第15話
クリスマスパーティーの料理が出揃った頃、藤尾朔太郎は一人、調理室を後にし本館の見回りに勤しんでいた。
それは、みんながパーティーにはしゃぐなか不審な点はないかの最終チェックも兼ねていたのだが本命はべつにあった。
スっと天井を見つめる藤尾、その目線の先には小さなカメラが設置されてある。
実はこの男、先日の鳩山静希の施設の警備を強化したほうがいいのでは?という助言をまともに受けてしまい、その日のうちに監視カメラを購入、施設のいたるところに設置してしまったのだった。
まだ試験的な運用のため藤尾自身が自費で購入し設置したため数は少ないが、いずれはみんなとも話し合いより数を増やしていければと思っている。
というわけで、今はそのカメラがうまく作動しているかを見に来たわけなのだが。
「なんか、臭いな」
藤尾はあたりに立ち込めるきな臭さに顔をしかめる。
調理室のほうで誰かが料理の失敗でもしたかな?
一瞬そんなことも考えたが、どうもこの匂いはそんな感じではない、もっと原始的な純粋にものが燃えたときに起きる香り。
そう、例えるなら焚き火のそれに似ていた。
けれどこんな匂いどこから?
近所で誰かが焚き火でもしているのだろうか?
不思議に思った藤尾はフラフラと匂いがする方へとあゆみ進んでいき、そこで激しく燃え盛る巨大の炎を見た。
それはまるで別世界にでも迷い込んだかのような不可思議な感覚だった。
目の前で起きていることはとっくにその目に映し出されているのに、脳がその光景をなかなか理解してくれようとはしない。
しばらくは声もなく呆然と立ちすくみ、やがて肌にまとわりつく熱気がやっと彼を現実へと引き戻した。
「まずい!」
そう叫ぶと共に藤尾は駆け出す、目的場所はもちろんみんなの集まっている調理室だ。
あそこには今この施設にいる人間全てが集まっているはずだ。
今この施設にいる人間は全人口十五名に対し藤尾朔太郎を含め九名。
残り六名の所在は確認済みでまず間違いなくみんな無事だろう。
職員の一人である葛西公彦は今現在買い出しに出ており不在、中学生の青渕栄絵と大口大介は補習があるとかで中学校に行っているはずだ、昨夜そう話していたのを藤尾は記憶していた。
残る子供、浅見雄一郎と実沢深志のふたりは同室で風邪を引いたとのことで職員の君島優香に連れられ病院に行っている。
なら、するべきことはこの事実をみんなに知らせ一刻も早くここから逃げ出すことだ。
ガラッと勢いよくドアを開け転がり込むように調理室へと入る、皆一斉に驚いた顔で藤尾に注目をする。
それは藤尾にとっては好都合だった今は一分一秒を争う状況、説明は手短な方がいい。
「どうされたんですか?」
神山京香がおずおずと聞いてくる、どうやら不二雄の表情から事の重大さを察知しているようだった。
藤尾はできるだけ静かにけれどみんなに聞こえるよう通った声でゆっくりと告げた。
「火事が起きている、みんな急いで避難するんだ」
誰かが息を飲む音が聞こえた。
「本当ですか?」
そう訪ねた京香の声は震えていた。
「ああ、だけどまだ火は遠い、落ち着いて冷静にここから出るんだ」
藤尾の言葉に京香はコクコクと何度も頷く。
「みんなも落ち着いて、いいね。大丈夫だから、走ったりしないでゆっくり外に出るんだ」
そう告げる藤尾を見る子供たちは未だ呆然としている、それも仕方がないことだろう、楽しいクリスマス会がまさかこんなんことになるなんて誰も予想できなかったのだから。
「さっ!急いで!!」
「みんな、急がないで!落ち着いてね」
藤尾と京香の二人はなるべく子供たちを刺激しないように外へと誘導していく。
そんな中、恵子がすがるように言った。
「百合ちゃんがいない!」
そうふたりは失念していたのだ、金城百合がトイレへと立ったままいまだ帰ってきていないことを。
「い、いないって、まさかトイレに行ったきり戻っていないの?」
京香は恵子の肩をつかみながら尋ねる。
「うん」
「鳩山先生もいないよ」
道長慶介がぼそりと囁くようにもう一つの事実も告げる。
「ど、どうしよう」
あの子がここを出て行ったのは何分前?
