文通相手と会うことになりました~ただし親友の替え玉として~

三条ツバメ

本編

「私はアネットと申します。背中まで届く真っ直ぐな黒い髪で、女性としては背が高いと言われます……ねえ」

 手紙から目を上げた私は、庭のテラスに置かれた白いテーブルを挟んで向かいに座る相手を見た。


「くくく、我が友レベッカよ、そんなに見つめられるとアネットちゃん、照れてしまいますぞ」

 なぜか不敵に笑うウェーブのかかった金髪で、女性にしたって背が低い私の友達の姿にため息が出た。


「あなたね、いくら文通だからって自分の容姿についてデタラメ書いたらダメでしょ」

 私はアネットに言った。


 いつものように連絡も無しに私の屋敷までやってきたこの伯爵家のご令嬢は、実はとある男性と文通をしていたのだと切り出してきた。

 優秀だが変人、という評価をほしいままにするこの友人が男相手に文通していたのには驚かされたが、それ以上に驚いたのはアネットが自分の容姿を偽っていたことだった。


「しかもこれ、私をモデルにして書いてるわよね。なんでこんなことを……」

 私は言った。

 そうなのだ。背中まで届く黒い髪で背が高いのはこの私だ。


「いやー、背が低いと舐められるかなと思って、つい……てへっ」

 アネットは舌を出して自分で頭をコツーンとやった。

 イラッとした。あの頭、ハンマーかなにかでガツーンとやってやろうかしら……とも思うけど、この子が自分の身長を気にしているのは私も知っている。ここは我慢してやるか。イラつきはするけど。


「まあ、私をモデルにして書いておけば侮られはしないでしょうね」

 フッと笑って私は言った。

 男性の平均よりも少し背の高い私は、どうも近寄りがたい存在だと思われているようで、異性はおろか同性でも親しい相手は少ない。もっとも、そういうことを全然気にしない人もいるにはいるんだけど……


「どうかしました?」

「別になにも」

 私は取り澄まして答える。

 アネットには感謝してるけど、どうにもこうにもそれを伝える気になれないのよねー。


「で、あなたが文通相手に嘘をついてるのは分かったけど、それを私に見せてどうしたいわけ? 叱って欲しいのなら喜んで叱り飛ばすけど」

「いえ、それはちょっと……」

 にっこり笑ってやるとアネットはたじろいだ。別にモデルに使われたくらいで怒りはしないけど、普段なにかと苦労させられているアネットをやり込めるのはちょっと気分がよかった。

