カタリナさんが好きなもの 02

「ピュイさんたちは、何を飲みます?」


 思い出にふけっていたとき、モニカが店のメニューを手渡してきた。しかし俺は、受け取ることなく即答する。


「もちろんエールで」


 とりあえずエール。それ以外にはありえない!


「えーっと、わたしは……」


 と、カタリナの視線がガーランドの手元でピタリと止まった。


「……それは何を食べているの?」


「ん? これか? ただのベニエだが?」


「ベニエ? って、ペイストリーを揚げたやつ?」


「ああ。果物をたくさん入れて、ドーナツみたいに揚げたものだな。俺の大好物で、家でも妻によく作ってもらっているのだ」


 こう見えてガーランドには奥さんがいて、ふたりの娘がいる。


 黒い鎧を着て巨大な斧を振り回している巨漢が、家では娘にデレデレしているらしい。聞いた話では、こんな恐ろしい顔をしているくせに子供と話すときは「でちゅね〜」みたいな赤ちゃん言葉だという。実に親バカだ。


 ちなみにガーランドの奥さんは、俺たちと同じ冒険者をやっている。今日も依頼に出ていると言っていたので、もしかするとこの酒場にいるかもしれない。


「へぇ、ガーランドってこういうものが好きだったのね。なんだか意外だわ」


 カタリナがベニエを手にとって不思議そうに言った。


「そうか? 好きな食べ物なんて、そんなものだろう?」


「そう、なのかな?」


「ちなみに、お前は何が好きなのだ?」


「……え? わたし?」


 カタリナは、尋ねられてキョトンとする。


「カ、カタリナさんは、高級料理が好きそう……ですね」


 そう言ったのは、恥ずかしそうに肩をすくませているサティだ。こいつは極度の人見知りで、最近ようやくカタリナとも少し話すようになった。


「カタリナさんって、き、貴族の方によく晩餐に誘われていますし……」


「誘われているのは事実だけど、好みは至って普通よ?」


「……あ! わたし良いこと考えた!」


 突然、モニカが勢いよく立ち上がった。


「今からカタリナさんの好きな食べ物当てっこゲームやりませんか?」


「当てっこゲーム?」


 首をかしげる俺。


「ひとりづつ質問して、カタリナさんの好きな食べ物を当てるんですよ。どうです? 面白そうでしょ?」


 全然面白そうじゃない。


 ……が、加入して日が浅いカタリナとメンバーが親睦を深めるためには、アリなのかもしれないな。


 カタリナが慌てて割って入る。


「ちょ、ちょっとまって。どうしてわたし?」


「メンバーの好みは全員知ってるからな。知らないのはカタリナだけだ」


 俺が皿からベニエをつまみ食いしながら答える。


「ちなみにモニカが好きなのがシロップたっぷりのパンケーキ。サティは油が滴ってる焼き立ての子豚の香草焼き」


「ピュイさんが、カスタードプディングなんですよね〜」


「カスタードプディング? スイーツの?」


 モニカの言葉を聞いて、カタリナが胡乱な目で俺を見る。


「……子供?(……可愛い)」


「うるせぇ」


 心の声とハモるんじゃねぇ。


「ピュイのカスタードプディング好きは病気レベルだからな。ヴィセミルには『ピュイを喜ばせるにはカスタードプディングと牛肉をあてがっておけばいい』という言い回しがあるくらいだ」


「ねぇよ!」


 適当なことを言ってるんじゃねぇよ、ガーランド。


 まぁ、あながち間違ってはいないけどさ。


「で、でも、カタリナさんの好きな食べ物当てゲームはおもしろそう、です」


 サティがモジモジと控えめに続ける。


「ほ、報酬があったら……もっとおもしろそうですけれど……」


「報酬か」


 ガーランドが納得したように頷く。


「確かにそうだな。勝負に報酬はつきものだからな」


 報酬があるほうが燃えるけれども、くだらないゲームに違いはない。


 すかさずモニカが手を挙げる。


「はいは〜い! じゃあ、当てられたらカタリナさんにその料理を『あ〜ん』してもらえるってのはどうですか?」


「え? 報酬なのそれ? ていうか、わたしにそんなことしてもらって、嬉しいの?」


「嬉しいに決まってるじゃないですか! わたしはいつでもカタリナさんにあ〜んしてもらいたいです」


「それくらいなら、いつでもやってあげるけど」


「えっ!? 本当ですか!? ……あ、でも、せっかくなのでゲームに勝ってからやってもらいますね」


 にひひと笑うモニカ。どこからそんな自信が湧いてくるのか知らないが、勝つ気でいるらしい。


 ガーランドが難しそうに腕を組む。


「しかし、それではカタリナにゲームをやるメリットがないな。例えば……そうだな、全員外れたらカタリナは晩飯の支払いを免除というのはどうだ?」


「あ、名案ですね!」


 嬉しそうに手を叩くモニカ。


「あと、外したひとはカタリナさんの好きなところをひとつ言う、っていうのも付け足しません?」


「い、いいですね。なんだかカタリナさんと、もっと仲良くなれそう……」


 恥ずかしそうにサティが言う。カタリナはつまらなさそうにしているけれど、反論しないところを見ると乗り気なのかもしれない。


「……で? あなたもやるつもりなの?」


 そんなカタリナが、冷ややかな目を俺に向けてくる。


「いや、俺は──」


 エールに溺れたいから参加しない。


 そう答えようと思ったが、その言葉を飲み込んでしまった。


 もしかすると、これは良いチャンスではないだろうか。


 ここで俺が言い当てたなら、胸中デレでいつも俺を苦しませているカタリナに、恥辱の仕返しができるかもしれない。


 ツンツンしながらも、恥ずかしそうに俺にあ〜んしてくれるカタリナ──。


 見たい。


 なんだか、すげぇ見たい。


 羞恥プレイでカタリナを苦しめてやりたい!


 これは、参加しない手はない。



 勝機は俺にある。


 なぜなら俺は──すでに読心スキルでカタリナの好きなものを知っているのだ!




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