第17話
「あー、ただいまの気温36度、天気は快晴・・・絶好の海水浴日和だぜ!!」
イヤッホーと片手にカメラを持ちながら海の前で桐村修は盛大な独り言をあげる。
そんな彼をほかのメンバーは苦笑まじえながら生暖かく見守っている。
ここ渥美海水浴場は夏限定の名所、浅利たちは夏休みを利用し仲良しグループと数名の男子たちと遊びにやって来ていた。
メンバーは同じ中学の七川浅利、林田恵子、甲光凪紗、桐村修、道長慶介、不破成久、そして同じく三丸市にある胡桃宮女子中学から金城百合と白岩凪紗の男女8人組。
まだ、幼さが目立つ十三・四歳の少年少女達だった。
「おーい!修!いつまではしゃいでるんだよ!!さっさと着替え済ませようぜ!!!」
水着にも着替えずに一人永遠と海の前で馬鹿みたいにはしゃぐ修にいい加減しびれを切らしたのか不破成久は海の端にまで轟くかと思うほどの大きな声で修を呼ぶ。
修の行為も大概恥ずかしいが成久も結構なものだ。
周囲のほかの客たちは何事かとこちらを見たりクスクスとせせら笑ったりしている、そんな視線に当の本人たちは全く気にしていないものだからなおさらタチが悪い。
(もー恥ずかしいな。なんで人前であんなに騒げるんだろう?わけわかんないよ)
もともと内向的で、人見知りである浅利は彼らのようなどこでも自分を出せる人種を苦手としていた。
しかも今日のメンバー浅利は恵子と凪紗以外とはそれほど親しくもない、胡桃宮女子中学のメンバーとは今日が初対面とまで来ている。
人付き合いが苦手とまでは言わないがあまり得意ではない彼女がそうまでしてここまで来たのは家に居たくなかったというのもひとつの理由だが、もうひとつの理由が浅利にはあった。
「ごめんごめん。海見てたらテンション上がっちゃってさ。なんでだろうな、人が海に来たら、浮かれるのって。やっぱ母なる海は偉大ってことか」
「バカじゃないの」
太陽のように明るい金髪をかきあげながら寒いセリフを吐きながら戻ってきた修に恵子は毒づく。
そんな二人のさまを見て笑うみんな、浅利はその中のひとり道長慶介の微笑みに心を奪われていた。
正直に告白すると、七川浅利は道長慶介に恋している。
残念ながら両想いではなく片思い中、けれどその心中は彼にはまだ明かしてはいないので期待ゼロというわけではない。
浅利が慶介のことを好きになったのは今から二ヶ月前のゆっくりと季節が春から夏へと変わり始めていた五月のことだった。
その頃の浅利は一ヶ月前のクラス替えのせいで、せっかく一年かけてつくった数少ない友達たちと運悪く離れ離れになってしまい、途方にくれる毎日を送っていた。
休み時間は仲良くしゃべる周りの女子たちを尻目にさして好きでもない読書にふけるそんな日々を送る毎日。
友達になろうと自分から近づけばよかったかもしれないけど、内気な彼女にそれは酷というものだった。
それに何より下手に近づき、相手が友好的なら何も問題はないのだが、もし、そうじゃなかった場合は・・・それを考えるのがなによりも怖かった。
笑われるくらいならまだ可愛いものだけど、もしその無邪気な悪意を向けられたものなら、どんな目にあうか考えるだけで恐ろしい。
実際、浅利は一年生の時に、違うクラスの女子がトイレで数人の女子に暴行を受けている姿を目の当たりにしてしまっていた。
その時は驚きのあまりすぐにトイレから逃げ出し、その後も告げ口でもして次の標的になるのが怖くて結局は誰にも何も話さないでいた。
(あんなの私じゃどうしようもない。何人も人がいたし、たったひとりじゃどうしようもない。だいたいいじめられてた子と私は何の関係もない、だから助ける義理もそもそも無い。それにもしかしたらあれはいじめなんかじゃないのかもしれない。もしかしたら、殴られてたあの子がものすごく悪い子で、みんなでお仕置きをしていたのかもしれない。そもそも、あれは暴力なんかじゃなくて単なる遊びだったのかもしれない。私は交友関係が少ないから知らないだけであんな遊びもあるのかもしれない。そう、きっとそうだ)
そんな、誰に語るわけでもない独白で無理やり自身を納得させ。
(自分があんな目にあうなんていうのはまっぴらゴメンだ。あんな目にあうかもしれないなら一人のほうがいい。私はひとりなんて気にしない)
そんな強がりをはりこの一ヶ月間を過ごしてきた。
そんな時だった、道長慶介と出会ったのは。
出会ったといっても既に一ヶ月を同じクラスで過ごしていたのだが、元々人と深く関わろうとしない浅利にとってはその時がファーストコンタクトと言ってもいい接触だった。
きっかけは昼休み終わりの掃除時間。
この三丸中学では毎日昼休み終わりの12時45分から13時までの15分間を掃除時間として全生徒が決まった割り振りの元掃除に取り掛かる。
けれど大概の生徒は遊んでばかりであり、浅利のように毎日15分間きっちり掃除をする生徒の方が珍しいくらいだった。
その日は図書室前の廊下の掃除で、図書室に配置されている掃除道具からほうきを取り出そうとしたところ、その前でバカみたいに大声で騒ぐ男子生徒二人が扉を塞いでしまっていたのだった。
もちろん彼女にはそこをどけなんて彼らに言う勇気はなく、どうしようものかと立ち往生していると。
「ちょっとごめん。ほうき取るからどいて」
まるで二人の存在なんか気にしないように道長慶介は彼らにそう言うと難なくほうきを二本取り出してきた。
くっちゃべっていた男子たちは慶介に何も言わない、まるで気にも止めていないようだった。
そうして、慶介はつかつかと浅利の前まで来ると、
「はい」
っと、ほうきのうちの一本を浅利に渡したのだった。
「えっ?」
「いや、ほしそうにしていたから違った?」
女の子と見間違えるほどの綺麗な顔で慶介はそう訪ねてくる。
「う、ううん。そうだけど。あ、ありがとう」
「いいよ別に、俺もとろうと思ってたし、ついでだったから」
それだけ言うと、慶介はさっさと掃除を始めてしまった。
それだけ、自分でも本当に信じられないがたったそれだけのことで、七川浅利は道長慶介に恋をしてしまったのだった。
一体どこに好きになる要素があったのと、聞かれたら多分うまくは答えられない。
なにせ自分自身なんで好きになったのかがわからないんだから。
それから浅利はなんとか彼に近づこうとし、彼の周辺をウロウロしているうちに、彼の幼馴染だという林田恵子と知り合い、友達になった。
林田恵子は浅利とは違い、とても外交的で明るい少女だった。
髪を少し茶色に染めていたので浅利も最初は少し苦手意識を持っていたが、話していくうちに打ち解けていき今では親友とも言っていい間柄へとなっていたのである。
そしてつい先日、浅利は恵子に慶介に対する思いを告白したのであった。
流石に恵子も最初は驚いていたが、すぐに笑顔となり、
『意外だったけど、不釣合だなんて思わないよ。私も協力するからさ、頑張ろうよ』
そう言ったのだった。
そして、恵子が思いついたのが今回の海水浴だった。
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