第六話

カタリナさんの願い事 01

 ヴィセミルにある3つの酒場でも、「酔いどれ金熊亭」は一番客入りが良い。出される料理も旨いし、ぶどう酒も二番煎じにしてはちゃんと味がするからだ。


 酒好きのガーランド曰く「ヴィセミルで一番安くて旨い」らしい。


「……何? 冒険者試験を受けたい?」


 そんな金熊亭の一角にある、俺たちがいつも使っている常連客用テーブルで、俺の話を聞いたガーランドが首を捻った。


「誰がだ?」


「俺に決まってるだろ」


 俺は周りに他のメンバーがいないか目配せしながら小声で返した。


 ガーランドにこの件を話したのは、運良く女性メンバーがいなかったからだ。


 女子メンは依頼で使ったポーションを補充するために錬金屋に寄ってからこっちに合流すると言っていたので、話すのは今しかないと考えたのだ。


 ガーランドが憂いに満ちた表情で続ける。


「……お前、熱でもあるのか?」


「ねぇよバカ」


「真剣に言っているのか? 信じられん……」


 まぁ、そういう反応になって当然だろう。


 なにせ俺は冒険者になって8年間、一度も冒険者試験を受けていないのだ。


 そんな俺が試験を受けようと真剣に考えはじめたのは、先日のカタリナの件があったからだ。


「しかし、一体どういう風の吹き回しなのだ?」


「別にそこまで驚くことでもないだろ。お前だって、『いい加減ランクを上げろ』っていつも口酸っぱく言ってるじゃないか」


「それはそうだが、リスクを犯さず汚く小銭を稼ぐのがお前のモットーではなかったのか?」


「汚く小銭を稼ぐとか言うな」


 ローリスクローリターンの賢いやり方とか、もっとトゲのない言い方しろよ。


「ふむ……だが、理由はなんであれ、お前のランクを上げるのには賛成だぞ。冒険者ランクがCになれば、やっとパーティでランクCの依頼を受けられるからな」


 ランクが上がればカタリナを安心させられるだけではなく、俺を悩ませているパーティの収支問題にも終わりが見えてくる。


 ただ、ランクが上がればそれ相応のリスクがあるので、別の部分で頭を悩ませることになるかもしれないが。


 おもむろにガーランドが尋ねてくる。


「……それで?」


「え?」


「話はそれだけではないのだろう?」


 ガーランドは腕を組んでしばし「うーむ」と黙考してから続ける。


「そうだな。『実績を積むために、個人依頼に協力してくれ』……ってところか?」


「……っ」


 正直驚いた。


 俺がガーランドに相談した理由が、正にそれだったからだ。


 個人実績を積むにはソロで依頼を受ける必要があるが、回復魔術師の俺が愚直にひとりでやろうとすれば、あっという間にあの世に行くことになる。


 なので、俺のような後衛が個人実績を積むには、前衛の協力が必要不可欠なのだ。


「……ガーランドって、脳筋のくせに意外と鋭いんだな」


「ははは、褒めても何も出んぞ」


「全然褒めてねぇよ」


 こいつは、「脳筋」って言葉を褒め言葉として捉えているふしがある。


 多分、「脳まで筋肉になるほどに鍛えられている屈強な男」みたいな意味でとらえているのだろう。


 そういうところがマジで脳筋だ。


「それで、頼めるか?」


「愚問だぞピュイ。協力するに決まっているだろう」


 悩むそぶりすら見せずに即答したガーランドに、つい熱いものがこみ上げてきてしまった。


 こいつとは8年来の仲だが、本当にいいヤツすぎる。


 サンキューな。ガーランド。


 ──と思った矢先。


「では、リルーにも手伝ってもらうか。あいつがいればDランクの依頼など余裕で終わらせられるだろう」


「いや、それだけはやめて」


 そういう気遣いは非常にありがたいのだけれど、俺の天敵を呼ぶのだけはやめてくれ。絶対に面倒なことが起きるから。


 そんなことを話していると、給仕が注文を聞きに来たので俺はエール、ガーランドはぶどう酒を頼んだ。


 給仕を見送ってから、ガーランドに尋ねる。


「で、次の試験日っていつかわかる?」


「確か再来月の白山羊月だったと思うが」


「2ヶ月後か。時間的には十分だな。じゃあ、とりあえず明日からDランクの討伐依頼を中心に回して実績を積んで──」


「おまたせしましたっ!」


 突然元気の良い女性の声が飛び込んできた。


 なんだ、やけに酒を持ってくるのが早いな……と思ったら、声の主は三角帽子をかぶったモニカだった。


 その後ろにはサティとカタリナの姿もある。


 不意にギョッとしてしまったのは、モニカたちに試験の話を聞かれたと思ったから──というわけではない。