 でも、そのいい気分は長くは続かなかった。


「実はですね、私、文通のお相手と会うことになってしまいまして」

「はあ!? そんなことしたら嘘ついてたってバレちゃうじゃない!」

「そうなんですよ。だから……」

 アネットがチラッと私を見る。背中まで届く黒髪で、背の高い、この私を。


「ちょ、ちょっと待って……あなたまさか……」

「あ、わかっちゃいます? いやー、流石は我が友レベッカ。美しき心の絆ですな」

「寝ぼけたこと言ってるんじゃないの! あなたの替え玉として文通相手と会うなんて冗談じゃないわよ!」

 私はバンとテーブルを叩いて言った。


 アネットの狙いはばっちり読めていた。この子は私に自分の代役をやらせようとしているのだ。嘘がバレないようにするために。

「くくく、我が友よ、この私が、あなたに全力で拒否されることを想定していないとでもお思いですかな?」

 アネットは不敵に笑っている。


 嫌な予感がした。これは、なにかを出してくる。私が拒めない、なにかを。

 そして、それが姿を現した。

 アネットがトランクから取り出したのは一冊の本だった。私が愛して止まない名作恋愛小説「辺境の月」。その貴重な初版本。それも作者のサイン入りだ。


「や、やるわね……」

 腕を組んで平静を装うとしたけど、どうしても目が革装丁の美しい表紙に吸い寄せられてしまう。

 ダメよ。気をしっかり持たないと。これは完全にアネットの責任なんだから。いくら長年探し求めたお宝を目の前に出されたからって、そう簡単に屈するわけには……。


「アネット、やっぱりこんなことよくないわよ。嘘をついていたことは正直に謝りましょう。私もついていってあげるから……」

 私は欲望に屈しそうになるのをなんとか堪えながら言った。

 そうだ、相手を騙すなんてよくないことだ。でも、初版本、初版本かあ……サイン付き、サイン付きかあ……。


「我が友よ、私も今回は反省しているのですよ。ですが、私にも守らねばならぬ名誉というものがあります」

 アネットが神妙な面持ちで言う。

 そう、そうよね。この子、こんなんでも伯爵家の令嬢だもの。恥をかかせるわけには……

「一度会ってもらえればそれでいいんですよ。後は私が手紙でやり取りして、上手く収めますから」


「一度会うだけ、か……」

 悩むなあ。悪いのはアネットだけど、一応反省はしているみたいだし、この子は変人だけど悪人ってわけじゃないし……。

 初版のサイン本をじーっと見ながら、私の心は揺れていた。


「会うときの段取りも決めてあるんですよ。昼からの演劇を二人で観るだけでして」

「昼からの演劇……? アネット、それってまさか……」

「まさか? 私はただ、この「辺境の月」が原作の、いま超大人気でプレミアつきまくりな演劇を文通相手と観るというプランを立てているだけですが」

 そう言ってアネットはまじめくさった顔で二枚のチケットを取り出した。これまた私が喉から手が出るほど欲しがっていたものだ。


「準備が、いいじゃない……」

 私は歯を食いしばりながらなんとか言った。そうでもしないとこちらから頭を下げてしまいそうだった。

 わかってる。これはすべてアネットの策略だ。この親友は、決して断れない状況にこちらを追い込んでいるのだ。


「くくく、こう見えて私も結構追い詰められているのですよ……今回の件がバレたら母上からのマジ説教フルコースが確定しますからな」

 笑ってはいるけどアネットはガタガタ震えていた。この子、小さい頃からお母様には頭が上がらないのよね……。

 伯爵家の事情はともかく、このチケットを出されたんじゃこちらに逃げ場はないわね。

 私はため息をついてから言った。


「わかった。あなたの替え玉、やってあげるわよ」

「おお、心の友よ!」

 調子のいいことを言うアネットに苦笑いしつつ、私は心の中でまだ見ぬ文通相手さんに詫びていた。

 ごめんなさい、文通相手さん。でもね、世の中には断れない申し出ってものがあるのよ。

 あー、「辺境の月」の劇、楽しみだなー。



 その三日後、私は町の広場にある噴水の前に立っていた。

 いよいよアネットの文通相手、ラティフ・ルーカス卿と会うときがやってきたのだ。

 この日のために、私はアネットからいままでの手紙を見せてもらって、ラティフさまのことを勉強しておいた。

 年は私やアネットと同じ十八。伯爵家の長男だそうだ。手紙では自分のことを金髪で長身だと書いていた。


 文面から察するにアネットのことはかなり気に入ってるみたいだけど、アネット本人はどうも自分が好かれてるって自覚がないみたいなのよね。もったいない。

 騙しちゃうのは申し訳ないけど、サインつき初版本とプレミアチケットを並べられたんじゃしょうがないわ。

 さて、そろそろ待ち合わせの時間だけど、金髪で長身の人……金髪で長身の人……


「あの、アネット様でしょうか?」

 ラティフ様らしき人物を探していると、不意に声をかけられた。

 来たわね。

 私は少し呼吸を整えてから振り向いた。

 そこにいたのはたしかに長身で金髪の、若い男性だった。私より大分背が高いわね。


「はい、ええと、そちらはラティフ様でしょうか?」

 私は品良く笑って言った。アネットはこんな風に笑ったりしないけど、あの子の真似なんて私には色んな意味で無理なので普通にやらせてもらう。

「失礼しました。こちらから名乗るべきでした。私は、ラティフ・ルーカスと申します。アネット様、お目にかかれて光栄です」

 ラティフ様は頭を下げると改めてそう言った。


 ふうん、手紙だともっと明るい人だと思ったんだけど、実際会ってみるとちょっと印象が違うわね……でも、嫌な感じはしない……というかこの人、想像してたよりもずっとカッコいいんだけど。

 若干動揺してはいたけど表に出すわけにはいかないので、私は落ち着いて一礼した。

「お気になさらないでください。アネット・ルシーリアと申します。文通のお相手にお目にかかれて光栄です。私もラティフ様を探していたのですが、先に見つけられてしまいましたね」


