第十七章 直接対決
「フローリア?」
「フローリア様?」
二人に名を呼ばれて我に返る。
「――何でもないわ」
――こうなったら、お兄様と直接対決よ。
まだヴィシュバルド国に留まっているかは分からないけれど、とりあえずお兄様の自室へ行ってみましょう――絶対に真実を暴いて見せるわ。
その前に二人にも休んで貰わないと。いつまでもここにいたって収穫は無いでしょうから。
「二人とも、客間に戻って。ここで探していても時間の無駄だわ」
「そうだな……」
カイトさんが力無く肩を落とす。
「気にする必要は無いわ。貴方は力になってくれた」
「――ああ」
カイトさんは微笑んでくれた。色々葛藤もあったでしょうに――って私は何を考えているのかしら。
いい加減この人と一緒にいると調子が狂うから早く国に帰って欲しいわね。
「カイトさん、いつバーラン王国へ帰る予定なの?」
「いつだったか――」
「明日には帰るようにと、国王様から仰せつかっております」
カイトさんが考えながら執事に視線を向けると、毅然とした態度で答えてくれた。
やっと解放されるのね――それと同時にどこか寂しさも感じる。
この人といるといつも調子を狂わされるし、公爵の動向を探ろうとしても邪魔になるし、この一ヶ月いい事なんてなかった筈なのに――なんだかんだ楽しかったかもしれない。
――心境の変化に気付き、自分でも驚く。
「そうか……一ヶ月経つのは早いな」
カイトさんがこっちに歩いて来て、私を抱き締める。
「フローリアが何と言おうと、俺は諦めない。絶対にフローリアと結婚する」
彼の暖かさに安心する。
けれど、私はそっと彼の腕から離れ、距離を取った。
最初は公爵への反発心から婚約破棄を望んでいたけれど、今は違う――もう素直になってみてもいいのかもしれない。
誤魔化そうとしたって、私の気持ちは決まっているのだから。
「――そう、なるといいわね」
カイトさんの顔が見る見るうちに明るくなっていく。
「フローリア……!」
心底喜んでいる様子が伝わってくる。
でも、問題がある事を忘れないで。
「だけど『アヘン』の問題が先よ」
「――ああ、そうだな」
カイトさんはしっかりと頷いてくれた。
「俺も、バーラン王国へ帰ったらお父様とお兄様を説得する。今までは見て見ぬふりをしてきたが、もう逃げない。これ以上辛そうなお母様を見ていられないしな」
権力者である二人に立ち向かうのはとても勇気のいること。カイトさんの覚悟に強い信念を感じた。
変わりつつある――いいえ、変わるのよ、私達が。
そうすれば、ヴィシュバルド国もバーラン王国だって変わる筈だわ。きっと――。
希望的な未来を思い浮かべて、思わず頬が緩んだ。
「フローリア!」
「――何?」
カイトさんが満面の笑みを見せる。
「やっと、笑ってくれたな」
「え?」
私は自分の頬に手を当てて、疑問の声。
悪役令嬢だった私は、今まで笑う事なんて忘れていた――笑ってはいけないと思っていた。
カイトさんが抱き締めてくれる。
「凛とした顔も素敵だが、笑った顔も見て見たかったんだ」
私の笑顔に何の価値があるというのかしら――でも、悪く無いわ。
「ありがとう、貴方のお陰よ」
カイトさんは信じられない様子で私から離れた。両肩に手は添えたままで。
「今、何て――?」
「何度も言わないわ」
「そ、そうだよな……」
聞き逃した訳では無いのだから、聞き直さないで欲しいわね。
「でも、嬉しいよ。諦めるつもりはなかったけど、無理だとは思っていたから」
カイトさんの嬉しそうな顔を見ると、私も嬉しくなる――立香の時に感じていた感情が再び芽吹き始める。
――カイトさんと一緒に穏やかな日々を過ごしたい。
でも、その前にやる事がある。
「いいから、客間へ戻って」
「ああ」
「私はこの本を片付けてから、戻ります」
