそうだ。
「あなたがいると話が進まないから、ここで待っていてちょうだい。ディアとレオーネが一緒なのですから、十分でしょう?」
フェルディリカから辛辣な一言を投げかけられて、消沈する姿は気の毒ではあったが、城に置いてきて正解だったなと、ディアはこっそり思う。
フェルディリカは傍に控える女性を示し紹介した。
「そしてこの者はレオーネといいます」
「知っているよ。アルジルの術を破った魔法使いの姉さんだろ。やるなあ」
「お目に掛かれて光栄にございます、魔王陛下」
レオーネは片膝をついて、胸に手を当てる。
ディアはすっかり忘れてしまっていたが、実は彼女とは既に一度会っていた。ラトメリア城で、シオンが魔族の気を引き付けている間に、解呪の魔法を完成させ王に正気を取り戻させた魔法使いの女性だった。
確か城に仕える魔法使いたちの中で最も高位の魔法を操る者だと聞く。
フェルディリカが口を開く。
「時間があまりないので、さっそくですけど本題に入りますわね。ディアから扉と二つの世界の関係性について、お話は伺いました。それでいくつかお聞きしたいことがあります」
「構わんよ。儂が知っていることならば、すべてお答えしよう」
「いたみいります。ではまず先程申し上げた、扉を開くことで起こり得る危険性について、ゼベル国王、ひいては国の重臣の方々は御存じなのでしょうか?」
「いいや。知っているのは研究者達の一部と彼らを取り仕切る男が一人。国王やその周辺の大臣達の耳には入っていない」
「そうですか、それで少し安心いたしました。ではクレピスキュル様、そのお力、世界を救うためにお使いいただくことはできませんか?」
クレピスキュルは腕を組むと、僅かに首を傾けた。
「世界を救う。それはいかような意味に捉えればよいのか、そこをまず具体的に説明していただきたいな、蒼月の姫」
クレピスキュルの口元には不遜とも思えるような笑みを浮かんでいた。
わかっていて意地が悪いなと素直に思うが、話の腰を折っても良くないので、ディアは黙っていた。
フェルディリカはその意思の強さを感じさせる瞳を揺るがせずに応じた。
「ゼベルの、彼らがなさんとしていることを止めていただきたいのです。扉を開き、世界を壊そうとする彼らを」
「なるほど、ではどのようにして?」
「おい」
ソロが鼻に皺を寄せ、口を挟む。
「ふざけてる場合か。あんたら魔族にとっても他人事じゃないだろうがよ」
「いいえ、ソロさんこれは重要なことなのです。申し訳ありません姫様、そして魔王陛下」
レオーネがクレピスキュルの前に出て言った。
「世界を救う、ゼベルの研究者たちを止める。これらはとても曖昧で、いかようにも捉えられる願い事です。具体的な手段を示さず、偉大なる力に頼るのは非常に危険なことです。つまりそうですね。例をあげるとするならば、魔王陛下のお力をもってすればゼベルという国一つ潰すことなど容易いことだと……」
ソロは眉を跳ね上げ、フェルディリカはあっと声を上げて口を掌で覆った。
クレピスキュルは顔の横に垂れる髪を弄りながら、レオーネの言葉を引き継ぐ。
「研究者たちを始末したところで、扉の研究は何も個人的な取り組みではない。そうするとその根本から絶やさねば、同じことの繰り返しだろう」
「それにしたって物騒すぎるだろ。それならあいつらの考えを改めさせるとかそういう方法だって……」
「考えを? 魔法で?」
「それがあんたの得意とするとこなんだろ?」
強大な力を持つ魔王。
ディアだって全く考えなかったわけではない。ただ魔王に、魔族に願い事を叶えてもらうには、代償を要する。ただ一人、契約者を除いては。
だが、ディアの話を聞き、協力してくれたラータはそうしなかった。
できるなら、きっとそうしている。ラータだって例外ではない。何せ世界の危機は誰にとっても他人事ではないのだから。
できない事情が、おそらくあるのだ。
「確かに、魔王の力は絶大で、大抵のことは可能だ」
「だったら」
言いかけたソロの唇にひとさし指を当て黙らせてから、クレピスキュルは続けた。
「だが魔王の力を以てしても、できないことはいくつかあってな。死者を蘇らせることと未来を知ること、そして、他者の心を変えることだ」
「けど、あの土の魔族はラトメリア王を……」
「操るのと心に変化を与えるというのは、まったく別物さ。そもそもそんな魔法があるなら、儂がお前に使っているとは思わんか?」
唇の上から指を退かせて、クレピスキュルは腕組みをした。
先程から考え込んでいたフェルディリカが、うんと一つ頷いて言う。
「まあ考えてみれば、人間がやらかしたことを魔族に尻ぬぐいさせるってのもお門違いですわよね。わかりました、わたくしはわたくしにやれることを精一杯やってみます。ですが、クレピスキュル様も可能な範囲でご協力いただけますわね? もちろん代償などはなしで」