「あなたのことはすぐにわかりました。手紙に書かれていたとおりの見た目でしたから」

 ラティフ様が微笑んで言った。

 まあ、そうよね。私、背が高いから目立つものね。

「この身長もたまには役に立ちますわね。普段は近寄りがたいと思われるのですけれど」

 初対面の相手なのだけどついつい自嘲してしまう。


「そんなことはありませんよ、アネット様」

 ラティフ様は真剣な表情になって言った。こんな風に言ってもらえたのは初めてだ。ちょっと嬉しい、かな。

「ありがとうございます……あまり自虐的になるのもよくないですよね」

「そうですよ。あなたは素敵な方です……あ、これは手紙の印象通りの方だという意味で……」

 ラティフ様は少し慌てた様子で付け加えた。


 大丈夫。ちょっとドキッとはしたけど、勘違いしたりはしないわ。そもそもこの方は文通相手であるアネットのことを気に入ってるんですもの。このくらいで動じてちゃダメよ。……まあドキッとはしたけど。

「ラティフ様もお手紙の内容通りの温かい方ですわ」

 私は言った。

 いくら褒めてもらえたとはいえ、こういうことを言うのは照れるわね。手紙だと温かいと言うより明るい方だと思ってたんだけど、ここは実際に会っての印象に合わせた方がいいだろう。


「光栄です」

 ラティフ様は笑顔でそう言った。……笑顔もカッコいいわね。

「それで、今日は演劇のチケットを取ってあるということでしたね」

「そう、そうなんですよ! お父様がチケットを二枚手に入れてくださって!」


 演劇の話を振られて、私はつい興奮してしまった。ちょっと変だったかしら……でも、楽しみなことは楽しみなのよねー。

 少し不安を感じつつラティフ様の様子をうかがう。

「手紙でも書きましたが、私は演劇は初めてでして……よろしければ劇場に着くまでの間に色々と教えていただけませんか?」

「任せてください!」

 私は元気よく言った。



 広場から劇場までは歩いて十分ほどだ。その間、私はしゃべりにしゃべった。

 ラティフ様はとても熱心に私の話を聞いてくれた。私について、「本や演劇の話になると急に早口になる」と冷ややかに言う人は多いのだが、彼は違っていた。

 いや、私も初めのうちはちゃんと自制していたのだ。素敵だって褒めてもらったし、悪い印象を与えるのはよくないと思って、相手の反応を慎重に見極めながら少しずつ話していた。


 でも、ラティフ様は私の話に興味を持ってくれて、もっと色々聞かせて欲しいと言ってくれた。私が本や演劇のことを語っても引かない相手は貴重だ。

 だから私も夢中になってしゃべってしまい、気づかないうちに劇場の前まで来ていた。


「アネット様の解説を聞けるのもここまでですね」

「ご、ごめんなさい、私、ついしゃべりすぎてしまって……」

 いくら相手が聞き上手だからといってちょっとやりすぎだ。私は少し反省して言った。

「いえいえ、おかげで知識がつきました。私もきちんと劇を楽しめそうですよ」

 ラティフ様はそう言ってかぶりを振った。


「それはなによりですわ」

「では、参りましょうか」

 ラティフ様は優しく私の腕を取った。

 お、落ち着け、落ち着くのよ、私。こういう場なんだから、エスコートされるくらいは当然よ。

 いくら相手がカッコよくて優しいからって、動揺するわけにはいかないわ。

 だって、この人は私のことを、アネット・ルシーリアだと思っているんだから。



 劇は最高の一言に尽きるものだった。

 私は何度も笑い、何度も泣いた。隣のラティフ様も同じように楽しんでくれていた。

 劇を観られたことも嬉しかったけど、ラティフ様が私と同じように楽しんでくれたのもなんだか嬉しかった。


「とてもよかったですね」

「ラティフ様、何度か泣いてらっしゃいましたよね」

 興奮した様子で言うラティフ様に、私はにやりと笑って見せた。

 劇場を出た後、ラティフ様は「少し休みましょう」と言って、カフェに案内してくれたのだった。目立たないところにあるけど、内装も調度品もかなり上質だ。隠れた名店って奴なのかしら。


