元カレと今カレが魔法少女やってた、と妹は言った
朝霧
元カレと今カレが魔法少女やってた
「聞いて」
基本的に頭がおかしい妹が、テーブルの上にホットミルクと蜂蜜の大瓶をどんと置いてから珍しく疲れ切ったような顔でそう言ってきた。
「なに?」
「知り合い二人が魔法少女やってた」
でっかいスプーンで大量の蜂蜜を掬いながら妹はそう言った。
「は?」
「正確にいうと、元カレと今カレが魔法少女やってた」
大量の蜂蜜をマグカップにドボドボ落としながら妹は淡々と言い直した。
「なんて?」
「だから、元カレと今カレが魔法少女だったの。二人っともかわいいフリッフリのミニスカで、しかもへそだし」
妹がもう一杯蜂蜜を瓶から掬う、さすがに入れすぎだろうと言ったら「糖分がなきゃもうやってけない」と二杯三杯四杯とドボドボマグカップに蜂蜜を投入する。
そうして出来上がった蜂蜜とミルクが一対一くらいの比率になっていそうな液体を妹はスプーンで一気にかき混ぜ、一口飲む。
「で? 今の話は一から十までホラ話か?」
「一から十まで事実じゃボケ」
「……まず彼氏がいたという話自体が初耳なんだが?」
こんな奇人変人の妹の彼氏になんかなろうとするキテレツな人間が果たしているのだろうか、それも二人も。
いや、いない。
だからきっと妄想、もしくは勘違い。
こんなのに彼氏だと間違われていた哀れな少年? の二人にはいつか菓子折でも送っておこうと思う、うちの愚妹が迷惑かけてすみませんね。
「失礼なことを考えてやがるな?」
目潰しを食らった。
「うぎゃあ!!?」
ギリギリでかわしたけど爪先がちょっとかすった、こわい。
「残念ながら事実なんだよ。ほれ証拠」
妹はそう言いながらどこからともなくスマホを取り出して、二枚の画像を見せてきた。
一枚目は弾けるような笑顔でピースサインをしている活発そうな子犬系の少年と死んだ魚のような目でピースサインをしている妹のツーショット。
二枚目は死んだ魚のような目の無表情なお耽美系の美少年とこれまた死んだ魚のような目をした妹が並んで写っているだけのツーショット。
一枚目はおそらく第三者による撮影、二枚目はお耽美系美少年による自撮りであるようだ。
撮影場所は一枚目は教室っぽい、二枚目は後ろに鮫っぽいものが写っているので水族館だろうか。
「……いや、写真写り悪いっつーか、どっちもお前仏頂面じゃねーか。つーかこれ本当に彼氏彼女で撮った写真か? 一枚目はともかく二枚目はどっちも無表情でこわいんだが?」
「いつも半目になるあんたよりはまだましでしょ。……二枚目は付き合ってるんなら写真くらい撮っておきたいっていう我儘に付き合ってはみたものの、すっげえ微妙な感じになったやつ」
うーん、と唸りながら写真を見る。
一枚目の方がまだ親しみがあるが、妹のやっつけ仕事みたいな顔とポーズのせいで陽キャが陰キャの妹を巻き込んで記念撮影したような感じにしか見えない。
二枚目は背後の鮫と写ってる二人の無表情っぷりのせいでシュールというか不気味だった、なんかの罰ゲームで無理矢理撮らされたようにも見える。
「ほんとうにこれ、彼氏か?」
「まあ一応」
「ちなみにどっちがどっち?」
「一枚目が元で二枚目が今」
「そっかあ……」
いったいどんな経緯で、と思っていたら妹のスマホが振動して画面上部にメッセージが。
『今どこ』
『なにしてるの』
『すてないで』
『すてないで』
『きらいにならないで』
連続でそんなメッセージが表示されたあと、スマホの画面が切り替わって電話の着信画面に。
「ありゃま、落ち着いたら不安になったか。しゃあねえなあ……」
妹はそんなことを呟いた後、電話に出る。
「もしもし? ……あ、今? 自分ちでホットミルクと蜂蜜が半々くらいの液体飲んでる…………流石に入れすぎたわクッソ甘ぇ。で、なんか用? …………あーもうめんどくせえな、あの程度で捨てねえよ見縊んなボケ……へえへえ、愛してるぜハニー」
そんな甘ったるい言葉をやっつけ仕事みたいにぶっきらぼうに言ったあと、妹は通話を切った。
「お前がダーリンなのか」
「私がハニーって柄か?」
突っ込んだらそんな返答が返ってきた、確かにその通りだと妙に納得してしまった。
「ちなみに今のは」
「今の方だよ。元の方は振られた時にブロックも着拒もしてるしアドレスも番号もとっくに忘れた……つーか私が元の方と連絡とったなんて今の方に知られたら絶対泣きつかれる、なんなら心中とか企てかねない。絶対面倒」
妹は真顔でそう言った。
「え? メンヘラ……?」
「メンヘラっつーか、軽度のヤンデレ?」
軽度ではないと思う。
心中ってなんなの?
