カタリナさんの願い事 02

「……誕生日?」


 突拍子もない話に、俺は首を傾げてしまった。


 ガーランドは「そうだ」と深く頷き、恐ろしいものを思い出すかのように小さく身震いをした。


「あの日のことは今でも鮮明に覚えている。俺たちがまだ結婚する前のことだ。俺は結婚資金を貯めるために他のパーティの手伝いを積極的にやっていたのだが……仕事に邁進するあまり、うっかりリルーの誕生日を忘れてしまったのだ」


「……え」


 ひゅっと背中に冷たいものが走った。

 

 いやいや、確実に死ぬやつじゃん、それ。


 俺はごくりと唾をのみこんで、尋ねる。


「い、いつ忘れていたのに気づいたんだ?」


「夜だ。自宅に戻ったとき、着飾ったリルーが俺を待っていた」


 瞬間、俺の脳裏にその光景がありありと浮かんだ。


 薄暗い部屋の中、バッチリメイクをして「ねぇ、なんであたしがおしゃれしてるか、わかる?」と、目が笑ってないタイプの笑顔で詰め寄ってくるリルー。


 洒落にならないくらいに怖すぎる。


 まさか、カタリナがおしゃれをしてきたのも、それだというのだろうか。


 冗談みたいな話だが、ありえなくはない。


 というのも、笑うドラゴンでは毎年メンバーの誕生日を祝っているからだ。


 連帯感を強めるという意味合いもあるけど、単純に俺がそういう祝い事が好きだからやってるのだが……カタリナはそのことをモニカかサティに聞いたのかもしれない。


 だからこうして「あなた、自分の命よりも大事なことを忘れてるわよねぇ?」というプレッシャーをかけてきた。


「ありえる……か」


 確率としては五分五分……ってところだろう。


 しかし、と金熊亭のメニューを眺めているカタリナを見て思う。


 これは困ったことになった。


 今日がカタリナの誕生日かどうか確かめたいところだけど、その術がない。


 直接本人に尋ねられれば簡単なのだが、誕生日を話題に出せば確実にパーティで毎年メンバーの誕生日を祝っている話が出てくる。


 もし、今日がカタリナの誕生日でなかったならセーフだが、誕生日だった場合、俺の人生が終わってしまう。


 どういうことかというと、つまり──


「今日ってカタリナの誕生日なの?」と、さり気なく聞く俺。


「そ、そうだけど?(気づいてくれたのね嬉しい!)」と、ツンとしながらも喜ぶカタリナ。


「あ、そういえば、ピュイさんって毎年パーティメンバーの誕生日を祝ってくれてますよね。今日はカタリナさんの誕生日なのに祝わないんですか?」と、空気を読まない爆弾発言をするモニカ。


 ──という流れになる。絶対に。


 ここで誕生日というフレーズをぼかしても結果は同じだ。


「なぁ? なんだかおしゃれしてるっぽいけど、今日って何かあったっけ?」


「き、今日はわたしの誕生日なのよ」


「あ、そういえば、ピュイさんって(以下略)」


 どうあがいてもモニカの一言で全てが終わる。


 この死のルートを避けるには、カタリナのおしゃれをガン無視するか、モニカを抹殺するかの二択しかない。


「あれっ?」


 その空気読まないモニカが、はたと何かに気づいたようにカタリナに話しかけた。


「カタリナさんって、なんだか朝よりも綺麗になってません?」


「えっ、そ、そう?」


 ギョッとするカタリナ。


「はい。なんていうか、目元もぱっちりしているような……気のせいですかね?」


「……」

 

 モニカへの殺意を必死に堪える俺。


 こ、この女……前回の「カタリナの好きなもの当てゲーム」に続いて、またしても天然で余計な質問をしやがって!