「そうだな、俺も手伝う」
二人が本を手に取ると、私も一緒に本を手にする。
「いいわ。ここは私がやっておくから、二人は客間へ戻って」
「――じゃあ、三人でやろう。早く終わるから」
「そうね」
三人仲良くお片付けなんて、今までなら嘲笑ものだわ。でも、その時は何故だか凄く心が満たされた気分だった。
***
片付けも終わり、カイトさんと執事も一緒に客間へと戻って行った。
私はこれから――お兄様へ会いに行く。
――そして、真実を聞き出す。
時計を見る。時間はいい頃合いね。
私は書庫を後にし、ボルドーの廊下を歩きながら頭の中を整理していた。
何故バーラン王国に目をつけたのか。何故『アヘン』の取引を公爵へ勧めたのか――聞きたい事は山程あるのよ。
「何か御用ですか?」
声をかけてきたのは、もちろんお兄様の部屋の前にいた護衛。
お兄様の自室の前には二人の護衛が立っていて、右側が私に話しかけてきた。
私は毅然とした態度で答える。
「お兄様に用があるの」
「フリーツ様から、フローリア様は入れぬようにと――」
「だから、何? そんな事関係無いわ」
「ですが――」
「私は兄に会いに来ただけよ? 兄妹の邪魔しないで頂ける?」
「いえ、なりません。フリーツ様の命令は絶対ですから」
ここでは兄妹なんて通用しなかったわね。全く面倒な人達だわ。
この国に私の味方はいなかったと再び思い出す。見張りが言っていたものね。
でも、今回は令嬢権限を使わせて貰うわ。公爵を味方につけた私は強いのよ?
「これは公爵からの命令よ? 貴方達如きが逆らっていいのかしら?」
「公爵様がそんな命を下す訳が――」
「本当よ。確認してみなさい」
護衛は二人で話し始める。
「ここで待機して下さい」
「ええ」
一人が急ぎ、公爵の元へ向かった――残りは一人。でも、動かないでしょうね。彼が動いたら、護衛がいなくなるもの。
「さて、彼が帰って来るまで世間話でもしましょうか?」
「世間話?」
護衛は不服そうに眉間に皺を寄せる。
「貴女と話す事等何もありません」
「私はあるのよ?」
「――何です?」
「フリーツお兄様は、本当にここにいるのかしら?」
「何を言っているのです?」
更に怪訝な表情。
「私、先程中庭でお兄様を見ましたのよ?」
「そんな訳――」
「百パーセント無いと言えるかしら?」
「フリーツ様はここから出ていない! おかしな事を言うな!」
「では、私が中庭で見たのはどなたかしら?」
わざとらしく右手の人差し指を顎に持って行きながら考えるポーズをとる。
「た、他人の空似でしょう」
少しソワソワしてきたわね。
それに、もう一人の護衛がいないから相談出来る相手もいない。
「中を確認したの?」
「それは、我々がしていい訳が――」
「じゃあ、分からないわよね?」
「――いえ、フリーツ様はこの中にいらっしゃる」
「時に、記憶とは曖昧なものよ?」
護衛は黙ってしまった。
「確認してみては?」
そんな護衛に助言をしてあげると、私を睨みながらも扉の前に立った。
ノックの後、その名を呼ぶ。
「フリーツ様!」
返事は――無い。
「何だと!?」
私はその影でほくそ笑んだ。
「フリーツ様! 失礼致します!」
護衛は叫びながら扉を開ける。
「フリーツ様……」
お兄様はベッドに横になっていた。この時間、お兄様はお昼寝をなさっているの。子どもみたいよね。だから、返答が無かった。護衛ならそれくらい把握しないとね。仕方が無いわ、この人新人だから。知らなくて当然なの。
ホッとする護衛の横を堂々と通り、私は寝入っているお兄様に話しかける。
「お兄様、起きる時間ですわよ」
「何をしている!!!」
その護衛の大声でお兄様が目を開ける。
「――何だ、騒々しい」
「フリーツ様! この女が勝手に!」
この女呼ばわりは頂けないわね。仮にも公爵令嬢よ?