「なんでそんなのと付き合ってるん?」
「なりゆき」
面倒臭そうにかつどうでもよさそうに妹は答えた。
「と……とりあえず経緯を……経緯を教えて……ひとまず、元彼の方とはどう言った縁でおつきあいを……?」
「あー……一年くらい前に小学生くらいの女の子に絡んでる不良を蹴っ飛ばしたんだけど……あ、殺してはないから安心して、骨は折れてたっぽいけど」
「人間相手に無闇矢鱈と暴力振るうなよ……で?」
「それでその不良に絡まれてた女の子の兄貴に気に入られて告られた。それが元カレ。けどあんまし馬が合わなくて二ヶ月くらい経った頃に些細なことで喧嘩して振られた」
「……だろうな。つーかなんで付き合ってたんだ?」
「ん? なんとなく?」
「軽いなあ。……で? 今カレの方は?」
「元カレから振られてから一週間くらい経った頃、めっちゃ雨降ってるのに傘もささずに路地裏に座り込んでボーッとしている美少年がいてな、風邪ひきますよと柄が錆びて伸びなくなってた折り畳み傘を差し出したら懐かれた」
「……つまりゴミを押し付けたんだな?」
「まあ、そうなるな」
そういえばそのくらいの時期にいつのまにか折り畳み傘を買い替えていたから、少し不思議には思っていたのだ。
柄が伸びなくて使いづらいだろうに処分のために分解する手間と新しいのを買う手間を面倒がってずっとそのまま使っていたのに。
てっきりとうとう本格的にぶっ壊れて使い物にならなくなったから仕方なく新しいのを買ったのだと思っていた。
「それで懐かれたから付き合い始めた、と?」
「んー……まあそんな感じ? 振られた直後だったし、しばらく恋愛事なんざこりごりだと思って最初の方は何度告られても振ってたんだけど……それでも付き纏ってくるしなんかもう色々面倒で」
「え? ストーカー?」
「うん。あの頃のあいつは世間一般から見ると立派なストーカーだったと思う」
「なんでなんもいわなかったの」
「なんかされたとしても所詮ただの人間だし」
「それでも一応自分か母さんに相談くらいはしてこいよ……一応、女の子なんだから」
「一応ってとこがちょっと腹立つ」
「…………とりあえず、付き合った経緯はわかった。で? なんでそんな二人が魔法少女に?」
「詳しくは知らん」
「知らんのかい」
思わず突っ込んだ。
「だって妖精の魔力反応があるからいってこーい、て母さんに言われて現場の廃ビルに行ってみたら元カレと今カレが魔法少女姿で殺し合ってた、って感じだったから……」
死んだ魚のような虚な目で言ってから、妹は蜂蜜とホットミルクが混ざった液体を飲んだ。
「そ、そうか……」
「思わず膝から崩れ落ちたわ。なんだって元カレと今カレの魔法少女姿を同時に見なきゃならないんだよ。しかもフリフリ、しかもへそだし、しかも超ミニスカート、その上で生足にピンヒール」
「うわあ……」
「二人とも腹筋がバッキバキだったんだよ、足にも適度に筋肉ついてんの、それが惜しげもなく晒されてんの、フリフリミニスカへそだしコスチュームで。赤の他人かどっちかだけ知り合いならまだ耐えられたけど、どっちも知り合いなの、しかも元カレと今カレなの。そんなのを目撃しちまったかわいそうな私の気持ちがわかるか?」
「正直言って理解したくない」
「私だってこんな気持ち一生味わいたくなかった」
妹は焼け酒のようにマグカップの中身を一気に煽った。
「しかもな? どっちも顔が可愛い系だから微妙に似合ってんの。というか多分女の私よりも絶対に似合ってんのよフリフリが。下手したらいろんな人の新たな性癖の扉が開けゴマしちゃいそうな感じなわけ。ほらごらん、私が感じた何かをキサマも少しでも感じるがいい」
そう言って妹はスマホの画面を何度かスライドさせてから一枚の画像を見せてくる。
そこにはフリッフリでリボンも大量についているへそだしミニスカスタイルの元カレくんと今カレくんが写っていた。
どちらも魔法を互いに放っている無駄に大迫力な絵面だった、服装か着ている人が違えば普通に漫画かアニメのワンシーンみたいに見える。
ちなみに元カレくんの方が白ベースに水色の清楚系キュート、今カレくんの方は黒ベースに赤のセクシー系キュートだった。
似合っているかどうかを問われると、確かに似合っていないとはいえなかった。
というかこれ……と、うっかり開きかけた何かを無理矢理押さえつけてから妹に問いかける。
「……ってかなんで殺し合ってんの? 魔法少女……少女? 同士でなんで?」
ちなみに二人が使っている魔法は元カレくんの方が光属性っぽくて、今カレくんの方は闇属性っぽい。
「あー……実はこいつら双子の兄弟だったらしくてな。親が離婚してて苗字違うから私も今まで知らなかったんだけどさ。詳しくは聞かなかったけど昔なんか色々あったらしい」
「はあ……」
そういえば自分の学友の双子の弟達も顔を合わせるたびに取っ組み合いの喧嘩になるって言ってたな、双子って仲がいいイメージがあるけど実際は違うんだろうか?