十分?それとも二十分?
頭が混乱し次の行動が出来ない。
そんな中、藤尾が言った。
「神山さん、ここは私に任せてアナタは子供たちを連れて外へ逃げてください」
「で、でも!」
「今ここでじっとしている方が危険だ!百合ちゃんは私に任せてアナタは他の子達を守ってください!いいですね!!」
それだけ告げると、藤尾はその巨体を揺らしながら駆け出した。
向かう先はひとつ、それは職員室のすぐ隣にある視聴覚室だった。
ここでは藤尾が設置したカメラの光景が確認できる、闇雲に院内を探すよりカメラを使って探したほうが早いという考えからの行動だった。
幸いのことに視聴覚室はまだ炎や煙には巻かれていなかった。
(しめた!)
そう思いながら藤尾は視聴覚室に入ると間髪入れずにカメラの電源をONにした。
そして、これまた幸いなことに探していた二人の姿はすぐに発見できた、二人共、なぜか中庭にいた。
藤尾はそれに対し不信などひとつも覚えずに彼らのもとへと駆け出していったのだった。
藤尾が中庭へ出るとすぐに鳩山と百合の姿が目に入った。
「おーい!!」
とりあえず、その場で二人に呼びかける。
二人共、その一声でこちらに気づいたようだったがなぜかその場を動こうとしない。
いや、百合の方はしきりにこちらへと体を向けているが百合の手を握る鳩山がその場を動こうとしないためこちらに来れないでいるように見えた。
ここに来て藤尾はその場に流れる不審な空気に気づいた。
彫刻のように無表情にじっとこちらを見つめる、鳩山。
そして、百合はなぜだかとても不安げないや、恐怖を感じているように見えた。
二人のあいだに何が起きているのか?
藤尾は急いで二人に駆け寄る。
「鳩山くん!」
息を切らしながら藤尾は鳩山に呼びかける、鳩山はそれに静かに応じた、例の不気味な顔で。
「どうしたんですか?そんなに、急いで、何かあったんですか?」
「ええ、それが院内で火災が発生しまして」
「なんですって?」
驚いたような鳩山の声、けれど表情にはやはり変化がない。
「それで、他に皆は?」
「神山さんが対応しています。みんな既に脱出済みです、後は君たちだけですよ」
「そうですか、なら急がないとですね」
ここに来てやっと鳩山はほっとしたように柔らかい表情になった。
藤尾はそんな鳩山に頷き返し、百合を見る。
「百合ちゃん、大丈夫、先生たちと一緒にここを出よう。怖がることないんだよ」
頭を撫で落ち着かせるように語りかける。
「鳩山くん、さぁ、急ぎましょう!」
鳩山へと振り返る藤尾、そんな彼が見たものは大きなスコップを振りかざす鳩山の姿だった。
次の瞬間、まるで雷が落ちたかでもいう衝撃が体に走り、わけもわからないまま目の前が暗転した。
その時自分が一体何をしたのかすぐには判断できなかった。
ただ、藤尾の姿が目に入った瞬間、頭の中があの時の様にあの、早苗を殺してしまった時のように真っ白になり気づいたときには頭から血を流し倒れる藤尾が眼前にいた。
「ああ、またやっちゃったよ」
そう、血のついたスコップを見下ろし鳩山はつぶやいた。
「うっ、鳩山くん・・・君は」
下のほうから耳障りな声が聞こえてきた。
(ウルサイナ、僕はこれから百合ちゃんで楽しもうとしているのに、邪魔するなよ)
鳩山はその音の元を何度も何度も殴りつけた、途中腕がしびれてきたがそれでも構わず殴り続けた。
そうすると初めはガンガンとなにか硬いものを殴っているような感触が次第にグチャグチャとまるで粘土でも殴っているかのような柔らかな触感に変わっていった。
手を止め、下を眺める。
手に握るスコップは木製部分が赤く変色し、鉄の部分も赤黒く濡れていた、よく見ると細い糸のようなものが絡みついていたが、結局、鳩山はそれが肉片と共にこびりついた藤尾の髪の毛だとは気づかなかった。
地面に倒れふせる藤尾はその頭蓋が割られており、割れたその隙間からピンクとも黄土色とも言える何かがぐにゅりとはみ出してきていた。
「気持ち悪」
出た感想はそれだけ、それだけ述べると鳩山はもうこの肉塊に対しての興味はゼロとなった。
