カタリナさんが好きなもの 05

 こうなった以上、諦めるしかないのか。


 カタリナの分の金を出して、彼女の好きなところを言うか?


 ……いや、ダメだ。


 絶対にそんなことはしなくないっ! 


 ここで負ければ、一生カタリナに仕返しできなくなる……かもしれない!


「あ……もしかすると、わたし、わかったかもしれません」


 猛烈な葛藤をしている俺の耳に、か弱いサティの声が飛び込んできた。


「え、マジで?」


「は、はい。以前にカタリナさんに晩餐で出された料理の話を聞いたとき、それっぽい話を聞いたような気がして……」


 やばい。なんだか信憑性がありそうな話だ。


 モニカとかガーランドなら、「いやいや、聞き間違いでしょ。君たちバカだし」で済ませられるけど、3人の中で一番的確な質問をしてきたサティならありえる。


(そ、そんな話したっけ? でも、前に晩餐の話はしたような気がするし……うぅ、どうしようピュイくん?)


 ちらちらと俺を見るカタリナ。


 動揺が全然隠せていない。


(が、頑張ってよピュイくん。このままだとサティちゃんに当てられちゃうよ?  わたしにあ〜んさせてよっ!)


 だったら! 質問! させろ!


 仕方がない。こうなったら、適当な理由をつけて当てにいくべきか。


 サティみたいに「そういう話を聞いたことがあってぇ」みたいに言えば、信じてもらえないし。


 ……いや、だめだ。危険すぎる。


 すでにカタリナは俺が何か企んでいると訝しんでいるのだ。一発で当ててしまったら、読心スキルの存在が疑われかねない。


 ──もしそうなれば、パーティが終わってしまう。


 その瞬間、俺の脳裏に蘇ったのは、最初に所属したパーティのことだった。


 あれは8年前……俺がまだ17歳で、冒険者になったばかりのころだ。


 昔から俺は人見知りなんてしないタチだった。初めて会う人間にも気兼ねなく話しかけられたし、すぐに打ち解けることだってできた。


 だが、固い絆で結ばれているパーティに参加するとなると話は変わってくる。


 基本、メンバーを募集しているのは、パーティを立ち上げたばかりの人間か、欠員が出来て人員を補充したい人間のどちらかだ。


 前者に参加するのはまだ楽だが、後者は色々と大変になる。特に不慮の事故でメンバーを亡くしてしまった場合は顕著だ。歓迎されるどころか、快く思ってないメンバーから嫌がらせを受けることだってある。


 俺が加入したパーティは後者だった。依頼中に起きた不慮の事故で失ったメンバーの代わりに俺を加入させたらしい。


 だから俺は、少しでも早くパーティに馴染めるように自虐ネタで距離を縮めようと考えた。


 そのネタが「読心スキル」だったのだ。


『俺って心の声が聞ける読心スキル持ってんスよね。商売の才能も剣の才能もないのに他人の心の声が聞けるなんて、宝の持ち腐れって思いませんか? あははっ』


 あのときの俺は、まだ若かった。


 そんなことを話せばどうなるか、全く想像できていなかった。


 場の空気が、まるで上級氷結魔術を食らったかと思うくらい凍りついたのは、言うまでもないだろう。


 すぐに、「お腹が痛くなってきた」だの、「回復アイテムを補充してくる」だの、取ってつけたような理由でメンバーが俺の前から立ち去っていった。


 そして次の日。


 少し嫌な予感がしていたけれど、パーティリーダーに「悪いけど、もうピュイくんは来なくていいよ」と追放宣言されてしまった。


 そのときリーダーは、心の中でパーティの女性魔術師との関係を暴露されることを危惧していた。


 多分、ふたりは周囲にはナイショで付き合っていたのだろう。いや、ひょっとすると、もっと複雑な人間関係があったのかもしれない。


 詳しくはわからないが、リーダーはその事実を暴露されることを恐れ、俺を追放することにしたのだ。


 俺は追放を受け入れ、はじめて加入したパーティとはそこで終わりになった。


 そして──それ以降、俺は読心スキルのことを隠すようになった。


 このスキルのせいで、パーティを追放されたり解散させたり、人間関係のトラブルに巻き込まれないように。


「あれ? どうしたんですか? ピュイさん?」


「……え?」


 8年ものの黒歴史を思い出して戦慄していた俺に気づいたのか、モニカが尋ねてきた。


「なんだか、顔色が悪いですけど?」


「あ、い、いや、ちょっと寒気がしてさ」


「あ〜、風邪ですかね? 今日のダンジョン、結構寒かったですからね。帰りに薬屋さんに行って、レモンのはちみつ漬けを買うといいですよ」


「……え?」


 突拍子もなくモニカの口から放たれた言葉に、俺は唖然としてしまった。


「レモンのはちみつ漬けですよ。ほら、子供のころ風邪をひいたら食べさせてもらいませんでした? あれってカラダが温まるし、今でも風邪のときは食べるようにして──って、あれ?」


 と、モニカがカタリナを見た。


 俺と同じく、呆然としている彼女を。


「どうしたんですか?」


「えっ? い、いや、なにも……」


「……あ」


 はたと何かに気づくモニカ。


 そして、実に悪そうな笑みを浮かべる。


「あれあれぇ? おやおやおやぁ? もしかして、もしかしてですかぁ?」


「な、なによ?」


「カタリナさんが好きなのって、レモンのはちみつ漬けじゃないですぅ?」


 俺は思わずテーブルをひっくり返したくなってしまった。



 この野郎。


 マジで天然で当てやがった。




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