「けどまあ言われてみるとこいつら顔だけは似てるんだよな……雰囲気と性格が違すぎて今まで全く気付かなかったけど」
「確かに顔だけ見ると……結構似てるな」
雰囲気と表情があまりにも違うのでわからなかったけど、見比べると確かに似ている、というかなんで今まで気づかなかったんだと思うくらいに似ている、瓜二つと言っても語弊がないくらいにはそっくり。
「……それで私はしばらくこいつら二人の殺し合いを茫然と見ていたんだ。妖精共は止めようとしてたけど二人とも聞く耳持ってなかったし、私もちょっとキャパオーバーしててどうしたものか、って」
「写真撮る余裕はあったのに?」
「あー、なんかもうそれは反射的に……それでしばらくしたら元カレの方の妖精が私に気付いて、キャー!! って悲鳴を」
「ちなみにどんな格好だったんだ、その時のお前」
「普通の格好だよ、いつものシャツとジーパンにコート。戦闘になってもいいように廃ビルに着いた時点で角出してたけど」
「ああ……だから悲鳴……」
「むしろ悲鳴をあげたかったのは私の方だったんだけどなあ……それで妖精共が魔族がどうこうって騒ぐから元カレと今カレも流石に殺し合いの合間にちらっとこっち見るじゃん? しばらく二人とも私の顔見てフリーズしてた」
「そりゃあそうだろうよ……」
(元)彼女にフリフリミニスカへそだし魔法少女コスチューム姿を見られた上に、その(元)彼女に角がついているのだから。
少年達の心情を考えてみるととなんだか非常にかわいそうになってきた。
「らちあかねえなって「おーい」って声かけつつ近寄ったら二人で互いの顔を見合わせて、次に自分の格好を見下ろしてから顔を真っ赤にして悲鳴を上げて遠ざかっていった、妖精共も騒いでて超煩かった」
「かわいそう」
「それでなんかもう泣きそうになってる二人を軽く宥めて、なにやってんだって聞いたら逆になんでこんなところにいるんだその角はなんだって聞かれたから、魔族と人間のハーフな私が妖精の魔力を感知した魔族の母親に言われて現場に様子を見にきたって説明した」
滅茶苦茶カオスだったし滅茶苦茶大変だったんだわ、と妹は死人のような濁った目でボソッと呟いた。
「元カレは顔真っ赤にしたまま動かねえし、今カレの方は私が魔法少女っつーか妖精の敵である魔族側だって理解した時点で半泣きですがりついてきやがるし……妖精共は騒ぎ立てるわ、騒ぎ立てる妖精共に今カレがキレて半殺しにするわ……」
「おおう……」
「ああ、ちなみに二人とも私が半分魔族だからって理由で私に近づいたってわけじゃなかったっぽい。すわスパイ目的か、ってボソッと言ったら二人して号泣しやがったし、妖精共も今日の話を聞いた感じだとシロ」
「……それ聞いたのか? 半泣きですがりついてくる今カレの前で?? 元カレと連絡取るだけで心中企てかねないような奴に??」
うちの妹は鬼畜か何かか?