「そ、それは、主人公の運命につい胸を打たれてしまって……アネット様だって泣いていたではないですか」

「み、見てらしたんですか……」

 思わぬ反撃に私は少し焦った。こっちも見られていたとは……なんだか無性に恥ずかしい。ここは話を逸らそうかしら。


「でも、ここはいいところですね。落ちついた雰囲気で、初めてきたのになんだかほっとします」

 私はお店の中を見ながら言った。

「いいところでしょう? 特に焼き菓子が絶品なんですよ」

「え? 焼き菓子、ですか?」

 意外な単語が出たことに私はつい目を瞠ってしまった。


「実は、私はお菓子の食べ歩きが趣味でして……変でしょうか?」

 ラティフ様は不安そうに言った。その様子がおかしくて、私はつい笑ってしまった。

「やっぱり、変ですよね……私みたいな男がお菓子の食べ歩きなんて……友人からもからかわれていますし……」

 落ち込んでしまったラティフ様に私は慌てて言った。


「ごめんなさい、変だと思ったわけではないんです。ただ意外だっただけで……ラティフ様って穏やかで優しくて、完璧な方って印象だったから」

「完璧だなんて、そんな……今日だって、上手くあなたのお相手が出来ているか、とても不安だったのですよ」

「そうだったんですか……」

 なんだか意外だ。この人も私みたいに緊張してたんだ。


「ラティフ様はきちんと私の相手を務めてくださいましたよ。ラティフ様と劇を見るのはとても楽しかったですから」

 私は素直に言った。誰かと劇を見に行って、こんなに楽しかったのは初めてだった。

「そう言っていただけてとても嬉しいです。文通の相手があなたのような素敵な方でよかったですよ」

 ラティフ様は笑顔でそう言った。


 うー……なんだか照れるわね。でも、嬉しいな。

 給仕の男性が注文したお茶と焼き菓子を持ってきてくれた。

 ラティフ様おすすめの焼き菓子はとても美味しかった。

「これ、すっごく美味しいです!」

 やばいわ、これ。何個でもいけちゃいそう。


「そうでしょう、そうでしょう」

 ラティフ様も少し得意気だ。

 そして私たちは美味しいお菓子とお茶を堪能しながら、さっき見てきた劇について楽しく語り合った。

 すごく楽しかった。ラティフ様は素晴らしい方だ。

 そして、私は、この人を騙している。


「おや、もう暗くなってきましたね」

 窓の外を見てラティフ様が言った。

 気づけば夕暮れだった。夢中で話しているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。

「ここまでですね。アネット様、今日は本当に楽しかったです。広場までお送りしましょう」

 ラティフ様が優しく言ってくれている。


 でも、私はなにも言えないままうつむいてしまっていた。

 どうしたらいいのか、わからなくなっていた。

 私はこの人のことを好きになっている。この人と一緒にいるととても楽しい。でも、私はラティフ様に嘘をついている。

 こんなにも私によくしてくれた、大好きな人を騙しているんだ。


「…………」

 胸が苦しかった。こんなにも幸せで、こんなにも辛いのは初めてだった。

 ダメよ、レベッカ。泣いたりしたらダメ。そんなことをしたら、この人は……。

 私は必死で涙を堪えようとした。でも、ダメだった。

 いつの間にか、熱いものが頬を伝っていた。


「どうされたのですか、アネット様」

 ラティフ様は心から私を心配してくれていた。

 本当に、優しくて温かい人だ。でも、嘘つきの私にはその優しさを受ける資格はない。

 そっと伸ばされたラティフ様の手を、私は振り払った。


「……ごめんなさい」

 それだけ言って、私はカフェを飛び出した。ラティフ様がなにか言っていたけど、私は振り返ることなく走った。



 罪悪感と自己嫌悪を抱えたまま、私は息が切れるまで走り続けた。

 いつの間にか、待ち合わせをした広場の噴水のところまで来ていた。

 もう夜だ。今日は満月だった。水面には白くて丸い月が映っている。

 私は水面で揺れる月をぼんやりと見ていた。

 これは罰なんだ。欲に目がくらんで、親友のためなんて言い訳して、他人を騙そうとしたから、私は罰を受けたんだ。

 そう思うと、少しだけ気分が楽になった。


「あんなに素敵な人を騙した悪人なんだから、これくらい苦しんで当然よ」

 皮肉な笑みを浮かべて、私は水面に映る自分の顔を見た。

 近づいてくる足音がしたのはそのときだった。

「アネット……」

 そこにいたのは私の親友だった。金髪で小柄な友人はなにか言いかけたが、私はそれを制して口を開いた。


「あ、あのね、ラティフ様、とてもいい方だったわよ! カッコよくて、優しくて、完璧な人なんだけど、でも親しみやすくて……すごく、すごくいい人で……」

 そこから先は言葉にならなかった。

「ええ、まあ、たしかに、いい人でしたね……」