「この女……?」
私と視線が合うけれど、お兄様はまだ寝ぼけ眼。
「おはようございます、お兄様」
暫くの沈黙。
「――フローリア!?」
やっと覚醒したのか、ベッドから飛び起きて、腰元に手を添える。普段そこには剣があるけれど、寝ていたのだからある筈も無い――その動きをするという事は私を切ろうと考えたのかしら? 酷いお兄様ね。
腰元に剣が無かったお兄様は舌打ちをしてから、護衛に怒鳴る。
「何故コイツを入れた!?」
「も、申し訳ございません!!」
「いいから早くつまみ出せ!」
「はっ!」
つまみ出せ、なんて。もっと優しくして欲しいわ。
「いいのかしら? 私をここから出して」
私の笑みを見て、お兄様と護衛は目を見開く。
「――どういう意味だ?」
私はヒールの音を鳴らしながらお兄様へと近付く。生唾を飲む音が聞こえた。私ではないわよ? もちろん、お兄様の。
そんな耳元で囁いた。
「『アヘン』」
お兄様は一歩二歩と後ずさる。
「何故、お前がそれを――!?」
「今、私を追い出せば、どうなるかしらね?」
私は余裕綽々の笑みを浮かべながら一歩、また一歩と近付く――逃がさないわ。
お兄様は今、私が口を開くだけで生唾を飲む。そんな状態。
「貴様!!!」
けれど、私の体は護衛に羽交い絞めにされて、床に押し倒された。身動きが取れなくなる。
「止めろ!」
「え?」
先程とは正反対の命に護衛が戸惑いを見せる。
「お前は出て行け。フローリアと二人で話す」
「ですが――」
「俺の言う事が聞けないのか!」
「は、はっ! 失礼致しました!」
護衛は私から手を放し、お兄様に敬礼してから、そそくさと部屋を後にした。扉が閉まるその瞬間まで私を睨みつけながら。そんなもの怖くとも何ともないわ。
私はゆっくりと立ち上がり、ドレスを叩いた。
「さて、お兄様。お話をしましょう」
「――するしかないようだな」
――逃がすつもりはないもの。
「お前のその笑顔が気に入らない」
お兄様はボソッと口にした。
「昔から、誰に対しても薄ら笑いを浮かべていたな。お父様に対しても、俺に対しても――グラスリーに対しても」
私は呆れながら息を吐いた。
「まだ彼女を引きずっているのですか? もう他国の人間でしょうに」
「うるさい! お前に何が分かる!? 僕達は愛し合っていたんだ!!」
「血の繋がった兄妹同士で――反吐が出ますわ」
こういう気持ち悪いところは直っていなかったみたいね。
「お前――!」
「そんな事はどうでも良いのです。私が気になっているのは『アヘン』のこと。全て話して頂きますわ」
「ふんっ! 知ってどうする? もう取引は決定した。お前一人にどうこう出来る事案では無い」
「決定……? 公爵は渋っていたかと」
「良く知っているな。だが、それは一ヶ月前の話で、今はもうこっち側だ」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべている顔は私に負けず劣らずの悪役だわ。
それにしても、たった一ヶ月で事を進めるなんて――優秀な兄だこと。
――ただ、公爵がそっち側かは分からないけれど。
「何を企んでいるのです?」
「お前に話して何になる?」
確かに『アヘン』の事をそう簡単に話すなんて私も思っていない。
でも、引き下がる訳にもいかない。
「バーラン王国に目を付けたのは『アヘン』が目的ですか?」
「だったら何だ? お前には関係無いだろう? もうすぐこの国を去るのだからな」
やっぱり話さないわね。暫く様子を見ようかしら。
「私が結婚に反対している事は公爵からお聞きでは?」
「お前の意思等関係無い! 必ず結婚させて、この国から追い出してやる!」
急にテンションが上がるわね。情緒不安定なのかしら?
――でも、そういう目的だったのね。
友好関係を結ぶ為の政略結婚と見せかけて、本音は私をこの国から追い出したかった――
「追放するだけでは足りませんでしたのね」
「ふんっ! 僕は国外追放をお父様に勧めたのに、お父様はそこまでしなくていいと言い張った! 全く、お前なんかに何の情があるんだか」
お兄様はズカズカと品の無い足取りで移動し、ドカッと乱暴にソファに座って、足を組む。人と話す時は目を見る事、教わらなかったのかしら?