にこりと、言葉に反して上品な微笑みを向けられて、驚いたのはクレピスキュルだ。
「まるで引き受けるのが当然のような言い方だな。言っておくが、たとえ契約者の願い事であっても内容によっては叶えないこともあるのだぞ」
それにも動じずフェルディリカは、ふふっと吐息で笑う。
「そうですね、ですがあなたがわたくしたちの申し出を無下にできないのも事実でしょう? 先程アルジル様とおっしゃったかしら? あの土の魔族の方」
クレピスキュルは口をへの字に曲げる。
見た目こそ可憐でたおやかな少女だが、なかなかどうして抜け目がない。斜め後ろで、噴き出す音が聞こえた。
「そうそうあんた過去に起こったすべての出来事を知る力があるんだろ? 自分の仲間がこの国でやらかしたことも、当然知ってるよな?」
横目で見やると、ソロが人の悪い笑みを浮かべていて、クレピスキュルは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「なんだお前たち寄ってたかってか弱い老人を虐めおって」
「申し訳ないのですけど、世界の危機を前に魔族と人間の間の取り決めがどうとか議論しているような時間はありません」
「そりゃあそうだろうとも。だがもうちょっと話の進め方だとか交渉の仕方ってものがあろう」
「あ、はいはーい」
ディアが手を挙げ、その場で小さく飛び跳ねる。皆が注目する中、ディアはクレピスキュルに向けて言う。
「ぜんぶ解決したらソロとデート一回! っていうのはどう?」
全員から視線を向けられ、ソロはディアを睨む。
クレピスキュルは目を閉じて、何だかニヤニヤしていた。
「うむ、悪くないな」
「よしじゃ、決まりね!」
「ディアてめぇ!」
「魔王の力とお前ひとりの意見、天秤にかけるまでもないだろう。ああー楽しみだなーどこ行って何しようかのー」
クレピスキュルがハハハと笑い、ソロはぐったりと肩を落とす。フェルディリカは変わらない様子でにこにこしていて、唯一レオーネが同情の眼差しをソロに向けていた。
フェルディリカがぱんと手を打って言う。
「さて、話がまとまったところで、わたくしは城に戻りますね。お父様に話して、急ぎ準備しないと」
「準備? なんの?」
ディアが振り返ると、フェルディリカは外套のフードを被りなおすところだった。おい聞いてんのかと、ソロが耳の近くで大声を出したが、無視した。
「言ったでしょう? わたくしはわたくしにできることをすると。わたくしはこれからゼベルに向かいます。そしてゼベル国王にお会いして、研究をやめるように願い出るつもりです。レオーネ、あなたも一緒に来てください。それからクレピスキュル様、恐らくあなたの出番も必要になるかと思いますので」
「喜んで参りましょう、姫君」
クレピスキュルがベッドから立ち上がる。
そしてフェルディリカの後に続いて扉を出ようとし、ふと思い出して室内に引き返してきた。
「そうそう、お前たちはどうするつもりだ?」
「ソロを助けた後は、本当ならシオンさん達の後を追って説得出来たらなって思ってたんだけど……」
クレピスキュルから得た情報では、シオン達がゼベルを発ったのは今朝がたで、目的地もそこへ行くまでの経路も教えてもらっている。ただディア達が今いる場所はラトメリアで、ここから彼らを追いかけるには、ミンタミヤ山を越えないといけないし、それまでの道程にも数日は要する。
クレピスキュルのように移動魔法が使えるのなら、そんな心配も無用なのだろうが。
あとラータをこのまま置いていくわけにもいかない。目覚めるまで待つとなるとその分時間を費やすことにもなる。
とか考えていたら、クレピスキュルが言った。
「では、ラティアータが目を覚ましたら伝えておけ。ジェアダ北の社にある槐の木へ飛べと」
「あ、ジェアダって確か……」
「ゼベルから少し北に向かったところの、そうだな、トルトゥガとの中間地点にあたる場所だ。上手くいけば先回りできるだろう。ではな二人共」
長い服の裾を翻して、クレピスキュルは部屋を出る。
ディアとソロは顔を見合わせた。それから、同じ動きでラータを見やる。これだけ人の話し声がしていて、彼の意識はなおも深い眠りの中にあるらしい。
ソロはベッドに横になって目を閉じた。
「晩飯まで寝る。お前も休めるうちに休んどけ」
ディアはちょっとだけ迷って、結局空いているベッドに潜りこんだ。朝早くから奮闘したおかげで、思っていたよりもずっと体は疲れていたらしい。
目を閉じて数秒もすると、意識は眠りの淵に沈んで、次に目を開けたら夜になっていた。
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