マユのトゥルーエンド 2
──と。
らしくもなくシリアスな風を吹かせて、計画通りに自分が死ぬはずのトリガーを引いたはずだったのだが。
「………………生きてるんかーい」
予想に反して、私は生きていた。
とても晴れた青空の下、とあるカフェの屋外テラスで紅茶を飲みながら、自分に起きた様々な事象を脳内で整理している。
まず、バッドエンド世界は当初の予定通りに改変した。
衣月とアポロを除くヒーロー部全員で魔王に膝をつかせたその瞬間、紀依博士が作った特殊な機械をやつと連結させ、魔力を吸い取ってそのままスイッチを押して起動。
世界改変が開始され、視界が真っ白に染まったあと──この世界で目が覚めた。
アポロのことは作戦の最終段階を迎える前に、窓のない地下室に閉じ込めておいたため、改変前までには強制的にこの世界を去ることができたはずだ。
だから……そう、アポロの心配はいらないのだ。
「困ったな……ズズ──熱っ!」
問題は自分のことである。
どうやら今回のこの事象に関しては、私の解釈が間違っていたようで。
修正後の世界では発生しないバグ……つまり存在しえない生命体である私は、生まれる過程そのものが否定されてこの世から消え去ると思い込んでいた。
しかし事実は少し異なっていた。
確かに私はこの世界では確実に発生しない生き物だ。
二つの時間軸を彷徨して結果的に生を受けた私は、いわばこの世界の枠組みから逸脱している。
あり得ない──イレギュラーな存在だ。
だから。
イレギュラー存在だからこそ世界からはじかれた。
どうやらこの世界は割といじわるだったようで、いなかったことになるのではなく、私というバグをいったん取り除いて世界を直してから、ふたたび私を盤上に置き直した。
余ったパズルのピースだ。
はめ込む場所がないから、とりあえずパズルの上に置かれている。
この世界は直せるけど、他の世界の事情も交じっててよくわからんお前のことまでは面倒見れないわ──とこの世界そのものから否定された感じ。
つまり何もかもが修正されてトゥルーエンドを迎えた世界で、唯一私だけが改変前と全くなにも変わらない人間として取り残された、というわけだ。
「ごちそうさまでした」
数少ない路銀で頼んだ紅茶を飲み干し、カフェから発つ。
時刻はお昼よりちょっと前くらい。
そろそろ飲食店が込み合う時間だが──
「どうしよっかな」
ポケットから取り出した小さい小銭入れの中には数百円。
当然大きなお金はない。
服装はヒーロー部が通っている魔法学園の制服(改変前にもらった余り物)だが、今日は土曜日ということもあり真昼間から制服で往来を歩いていても補導されることはないから安心だ。
とはいえタイミングに助けられているだけだから、日曜日を跨ぐまえに別の服とか用意したいな。お金ないけど。
マジで補導だけは面倒だ。住所はおろか戸籍すらないんだから。
「……本当に、誰もいないしな」
私を知っている人間は誰もいない。
帰る場所も、これから先の目的もない。
ただ漠然と世界を書き換えて、いまここにいる。
自分の正体を知ってからは、アポロをもとの世界へ帰すこと以外は、わりとどうでもよかった。
そりゃあこの世界の人々には同情したし、あっちの世界では良くしてくれたヒーロー部の力になりとも思っていた。
けど、やっぱり心の底ではどうでもいいと思っていて、選んだ選択がこの大多数にとっては幸福につながる道だった、というだけの話なのだ。
こちらの世界には思い入れがない。
あっちの世界は私の居場所ではない。
結局どっちつかずで、最後の最後は一人になった。
警視監と決着をつけて世界を救ったあの時のアポロとは違い、見送ってくれる
ただひとり。
たったひとりで──
「わっ……」
下を見ながら歩いていたせいか、誰かとぶつかってしまった。
そこまで強い衝撃ではなかったが、原因は私にある。
早く謝らないと、と思って顔を上げると──見覚えのある人物だった。
「すいませ……」
「だ、だいじょうぶ? ごめん、俺もよそ見してた」
「……………………」
これまた、なんとも、ベタな展開だ。
思わず言葉を失っちゃった。
私の目の前に現れたのは──まぁ、普通にアポロ・キィだった。
「……あ、あの? どこか痛むのか?」
見た目から判断したのか、私のことを年下だと思って接している。
ていうか制服のリボンが下級生のものだったからってのもあるけど──なんかうざい。
実際の年齢はともかくとして、記憶の量はほぼ同等だしなんなら
「…………いえ、平気です」
顔見知りですらない目の前の少年に、そんな生意気なことを言える道理はないけど。
「そうか……? でも、顔色がよくない──」
「もとからこういう肌色なんです」
「……ご、ごめん」
病的な……とまではいかないけど、私は普通の人に比べればかなり色白だ。
不健康そうに見えるのはしょうがない。
まず私を知っていたらしないはずの反応だったからか、いざ現実を目の前にすると少しだけひるんでしまった。
余計に傷つく前に彼の前から去ろう。
「まあ、あなたが無事ならそれでよかったです。それじゃ」
「お、おう。…………どっかで会ったことあったかな、あの子……?」
足早にその場を離れ、噴水広場のベンチに腰を下ろして一息ついた。
呼吸を整えながら背もたれに体重を預け、空を仰ぐ。
「はぁー……そりゃそうだ……」
アポロは私を知らなかった。
コクと瓜二つな私を見ても、何の違和感も覚えなかった。
悪の組織の計画が頓挫した世界線に変えたはずなのだが、どうやら彼がペンダントを使って美少女ごっこに邁進した事実すらもなかったことになっていたらしい。