 モニカの後ろにいるカタリナが、ちょっと変だったからだ。


 いやまぁ、こいつは塩対応のくせに心の中でデレまくってるし、突然ポンコツになったりするし、変なのは以前からなのだが……現れたカタリナは、見た目がおかしかった。


 なんというか、街に帰還してきたときよりも──妙に綺麗なのだ。 


「……何よ?」 


 俺の正面に腰掛けたカタリナがじろりと俺を睨む。


「え? いや、別に……」 


 俺はぱっと視線をそらした。


 なんだろう。


 何かが違って綺麗に見えるのだけれど、何が違うのかがよくわからない。


 服装は依頼のときと変わらない白いチュニックと胸当て。


 髪型も同じポニーテイルだ。


 髪の色も変わらない。


 目鼻立ちも当然いつもどおりで──


「……ん?」


 と、俺はそこで違和感を覚えた。


 目鼻立ちが、朝よりくっきりしている気がしたのだ。


 翡翠色の目がいつもより大きく見えるし、唇もなんだか瑞々しいような気がする。


 あまりじろじろと見るのは気まずいので、「俺たちは先に注文したからな」などとモニカに伝えながらチラチラと確認してみて、ようやくわかった。


 こいつ、ばっちり化粧をしてきてる。


「おい、ガーランド」


 カタリナがモニカたちと酒場のメニューを見始めた隙を突いて、ガーランドにそっと声をかけた。


「カタリナのやつ、変だよな?」


「変?」


「なんだか、ばっちりメイクしてきてないか?」


「……ふむ?」


 全く隠す様子もなく、まじまじとカタリナをみつめるガーランド。


 いやお前、もっとさり気なく確認しろよ。


「確かに、街に帰還したときとは雰囲気が違うな。一度自宅に戻って身だしなみを整えてきたのかもしれん」


 ウム、と納得したように頷くガーランド。


「だとしたら、ちゃんと指摘してやる必要があるか」


「は? どういう意味だ?」


「女子のそういう変化に気づいてやるのが男の努めだろう? いつもより綺麗だなと言ってやれば、カタリナもきっと喜ぶはずだ」


「いや……絶対トラップだから辞めとけ」


「トラップ?」


 ガーランドが首をかしげる。


「よく考えてみろよ。女性の容姿の変化を指摘するということは、『常日頃からあなたの容姿を見ていますよ』っていう言葉の裏返しでもある。いつもより綺麗だなんてセリフ、ただのセクハラと捉えられる可能性が高いぞ」


 この前のカタリナみたいに、相手から「変わったところを当ててみて」と言われたなら指摘できるだろうが、こちらから指摘するのは辞めたほうがいい。


「百歩譲って俺が『セクハラだ〜』なんて言われるのはまだ良いが、お前はまずいだろ。間違いなくリルーにアソコを切られるぞ?」


「……な、なんだとっ!? また切られるのか!?」


 またってなんだ。


 経験済みなのかよ。ドン引くわ。


 一体何をしでかしたらアソコをちょん切られるんだよ。てか、回復魔術かなんかでくっつけてもらったのか?


 なんだか、少しだけその話を詳しく聞きたくなったが、下腹部がぞわぞわしてきたので、それ以上聞かないことにした。


「しかし、なんでバッチリメイクなんてしてきたんだ、あいつ?」


 カタリナが加入してから毎日のように金熊亭に来ているが、こんなことははじめてだ。


 何か理由があるから気合を入れてきているんだろうけど……全く見当もつかない。


「お前は本当に鈍い男なのだな」


 首をかしげている俺を見て、ガーランドが深いため息をついた。


「やはりピュイには女心というのがわからんか」


「……」


 胡乱な視線を送る俺。


 なんだか既視感があるセリフだな。


 前に「妻がいる俺にしか女心はわからんか」とか偉そうに言ってたくせに、見当違いも甚だしい質問をしてた気がするけど。


「なんだよ。知り合いの女子が突然化粧して現れたことがあるのか?」


「ああ。以前に一度だけリルーが同じようなアピールをしてきたことがあってな」


 聞いておいてアレだけど、出だしから不穏だな!


 サンプル対象がドS肉食系のリルーじゃ、なんの参考にもならない気がするんですけど、大丈夫ですかね!?


 メチャクチャ不安に苛まれてしまう俺。


 また見当違いなことを言い出しそうだけど、一応続きを聞いてみるか。


「……で? どんな理由なんだ?」


「うむ」


 俺が尋ねると、ガーランドは自信満々に答えた。



「あれは誕生日アピールだな。間違いない」




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