第13話

学校帰りの代わり映えのしない帰路を大口大介はひとり歩いていく。


あたりを見ればほかの学生たちはここ最近起きた事件の影響もあり仲の良い友達同士、集団で帰っているが彼の周りには誰もいない。


いや、その周囲には同じく帰路につく学友たちがいるが彼らは皆大介を避けるようにとうゆうよりは、まるで眼中に無いように過ぎ去って行く。


まるで道に生える草のように彼をただの景色のように扱うクラスメイト達、そんな彼らの態度が大介にとってはとてつもない屈辱だった。


別段彼らと仲良くしたいわけじゃない、いやむしろ関わりたくないといってもいいほど大介は彼らのことを見下している、だからといって自分からかかわらないならまだしもこうも相手にされないのは大介のプライドが許さなかった。




かといってその不満を周りに晒すのは余計プライドが許さなかったし何よりそれを出すことで周りの空気がどのように変わってしまうのかが怖かった。


大介はこれまでに馬鹿な行動のために不良たちに目をつけられまるで奴隷のように扱われる生徒を何人か目にしたことがあった。


もし自分もそんな目にあったら、そんなことを考えてしまうと思い切った行動は出来ず、結局現状維持を続けただただストレスを溜めていく日々を重ねていた。




もし彼がここまで変にプライドが高くなければもしくはもっと堂々としていればここまで心に負荷がかかることはなかっただろう。


そうなればここまで歪むこともなかっただろう。


そうなればあの悲劇も起きなかったかもしれない、けれどそれはもはや叶わぬ夢物語。




そうこれは全て過去の物語なのだから、もう運命は変えられない。


明日この街に新たな悲劇が起きる、そのきっかけは些細なもので、当事者のひとりである大介すらそれに気づかない有様、だからこそ誰も止めることができなかったのだろう。


鳩山と大介、二人の行動が時見養護施設の崩壊を現実へとおびき出したのだった。






「太志、ほらそこの飾り付傾いてる!もっとバランスよくしなきゃ。慶介もボーとしてないでやることないならゴミ捨ててきてよ」


「うるさいなーわかってるよ。これでいい?」


「じゃあ、捨ててくる」


十二月二十四日、今日の時見養護施設は、一際騒々しく賑わっている。


それもそのはず今日は毎年恒例の行事、クリスマス会、年に一度しかないこの行事に子供たちはみんなはしゃいでいる。


特に恵子が。




「やっぱりやって良かったですねクリスマス会」


「うん、本当」


はしゃぐ子供たちを横目に京香と鳩山はそう語り合う。


あんな事件があり今年のクリスマス会は中止したほうがいいのでは?


先日の職員会議、そんな話が唐突に上がった。


いや別段唐突というわけでもないか、あんな事件が起きたんだ、これが然るべき対応なのかもしれない。


こうして沈黙の肯定のなか会の中止が決定されそうになった時、


『いや、クリスマス会は決行しましょう』


と、鳩山静希だけが異議を唱えた。




『しかし鳩山くん今年はそのいろいろあって祝い事など少し不謹慎ではないだろうか?』


『それは僕たちの都合じゃないですか。子供たちには関係ありません。むしろあんなことがあった今年だからこそこういった行事は執り行うべきだと僕は思います』


普段おとなしい彼がここまで強く主張すると妙な迫力があり、先程まで中止に傾いていた場の空気が一気にざわめきたつ。




『確かにその通りですね!いや、間違いありません!!こんな時こそ子供たちを元気づけなきゃ!何しろ私たちはそのためにここにいるのだから!!!』


静希の言葉に便乗するように藤尾が室内に響き渡る声量で同意する。


最年長である藤尾がここまで熱く同意が決定的となり、その後は大きな討論にもならずクリスマス会は決行するということに決まり、今に至るというわけだ。




「ほら、太志お皿も並べて!百合ちゃんがもうすぐ料理持ってくるから!!」


ビシビシとみんなに指示を出す恵子、これで彼女が指示ばかりのお飾りリーダならみんなの不満も湯水のように湧き出てくるだろうがそこはしっかりものの彼女、働きも人一倍と来たものだ。


掃除機を片手に窓ふきをしみんなに指示を出すその姿は小さいながらもよくわからない如何に満ちていた。




「そういえば、司はどこいったの?」


一人姿の見えない響司、十分ほど前までは大使と一緒に飾りつけをしていたのを恵子も記憶している。


この短時間に一体どこへといったのだろうか?