いったいどの段階で悪の組織が失敗したのかは定かではないが、少なくともアポロがヒーロー部に入部するきっかけとなった美少女ごっこすらなかったとなると、ヒーロー部が身を粉にしてまで戦っていた正規世界線よりは平和になっているのかもしれない。
「……あっ、ヒーロー部」
遠くに見えたのはライ部長、氷織、ヒカリ、それから荷物持ちをさせられているレッカだった。
「そういえばコオリさん、電飾を買ってませんわ!」
「あー、忘れるとこだった。あそこのホームセンター寄ろっか」
「れ、レッカ? やはりわたしも持とうか?」
「いえっ……ジャンケンに負けた僕が悪いんです……! 最後まで頑張ります!」
「……そ、そうか。レッカも男の子だな」
ほほう、なるほど。
クリスマスが近いということもあるせいか、なにやら大量に買い出しをおこなっていたようだ。
というか悪の組織の活動が活発じゃなくても、あの四人は最終的にヒーロー部になってしまうらしい。
見た限りではほんわかした雰囲気だ。
もしかしたらこの世界では血生臭い戦場になど赴かない、市民のヒーロー部という名の健全なボランティア部活動なのかもしれない。
「──フウナ? どうしたの?」
ヒーロー部が目指していたホームセンターから出てきたのはウィンド姉妹。
別の世界線ではチームメンバーだった彼女たちは、どうやらこの世界では込み入った事情のない普通の仲良し姉妹であったようで、無関係の部活メンバーたちの横を当然のごとく素通りした。
すると風菜だけが立ち止まり、じっとこちらを見つめている。どうしたんだろう。
「……お姉ちゃん。一目惚れって……信じる?」
「えー? ないない。人って中身を知らないと好きにはなれないものよ。……なに、さっきの男子に一目惚れしたの?」
「それは全然違うけど……うぅん、なんでもない。いこ」
二人もまた私を知らないため、ほどなくして去っていった。
まだ肉体を持ってないときにアポロの記憶を見たことがあるが、風菜がコクを好きになった原因は外見が四割、残りは童貞が勘違いするようなムーブで優しくされたからだ。
強い接点を持たない以上、風菜がコクにそっくりな私を必要以上に気にする理由もまた存在しない。
「……衣月、音無の家の子になったんだ」
こんな都合よく邂逅することある? って疑いたくなるほど、その場には以前の知り合いたちがたくさんほっつき歩いていた。
ヒーロー部四人は先ほどの通り一般的な部活動のメンバー。
ウィンド姉妹も悪の組織に幽閉された過去はなくなり普通の女子高生。
衣月は──
「あ、おねえちゃんだ」
「……めちゃめちゃ心配した表情でこっち来てるぞ。きみ、ちゃんとお姉さんに謝りなさいよ」
「わかった。……紀依おにいちゃん、一緒に探してくれてありがとう」
「ん。今度は迷子にならないようにな」
「こら衣月ー! 勝手にひとりで行かないでって言ったのに!」
アポロと手をつないでおり、ほどなくして彼の手を離れて、迎えにきた音無に抱き着いた。
「おねえちゃん、ごめんなさい」
「まったく。……あっ、そのネクタイの色、二年生の方ですよね? 妹のこと、ありがとうございます」
「お構いなく。俺も急ぎの用事とかはなかったから、衣月ちゃんと少し遊ぶのはいい暇つぶしだったよ」
迷子になったあと、私とぶつかった後のアポロと出会い、保護してもらっていたらしい。
正規世界線だと衣月は組織に拉致される前から児童保護施設にいたはずだが、彼女のそういった境遇も悪の組織が一枚嚙んでいたようだ。
「はぁ……衣月と遊んでくれたんですか」
「おにいちゃんとはメダルゲームやった」
「えっ!? ばかっ、いくら使ってもらったの!」
「ハハ、たった五百円だから気にしなくてもいいって。衣月ちゃんゲームうまいからメダルけっこう増えたし──」
「……何かお詫びさせていただきます、先輩」
「だ、だから気にしなくていいって」
「ダメです! 学生の五百円はバカにできませんよ!」
……それにしてもあの三人、平和な世界でも出会うくらい因果が繋がってるんだな。運命って感じだ。
もしかして悪の組織、紀依勇樹博士と知恵さんが組織から抜けて”アポロ・キィ”の誕生が確定したあたりで破綻したのだろうか。
今となってはどうでもいいことだけど。
かつての知り合いたちの邂逅を目の当たりにしていると、なんだか落ち込みそうになったので視線を下にさげた。
別に、もう無関係の学生たちだ。
誰も知らないどこかの世界の、顔が似ている誰かを私が覚えているだけ。
友人の惚気を見せられる独り身みたいな気分だった。めっちゃふつうに最悪です。
平和になったあの少年少女たちに、私みたいな化け物が近づくべきではない。
妙な欲が顔を出す前にこの場を離れよう。
「かえろ。…………あっ」
何言ってんだ。
帰る家なんかないでしょうに。
「うーん……まぁ、いっか」
深く考えるのはやめて、ベンチから立ち上がった。
これからはただ各地を彷徨して、どこかで野垂れ死にするだけの人生だ。
お金があるうちにおいしいものを食べて、誰も訪れないような場所を見つけたらそこでひっそりと過ごす。
誰も私を──わたしの名前を知らない世界で、また知ってもらおうと頑張る気は起きない。
この先のことも割とどうでもいい。
今日の夕食くらいは悩もうと考えつつ、目的地も特に決めないまま歩き出す。
なるべく、なるべく気落ちした自分の心を直視しないようにしながら。
「────マユっ!!」
……。
…………。
………………えっ?
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