マユのトゥルーエンド 3




 最近の夜は、なんだか意味深なセリフばっか吐きやがるマユのせいで眠れなかったり、途中で起きたりすることがままあった。

 その最たる例がこの世界での最終決戦の前夜だ。

 やれ帰れだのバカだのお人好しだのと好き勝手罵ったと思ったら──


『たぶん、私はいなかったことになるけど』


 といった爆弾発言をしてくれやがった。

 なんだこいつ睡眠妨害に続いて自害宣言とか頭おかしいのか。

 確かにこの異様なシリアス世界観の別ルートにいたら多少影響されてナイーブになってしまうのはわからないでもないが、それにしても死に急ぎすぎだろう。

 まさかと思ってこの世界の親父を問い詰めたところ、なにやら特殊なウィルスを彼女に渡していたそうで。

 息子特権でそれを消去させたあと、マユの動向を様子見していたのだが、まさか俺を独房に閉じ込めるとは思わなかった。

 こっそり手助けを頼んでいた衣月に扉を解錠してもらい、ラスボスと戦っている現場にようやく到着したと思ったら時すでに遅し。

 寂しそうな笑顔、ともすればシリアス作品に影響されすぎた中学生みたいなキメ顔で、世界改変スイッチを押したマユがそこにはいた。


「はぁ、はぁ。……まったく、ようやく見つけた」


 で、気がつけばこの世界。


「どうなってんだこの状況? 風菜もカゼコも俺のこと知らないし、ペンダントつけてない俺が音無とイチャイチャしてるし……」


 作戦内容にあった世界改変というのには成功したのだろうが、まさか美少女ごっこ自体が消え失せているとは夢にも思わなかった。

 風菜にコクを聞いたとき『それ誰ですか?』って言われちゃったときは素直にショック受けちゃったわね。

 あとれっちゃんも俺のことポッキーって呼んでくれなかった。てかキィって呼ばれた。苗字ておまえ。

 どういう過去改変をされたのか、なぜか俺は二人いて、なおかつれっちゃんとは知り合いではあるものの親友といえるほど仲良くはなっていない。


「どういう……そもそも別世界の人間だから、私と同じようにはじかれた……?」


 顎に手を添えてブツブツと呟いているが要領を得ない。

 こっち見ろよおい。


「こら、おいマユ。無事なら無線機で連絡しろって。めっちゃ探したんだぞ」

「…………ね、ねぇ」

「なに」


 不安げな表情のまま上目遣いで俺を見上げるマユ。

 惚れそうになるから急に美少女しぐさしてくるのやめてほしい。


「名前……もっかい言って」

「は?」


 何言ってんのかわかんねぇ。

 平気そうに見えて実はマユも結構困惑してたりするのか。


「マユ」

「うん」

「……え? いや、呼んだけど」

「もっかい」

「なんで……」

「もういっかい」

「何なんだよ……マユ、マユ、マユちゃん。これでいいですか」

「…………うん」


 これはいったいどういうことだ。

 あの煽りカスで常に余裕綽々って雰囲気を崩さなかったマユが……なんというか、普通に年頃の女の子っぽい。

 わかりやすく赤面してたり──は、しないけど。

 目が泳いでるし、手も俺の制服の裾を掴んだまま離さない。てかいつのまに掴んでたんだ。



 ……不安だったのだろうか。

 確かにこの世界へ訪れてからはほとんど余裕がなかった。

 みんなもそうだが、なにより俺自身が結構キツかったように思う。

 ぶっちゃけ地獄みたいな一ヵ月だったといっても過言ではない。

 アポロ・キィがそもそもいなかったり、ヒーロー部のメンバーはみんな『誰?』って感じの変化を遂げてたし、加えてどいつもこいつもメンタルが危うくて接しづらかった。

 俺がまともに……というかいつも通りでいられたのは間違いなく、すぐそばにマユがいてくれたからだ。

 睡眠妨害はまぁ普通にウザかったが、彼女がいなかったら俺もシリアス堕ちしてしまっていたかもしれない。

 事情を把握しているマユのおかげでがむしゃらに頑張れて、くだらないやり取りをしていたからこそメンタルも保てていたのである。

 そういった感謝の念は素直に言葉にして送るべきだ。

 あっちももしかしたらそれ待ちかも。


「ありがとな。こっちの世界じゃ正直助けられっぱなしだった」

「……そうなんだ」

「おう。だから……そうだな、帰ったらどっかファミレスにでも寄ろう。なんでも頼んでいいぞ」

「……私、かえってもいいの?」


 何言ってんだこの外見ロリは。


「当たり前だろ、お前の家はウチなんだから。……な、なんだ、家出でもしたくなったの」

「……ううん。かえっていいなら、かえる。一緒に……帰る」

「そうしとけ。だいたい俺と警視監との約束を知ってるのはお前だけなんだかんな。こっちに残りたいって言っても連れ帰ってたわ」

「そっか……そっか」


 茶化しながら笑い飛ばしてみると、なぜかマユは少しだけ嬉しそうに微笑み、人目も気にせず抱き着いてきた。

 まって。

 待って待って。

 なんなの、なんで突然のデレ期なの。

 攻略するような手順は踏んだ覚えないぞ。


「私って、アポロの相棒?」


 なにをいまさら。


「お前がそう思ってくれてるうちはな。せいぜい失望されないように頑張るわ」

「わかった。……ありがとう、アポロ」

「……お、おう」


 どうしたんだお前──とか。

 そういう質問をするのは野暮かと思ったからやめておく。

 俺たちが歩んだルートより何倍も凄惨なこの世界を体感して、それから一番大事な自分の出生の秘密を知ったこともあり、彼女は彼女で感じ入るものがあったのだろう。

 正直こういう反応は予想してなかったけど。

 ともかくお互い無事だったのならそれでいい。

 チートも特典もない危なっかしい異世界転移の大冒険はこれで終わりだ。さっさと帰ろうな。


「よし、じゃあワープ装置を起動させるぞ」

「……アポロ、鼻の下が伸びてる」


 うっ。


「あ、あのな。女子に抱き着かれたら否が応でも男子はそうなるんだって。少年漫画とか読んでたんだからわかるだろ?」

「そうやって開き直るんだ」

「最初にくっついてきたのはそっちだろ! 俺で遊ぶとあとが怖いからな!」

「……べつに。なにをされても文句はいわないけど」

「え? ……えっ?」


 どういう意味ですか……。


「ふふっ。いかにも童貞くさい反応。やらしー」

「テメェなぁっ!!?」


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