 アネットはなにやら居心地悪そうにしていた。


 どうも様子がおかしい。というか、アネットはどうしてここにいるんだろう。

 疑問が芽生え始めたとき、小柄な男の子が私たちの方に走ってくるのが見えた。

「おーい、アネットー、見つけたかー」

「見つけましたよー。こっちですこっちー」

 アネットは赤い髪をしたその男の子に手を振った。

 誰だろう? アネットにあんな知り合いいたかしら。


「おー、よかったよかった。見つかったか」

 アネットよりほんの少し背が高いだけの小柄な男の子はにかっと笑って私を見た。

「えっと、こちらは?」

 やっぱり見覚えはないので、私はアネットに聞いてみた。


「…………ラティフ・ルーカス卿です」

「は?」

 アネットの答えに、思わず間の抜けた声が出た。

 ラティフ・ルーカス? いや、それは私がさっきまで会っていた、あの背の高い金髪の方で……

 そこまで考えたところで、私ははっとなった。


「ちょ、ちょっと待って……アネット、これってまさか……」

 ある考えが閃いた私は恐る恐るアネットを見た。すると我が友はこくりとうなずいた。

「ええ。ご想像の通りですよ。こちらは私の「本物の」文通相手、ラティフ・ルーカス様です」


「わはは、初めましてだな。俺はラティフ・ルーカスだ。いやー、俺って背が低いからバカにされることが多くてなー。だから文通では舐められないようにと俺の親友の容姿を使わせてもらったんだが、まさかそっちも同じことをしてたとはなー」

 赤毛で背の低い、本物のラティフ様が豪快に笑う。

 この明るさ。間違いないわ。こっちが本物の、アネットの文通相手……!


「くくく、私も替え玉作戦には若干の不安がありましたので、実はこっそりと後をつけていたのですが、そうしたら同じように尾行している怪しい人物を見つけましてな」

 アネットが言う。

「それが俺だったというわけだ。で、俺たちはあっさり意気投合したんだが、お前たちの方も楽しんでるみたいだったんで、声をかけにくくてなー」

 本物のラティフ様が言う。


「それでしばらく二人で様子を見てたんですが、こんなことになってしまったので、慌てて探しに来たってわけですぞ」

 アネットが付け加えた。

「嘘でしょう……」

 私は全身から力が抜けるのを感じた。まさか相手も替え玉だったなんて……。

 呆然としているとまた足音が聞こえてきた。


「ラティフ!」

「おお、来たか」

 本物のラティフ様が言った。やってきたのはあの方だった。

「よかった。見つかったのですね。本当によかった」

 金色の髪で背の高いその人は、私を見てほっと胸をなで下ろしていた。


「わはは、遅いではないか」

「くくく、ヒーローは遅れてくるものですぞ」

 勝手なことを言うラティフ様とアネットだったけど、彼ににらまれると小さくなった。

「二人とも、彼女にちゃんと謝りましたか?」

 恐い顔になった彼に言われた二人は、そろって私に向き直った。


「このたびは」

「ご迷惑をおかけしました」

 そして深々と頭を下げた。

「騙してしまって本当に申し訳ありませんでした。私からもお詫びさせてください」

 彼もまた、私に向かって頭を下げた。


「ま、まあ、いいんじゃないかしら……私も報酬はもらってるし、こっちもラティフ様たちを騙してたわけだし……その、ごめんなさい」

 どうにも居心地が悪いので、私も頭を下げた。

「わはは、いい方ではないか」

「くくく、私の親友ですからな」

 ラティフ様が笑うとアネットもにやりと笑った。


「さて、アネットよ、今度は俺たち二人でどこかへ行かないか?」

「くくく、このアネットちゃん、安くはありませんぞ」

「わはは、望むところだ」

 ちびっこ二人は楽しげに話ながら、夜の町へと消えていった。


「本物のラティフ様って、すごい、方ですね……」

「ラティフは私の友人の中でも一番の変わり者ですよ」

 私が言うと彼は苦笑いした。

「本物のアネット様も、すごい方でしたね……」

「それはもう」

 今度は私が苦笑する番だった。


「替え玉作戦は終わったわけですけど、これからどうしましょうか?」

 私は彼に言った。

「それなんですが、もう一度、初めからやり直しませんか?」

「……喜んで」

 私はそう答えた。

 彼が私に向き直る。


「私はマックス・ミグライトと申します。あなたのお名前を教えていただけますか?」

「私はレベッカ。レベッカ・ロゼッティです」

 笑みを浮かべて、私は大好きな人に名乗ったのだった。

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文通相手と会うことになりました~ただし親友の替え玉として~ 三条ツバメ @sanjotsubame

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