「あ、もしかして」


 もうやめろと必至でアイコンタクトしている俺をガン無視して、モニカがぱちっと手を叩いた。


「一旦自宅に戻ってお化粧してきたんですか?」


「えっ!? そう……だけど」


 恥ずかしそうに頬を赤らめ、ぱっと金熊亭のメニューで顔を隠すカタリナ。


 すご〜く可愛い仕草だけど、死の足音が近づいてきている俺に悶絶している余裕はない。


「でも、どうしてわざわざ? 今日って、何かありましたっけ?」


 モニカがグイグイと攻めていく。


 いよいよ死を覚悟した俺だったが──


「それは……ええと、そう! あなたたちへの配慮よ配慮。だって、汗臭いのはイヤでしょう?」


 カタリナの口から放たれたのは、そんな言葉だった。


 俺は唖然としてしまった。

 

 なんだその取ってつけた感満載の返答は。


 だってお前、いつも依頼が終わって汗だくで金熊亭に来てるだろ。

 

「あ〜、今日って蒸し暑かったですからねぇ」


 モニカがうんうん、と頷く。


 どうやら天然モニカは、そんな適当な言い訳で納得してしまったようだ。


「で、でしょ? 本当はお風呂にも行きたかったんだけど、流石にね」


「え、カタリナさんも街にある浴場に行ってるんですか!? 意外!」


 ふたりの話題は、カタリナのおしゃれから、街の大衆浴場へと移っていく。


 そんなふたりを見て、俺はほっと胸をなでおろす。


 モニカの天然成分のおかげで、なんとか危機を乗り越えることができた。


 だけど──さっきのカタリナの取ってつけたような言い訳が気になってしまった。


 何か別の理由があるはずだと思って心の声を聞いてみた。


(ふぅ……なんとか上手くごまかせたわね。わたしって嘘の才能があるのかしら?)


 閉口してしまった。 


 アレで上手くごまかせたつもりでいることにビビるわ。


(ごめんねモニカちゃん。今日はピュイくんとの特別な日にしたいの。だから、あなたに邪魔されるわけにはいかないのよ)


 その心の声を聞いて、俺は確信した。


 ……あ、誕生日だ。


 やっぱりこれは誕生日だ!


 しかも、俺だけに誕生日を祝ってほしいから周りに隠してるやつだ!


 俺は努めて冷静なそぶりを見せながらも、心臓はバクバクだった。


 なんだよこいつ。俺にだけ祝ってほしいとか乙女すぎるだろ。あやうく悶絶死してしまうところだったわ。


 そんなに俺に祝ってほしいなら、仕方がない。


 今日は無理だけど、後日こっそりプレゼントでも買ってやるか。


「……いや、待て」


 ふと、俺はそのことに気づく。


 後日プレゼントを送るということは、今日のカタリナのアピールはガン無視するということだ。


 つまり、カタリナは俺たちが解散するまでずっと誕生日アピールを続けるということになる。


 はじめのうちは「ピュイくんって鈍いんだから、もう!」なんて心の中で可愛く言ってそうだが、そのうち「いい加減気づけよ」になって、最後には「今日がわたしの誕生日だって口に出さなきゃわからんのかこの鈍感野郎!」になるかもしれない。


 そうなったら、モニカのいらぬ一言を誘発してしまう。


 控えめに言って、絶体絶命のマズい状況ではないだろうか。


 このままだと、「今日がわたしの誕生日だって気づかないくらいに使えない頭なら切り離しても問題ないでしょう?」とか、「わたしの誕生日を一生忘れないように顔に刻み込んであげるわ」とか真顔で言われてしまう。


 怖え! 想像しただけでちびりそう!


 ここはなんとかして、誕生日というフレーズを出さずに特別感を演出してカタリナを満足させるしかない。


「よ、よし、今日は俺が奢ろう!」


 意を決した俺はすっくと立ち上がり、声高に宣言した。


 途端にモニカが目を丸くひんむく。


「えっ……ど、どど、どうしたんですか急に!? ピュイさんが奢る!? 何かあったんですか!? もしかして、明日死ぬんですか!?」


「勝手に俺を殺そうとするな」


 下手をしたらカタリナに殺されてしまうかもしれないから、あながち間違いではないけどさ。


 てか、俺が奢るのってそこまで驚くことなのか?