「そこははっきりしとかないと後々面倒じゃん。まあないとは思ってたけど。逆にスパイ目的で付き合ったっていうんだったらその場で速攻振る気だった」
「そりゃ号泣されるわ……お前わかりやすいからな……ちょっとでも疑いがあれば速攻で振る気だってのがにじみでてたんだろ」
「うんまあ、多分……ちなみに元カレのは最近魔法少女になったらしいが、今カレの方は私と会う前から魔法少女やってたらしい」
「おおう……」
「だからまあびーびー煩くて煩くて……しゃあねえから口塞いで頭ポンポンして無理矢理黙らせた」
「お、おおう……?」
「そしたら全員ポカーンとしやがってさあ……おディープなチッスを一発かましてやっただけなのに……」
「馬鹿!!」
てっきり手で口塞いだんだと思ってたけど、なんつーことしてんだうちの愚妹は!!
我が家の品格が疑われるような言動はしないでほしい、いやもうほんと切実に。
「あいつ黙らせるのにはあれが一番効率いいんだよ。実際効果抜群だったし……代わりに元カレの方が騒ぎ始めたけどな、こう『キャアアアアアァァァアア!!』って生娘みたいな絶叫を上げてからどういうことだって、わーわーわーわー」
「そりゃあ突然現れた元カノが殺し合ってた相手にディープキスかましたら悲鳴の一つや二つあげたくなるわな」
自分だったら多分泡を吹いて気絶すると思う。
「それで、どもりながらもなんでだの色々騒いでたから『こいつ今カレ、お前元カレ、アンダスタン?』って言ったら一気に修羅場に」
「お前のその軽率にぽいぽい爆弾投下していくスタイルそろそろ改めたらどうだ?」
「事実を口にしたまでだよ。なんかもう二人してぎゃーぎゃーうるっせえからもっかい今カレにディープなチッスかまして、お前らどういう関係でどういう経緯でやり合ってたんだ、って聞いて……それでやっと色々と経緯を」
「かわいそうだろ、やめてあげろよ」
やりあってた男に元カノがディープなキッスかますのも、やり合ってる相手とプラスアルファの目の前で今カノにディープなキッスかまされるのも両方かわいそう、地獄かなんかか?
「元カレ今カレのフリフリミニスカへそだしコスチュームを同時に見せつけられた私のがよっぽどかわいそうだろうが」
「……そういやお前、フリフリミニスカへそだしコスチュームの今カレにディープキスかましたの? 二回も?」
「そうだけど?」
その現場を想像したら、なんだか非常に倒錯的だった。
実の妹が、可愛らしい少女が身に纏うような服装の少年に……
首をふって想像を振り払った、ナニカが危なかった気がする。
「どした急に首なんて振って?」
「な、なんでもない……それで?」
「それでまあ色々と聞き出した。どっちも妖精に誑かされて願いを叶える花を手に入れるために魔法少女にされてパシリにされてるって話と、魔法少女同士協力しようってなって会ってみたら憎み合ってる双子の兄弟だったものだから殺し合いになったとか、そういうのを割と要領悪く」
「そうかあ……」
「で、話しているうちに落ち着いてきたのか互いに殺意放ち始めたから、今日は遅いからもう解散、って宣言して今カレの方を無理矢理引き摺って帰ってきた。お姫様抱っこしてやろうかとも思ったけど全力で拒否られたから、仕方なくずるずると」
「シンプルにかわいそう」
「それで道中でやっと変身といた今カレに送られて家に帰ってきて、なんか色々と耐え切れなくなったから少しでも心を落ち着かせようと牛乳あっためて、今に至る」
妹は空っぽになったマグカップの取手を指先で撫でながらこう聞いてきた。
「ねえ、私この後どうするのが正解だと思う?」
「いや、知らんがな」
自分がなんらかの答えを出せるとでも、と逆に問いかけると妹はだよな、とその目をさらに濁らせた。
それから数日後。
「聞いて」
学食の坦々麺に自前の唐辛子パウダーをどばどば振りかけながら、ご家庭がやや複雑であると以前聞いたことがある学友が非常に疲れ切った顔でそう言ってきた。
「何?」
「下に超仲が悪い双子の兄弟がいるって前話したじゃん?」
「ああ、うん。なんかあったの?」
「…………二人とも、魔法少女になってた」
「は?」
「だから、弟達が魔法少女に……フリフルで、へそだしで、ミニスカートで、生足で、ピンヒールの魔法少女に……!!」
悲壮感を漂わせながら、学友は唐辛子マシマシの坦々麺をずるずるとすすった。
「いっやあ……世間って狭いんだなあ……」
自分はただただ乾いた笑い声を上げて、盛大にむせた学友の肩をポンと叩く。
それで、多分そいつらうちの愚妹の元カレと今カレだわ、って言ったら学友は泡を吹いて気絶した。
かわいそうに。
元カレと今カレが魔法少女やってた、と妹は言った 朝霧 @asagiri
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