「ああ、司なら多分奥の部屋でテレビ見ていると思う」


さも当たり前のように大志が答える。


「テ、テレビって!あいつこんな大変な時に」


ぐぬぬっと怒りをあらわにし司のいる広間へと突撃を仕掛けようとする恵子、それを大使が止める。


「ちょ!邪魔しないでよ太志!」


「まぁ、落ち着けよ。司のやつ今、ジャッジアクセル見てんだ。アイツ毎週あれを楽しみにしてるからさ少しぐらい見逃してやろうぜ」


大志がここまでしかも自分ではなく人のために懇願することはめったになく恵子としては驚きを隠せず、司の見ている番組はそんなに大切なものなのかと少し動揺をする。




ジャッジアクセル、それはいま巷で話題になっている特撮戦隊ものである。


普段は気弱な青年が正義の味方アクセルに変身し悪党どもをバッタバッタと倒していく王道アクションもの。




(私は見たことないけどそんなに面白いのかな?小学生を中心に人気があるみたいだし、隠しているけど実は大志も見ていることを私は知っている)


今度見てみようか?


今までこの手の番組を見たことがない恵子だったがそんな好奇心をくすぐられる。




「まったく、しょうがないな。今回だけだからね」


はぁーと、ため息をつきながら大志の申し出を了承する恵子。


なんだかんだいっても、恵子も結構甘い性格をしている。


「ただし、司の分は大志がしっかり働いてよね」


まぁ、このようにちゃっかりもしているのだが。


「うへぇ、そりゃないだろ」


「抗議は一切聞きませーん。いいらほら、ジュースもってきて」


「人使いの荒いやつ!」


そう文句を垂れながらも大志は台所へとジュースを取りに向かう。




「料理できたよ~」


とそこへ入れ替わるように百合が大皿に山盛りのフライドチキンを乗せ入ってきた。


「うわ~すごい!これ全部、百合ちゃんが作ったの?」


「まさか、私一人じゃこんなに無理だよ。油は危ないからって藤尾先生が手伝ってくれたの」


「いや、私は見てただけでほとんど百合ちゃんがほとんどやってくれて。いや、本当見事なもんだ!将来はシェフも夢じゃないね!!」


ははっと笑いながら百合の頭を撫でる藤尾に百合は照れくさそうにはにかむ。


「そうかな~」


「ああ、私が保証するよ」


「なら私がシェフになった時はみんなにアップルパイ作ってあげるね。今はまだできないけどできるようになったらみんなにも食べて欲しいから!」


「そういえば百合ちゃんはりんごが好きだったね」


「うん!そうだ、みんなの好きなものも教えてよ!私が作ってあげるから」


いつになく元気に百合がそうみんなにそう尋ねる。


おそらく藤尾の言葉がよほど嬉しかったのだろう。


「ねぇ、恵子ちゃんは何がいい?」


「私?そうだな~、クッキーとか?」


「クッキー?そのくらいならいつでも作れたのに」


「はぁっ!ガキくせー」


恵子の答えに大志はすかさずやじを投げる。


「むっ、なによ太志!ならあんたは何がいいのよ!!」


「ふふん~、大人な俺はそうだな。ズバリ、イカ墨スパゲティーだな!」


「イカ墨??」


「そう、あの何とも言えないピリ辛さがたまんねーんだよ」


「イカ墨パスタ、流石に作れないな」


「てか、アンタイカ墨のパスタなんていつ食べたのよ。また、見栄張って適当なこと言ってんじゃないでしょうね?」


うーんと首をひねらす百合とすかさず反論に出る恵子、太志は稽古のその反論に顔を引きつらせる。


理由は簡単だ、恵子の反論が実に的を射っていたからである。


そう裕福でもなくほとんどが子供たちだけで過ごす施設の中だ、イカ墨パスタなんてものは太志だってテレビの中でしか見たことがない。


先ほどの味の感想だってテレビのリポーターが言ってたのを単に真似ただけだ。


「だいたいほとんど毎日同じもん食べている私たちが知らないのになんであんただけが食べたことがあるのよ!」


「そ、それは。え~・・・・。まぁ、俺のことは置いといて他はどうなんだよ」


「逃げたな」


「うん」


「はい!俺はシチュー!シチューが食べたい!!」


「うん、機会があればつくるね」


ここぞとばかりにアピールした修だったが百合には軽く流される。


「ねぇ、道長くんは何がいい?」


「・・・無花果」


「無花果か、難易度高いな私に育てられるかな」


「それもう料理じゃないから」


恵子のツッコミと百合も『そうだね』と苦笑した。




「はいはい、おしゃべりもいいけど早く準備を済ませましょう。せっかくの料理が冷めてしまうからね」


「はーい!!」


藤尾に催促され子供たちも各々の持ち場へと戻っていく。


「私、手洗ってくるね」


「うん、早めに戻ってね」


恵子に断りを入れトイレへと向かっていく百合、それをチャンスとばかりに鳩山も動き出す。


「鳩山くんどこに?」


「少し野暮用が」


にこりと微笑みながら部屋をあとにする鳩山、京香にはそれがとても危ういものに見えた。

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