「あ、あの……ピュイさん」


 あわあわと慌てふためくモニカの隣に座っていたサティが恐る恐る口を開く。


「き、今日ってなにかあるんですか? その……カタリナさんもおしゃれしてるみたいですし……」


「……っ!?」


 俺の下腹部がキュッと縮み上がった。


 やべぇ! 誕生日のフレーズが出ちまう!


 カタリナの好きなもの当てゲームのときから思ったるけど、サティって本当に鋭いんだな!


「あ〜……ええっと、その〜……」


 俺は言葉を濁しながらも、頭をフル回転させて言い訳を考える。 


「じ、実は……今度、冒険者試験を受けるつもりでさ。だからその景気づけっていうか、ゲン担ぎっていうか……決起集会みたいなやつを開きたくてさ」


「マママ、マジですか!?」


 とっさに口からでた言葉に反応したのは、またしても天然モニカだった。


「本当に何があったんですかピュイさん!? もしかして、幻覚作用がある毒キノコでも食べちゃったんですか!? それとも頭がバカになる呪いでも受けたんですか!?」


「うん、とりあえずお前黙れ」


 こいつ、口を開けば失礼なことしか言わないな。


 冒険者試験のことはあまり口外したくなかったが、仕方がない。


 背に腹は変えられないだろう。


 そんなことを考えていると、ばっちりカタリナと目があった。


(ぼ、冒険者試験って、この前わたしに話してくれたことだわ。本当にあの約束、守ってくれるんだ。ピュイくん、かっこいい……好き)


 唇を噛んで必死にニヤけるのを我慢しているようだが、口元がピクピクと動いてしまっている。


 カタリナの表情筋、もう少し頑張ってくれ。


 それだと、こっちまで釣られてニヤついてしまうじゃないか。


「きゅ、給仕さん! ちゅ、注文お願いしますっ!」


 頬がゆるみかけてしまった俺は、慌てて給仕を呼んだ。


 カタリナの熱い視線を感じつつ、追い立てられるようにメニューにある飲み物と食べ物を適当に頼む。


 一通り注文を伝え終わったとき、給仕に「マジで?」みたいな顔をされた。


 何だその顔は……と思ったけど、その理由は注文したものが運ばれてきてわかった。


「……」


 テーブルの上にならべられたそれらをみて、モニカが冷ややかな視線を俺に向ける。


「……あのピュイさん?」


「はい」


「ちょっと、調子に乗って頼みすぎじゃないです?」


「そうですね」


 これは頼みすぎというレベルではない。


 所狭しとテーブルに置かれたのは、大きな野菜がゴロゴロ入ったスープに、豚脂身の塩漬け、ラムと野菜の蒸し焼き、地鶏とじゃがいもの煮込み。


 そして、大量のエールとハチミツ酒にワイン。


 特に、ジョッキに注がれた酒はテーブルに収まりきれず、隣のテーブルにまで侵食している始末。


 これは流石に、俺とガーランドのふたりだけで飲める量じゃない。


 完全に失敗した。


 これぞ金の無駄遣い。


 くそう、カタリナのやつめ。焦らせるようなことをするから。


「まったく、ひとりで空回りしすぎだぞ」


 呆れるように、ガーランドがため息まじりで言う。


「こんなに酒を頼みおって。お前は酒の飲み比べでもするつもりなのか」


「う、うるさい」


 自分でもやっちまったと反省してるんだ。けが人に止めを刺すようなセリフを吐くんじゃない。


 もっといたわってくれよ、絶体絶命の俺を。

 

「……あ、いいですね」


 頭を抱えていた俺の耳に飛び込んできたのは、モニカの声だった。


「じゃあ、みんなでやりましょうよ」


「……やるって何を?」


「今、ガーランドさんが言ってたことですよ」


 モニカは楽しそうにニコニコと笑いながら、続けた。


「みんなでお酒の飲み比べ……えへへ、なんだか楽しそうじゃないですか?」




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