鳩山の興味はひとつだけ、それは金城百合だ。
っと、見るとなんと百合が施設の入口まで走って逃げ出していた、どうやら藤尾を殺すのに夢中になっていた隙に逃走したようだ。
「まて、待てよ!!!」
怒号のように鳩山が吠え駆け出す、その目は焦点が定まっておらずほとんど白目だけといってもいい状態だった。
口元もなぜだかわからないうすら笑みを浮かべ、血に濡れたスコップをむちゃくちゃに振り回しながら百合を追う。
その様はまさに悪鬼のようだった。
施設の中へと逃げ込んだ百合を追い鳩山も燃え盛る院内へと侵入する。
冬場で乾燥していたためだろうか火は瞬く間に燃え広がり今や施設すべてを赤く染めていた。
まるで地獄のような別世界、熱風吹きあられる炎の洞窟のように変貌した廊下で鳩山は百合の姿を探す、けれどあまりの熱さに目もロクに開くことができない。
これは、鳩山も予想外の出来事だった。
「クソ!目が開けれねぇー!!どこいったんだよ!!」
鳩山が叫ぶが、その声すらも周囲の騒音にかき消されていき、やがて鳩山自身もその炎へと飲み込まれていくのだった。
施設の火が鎮火されたのは消防が到達してから約二時間半後のことだった。
最後に施設から出てきたのは消防が到達する十分ほど前に割れた窓から満身創痍で出てきた金城百合一人だけで施設にいたはずの残り二人、鳩山静希と藤尾朔太郎はついに姿を見せることなく、消火後、二人の亡骸が院内より発見された。
藤尾朔太郎は、施設の中庭で撲殺体で発見され、金城百合の証言から鳩山静希の犯行だということが判明した。
そして、当の鳩山本人は施設の廊下にて焼死体で発見された。
また、その後の捜査で鳩山が例の幼女殺害事件の容疑者ということも判明し、警察は鳩山静希を田畑早苗・藤尾朔太郎殺しの犯人とし事件は被疑者死亡という終を迎えた。
そして火災元と思われる施設の物置からは二人とは違う子供の焼死体が発見された。
発見当時はこの遺体が誰なのか検討はつかなかったが、火災後唯一連絡の取れない大口大介のもと断定され火災は彼の火遊びが原因という結論を迎えたのだった。
焼け落ちた時見養護施設、火災から2日はたったというのにあたりは未だきな臭く、その匂いに岸野真人は顔をしかめた。
「まさか、この施設がこんなことになるなんて思いもしませんでしたね」
そう呟くのは岸野の後ろに控えた澄乃刑事だった。
その手には缶コーヒーが二本握られており彼はその一本を岸野に手渡した。
寒さで凍えた手にぬくもりが染み渡り軽いしびれを岸野は覚えた。
「この施設は呪われてたのかもしれませんね」
澄乃は再びつぶやいた。
「呪い?」
「ええ、この施設、一家を殺害された子供達ばかりを集めていたじゃないですか」
「ああ、だがそれは先代院長も一家殺害の生き残りで自分みたいな子供たちの助けになりたかったからだとわかったじゃないか」
そう、それがこの奇妙な施設の真相だった。
今から約半世紀前に起きた時見一家殺害事件、強盗目的でこの地域の富豪時見家に押し入った犯人は一日の次男正を除く5名を殺害三万円という金を盗み逃亡、そののちに逮捕、裁判の結果死刑となった。
そして事件の唯一の生存者正は成長後この施設を作り自身と同じ境遇の子供たちを救ってきた。
「この施設に一体何の呪いがあるって言うんだお前は?」
「負の連鎖っていうんですかね、不幸は不幸を呼ぶ。この施設には死を背負う者たちが集まりすぎたんだと思います」
「バカバカしい」
澄乃の言葉に岸野はうすら寒いものを感じたがすぐにそう一蹴すし歩き出す。
澄乃もそれに黙って続く。
風は冷たく、空は灰色、太陽は見えない、まるで世界が死んでいってるようだ。
岸野はふとそんなことを考えてしまい、ひたりと足を止めてしまった。
「岸野さん?」
「たとえ、お前の言う通りだとしてもあの施設はもうない、悲劇は終わったんだよ」
「そうですね・・・」
そう答えると二人はまた歩きだした、寒い寒い冬空の下を。
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