「だから、僕は考えたんだ」
あら? 何か話してくれそうね。
「お前をこの国から永久に追放する術をな」
「楽しそうなお話ですわね」
「そうだろう?」
皮肉に皮肉を重ねてくるとは――もっと清純な方だと思っていたけれど?
「グラスリーが他国へ嫁いだ時に思いついた。これだ! とな。他国との結婚となればお前は永久にこの国を出て行く事になる。だが、幸せな結婚等させない。どうせなら、悪名高い事で有名なバーラン王国を選んだ」
なるほど、私への憎悪が発端だったのね。それは意外だわ。
グラスリーをなぶっていた事に心底お怒りだったという事かしら。
「バーラン王国は確かに悪名高い。だが、資源が豊富な国だ。大きな国でもあるし、多くの国との繋がりもある。友好関係が築ければヴィシュバルド国も安泰。一石二鳥だった。しかし、一つ問題があった」
「問題?」
「第三王子しか結婚相手がいなかった事だ。その第三王子が曲者で、結婚は一生しないと言い張っていたらしい。面談はするが断られるだろうという事だった」
カイトさんのこと。そういえば、最初はそんな態度だったわね。
「どんな手を使ってでも結婚はさせるつもりだったが、一度会わせてみればどうだ? その第三王子がまさかのお前にご執心だと!? お前のどこに惹かれたのかは甚だ疑問だが、好都合だった」
この人、こんな嫌な笑い方をする人だったかしらね?
「カイトさんとは面識は無かったのですか? バーラン王国へは良く行っていたのでしょう?」
「見かけるぐらいだったな。僕が話していたのは基本的に兄であるレイトだったから」
カイトさんと同じね。お兄様を見かけたと言っていたけれど、記憶は曖昧みたいだったし。
「そのレイトさんから『アヘン』のお話を?」
「その事について話すつもりはない」
「そうですか」
『アヘン』についてだけは頑なね。そこが一番知りたいのに――こちらからしかけてみましょうか。
「『アヘン』を最初に使われたのは、カイト様のお母様――王妃様らしいですね。使われたというより、利用された、が正しいかしら?」
「何? ――何故その事を知っている?」
「お兄様もご存じですのね。という事は、『アヘン』は国王から伺った、違いますか?」
お兄様は眉間に皺を寄せながら視線を逸らし、黙ってしまった。
その沈黙は肯定として受け取るわよ?
「レイトさんは『アヘン』の取引に関してはあまり乗り気ではなかったのではないですか? ですが、今まで外交で散々使ってきた国王なら、否定はしなかった筈。寧ろ、『アヘン』の話を持ち掛けたのは国王。貴方はそれに乗っかった。でも、それがバレたら自分の株が下がる。だから、国王と取引をしているのは公爵だと見せかけたかった。だから、バーラン王国にいる時には公爵が国王と、お兄様はカイトさんのお兄様と一緒にいる事が多かったのでは?」
執事の話を思い出す。カイトさんのお兄様は乗り気では無いと言っていたし、『アヘン』の取引は今後中止しようと考えていた人。そんな人が『アヘン』をばらまく訳が無い。
お兄様はあくまで沈黙を貫くつもりね。
「お兄様が国王と取引をしたけれど、外交の最終的な決断は公爵――だから、お兄様と国王が共同して、説得に当たった」
「だったら、何だ!!」
お兄様は立ち上がり、私の方を振り返った。
「お前の妄言は聞き飽きた! そこまで言うのなら証拠を持ってこい! この僕が! 『アヘン』をこの国へ持ち込んだという証拠を!」
――確かに、証拠が無ければお兄様の言う通りただの妄言だわ。
「無いだろう!? 僕は今まで上手く立ち回ってきた! 証拠等ある筈が無い! 証拠が無いならこの話は終わりだ! 出て行け!!」
声を荒げながら扉を指差す。
でも、その発言とここまで怒っているところを見ても図星を突かれたという事は明らか。
引き下がる訳にはいかない――何か、何か手は無いの?
コンコン。コンコン。
何? 変なノックの仕方……。
「何? ちょっと待――!!」
お兄様が慌てる視線の先、扉を開けたのは――グラスリーだった。
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