NTR演出で脳を破壊し隊 vs ポッキー
あまりにも金欠が極まるアポロ・キィ、ついにアルバイトを始めました。
以前のレッカとの一件で金がなさ過ぎる事実を自覚したため、俺は数日前から学園付近のコンビニでバイトを開始している。
といっても週に三、四日レベルのものである。
時間にしてみると放課後のたった数時間だが、高校生の小遣い程度ならこれくらいで十分賄えるだろう、という考えでこうなった。
いまはバイト先のレジ裏にあるタバコの整理をしている──の、だが。
現在、とある不安が胸中で燻っていた。
『悪の組織に代わり、裏で世界の覇権を握ろうとしている組織がある。キミにはそれを教えておかなければならない』
学園を出てバイト先へ向かう道中、俺はあの黒髪ロリっ娘こと警視監と遭遇した。
偶然出会ったわけではなくどうやら彼女が俺を待ち伏せしていたらしく、人目のつかない所へ行こうと言われて付いていった結果、そんな話を聞いた。
『正義の秘密結社──という。表の顔では優良企業かつ慈善団体としても活動している奴らだが、裏では人体実験や違法な魔法や能力を一般市民に渡して暴れさせている連中だ』
表でも活動してるのに秘密結社ってどういうことだよ、などとツッコむ暇は無かった。
あのロリっ娘と一緒にいると、否が応でも場の雰囲気が血生臭くなるので、本当になるべく関わりたくない。
しかし「何でそんな話を俺に」と、キレ気味に聞き返しても意に介さず、彼女は飄々としていた。
『キミにも責任の一端はあるんだぞ? アポロ・キィ。正義の秘密結社はもともと大した組織ではなかったし、以前までは悪の組織が連中を黙らせていたんだ』
一介の学生でしかない俺に責任とは。
『いいかい、キミが悪の組織そのものを壊滅させたから、抑圧されていた連中が世に放たれたんだぞ』
それは違いませんかね、と言いたかった。
どう考えても悪いことをしようとする連中が全面的に悪いだろう。……いや、その理論でいくと俺も悪者になるな。
『私は当然奴らに命を狙われているが、キミとて例外ではない。ヒーロー部の身内という事もあるし、さすがに直接手を下してくることは無いだろうが……せいぜい気をつけることだな。約束の日までは死ぬんじゃないぞ。
……あ、あとお茶ありがとね』
ベンチへ座る前に奢ってやった飲み物の礼を言いつつ、彼女はささーっとその場を去っていった。あいつ普段はどこで生活してるんだろう。
──ともかく、こんな感じで不穏な連中のウワサを耳に入れてしまった為、微妙にバイトに身が入らなくなってるのが現状だ。
その組織の仕業らしい犯罪者たちもこの目で見てきたため、いよいよその存在を近くに感じてしまっている。
今日は結構遅い時間までバイトをするので、このままだと気が滅入って余計に疲れてしまう。
気持ちを切り替えよう。
「んー、今日はお客さん少ないっすね」
不意に横から声が掛かってきた。
そちらへ向くと、揚げ物コーナーを弄繰り回している女子の姿が見えた。
亜麻色の髪にウェーブがかったショートヘアの彼女の名は、コトネ・ノイズ。
球技大会の日に道具の片付けを手伝った、あの音無の従姉妹だとかいう不思議っ娘が、このバイト先における俺の先輩だったのだ。
「……暇そうだな、野伊豆さん」
「掃除も終わっちゃって仕事なくなりましたし。……あっ、ていうか琴音でいいですって、紀依さん」
「善処するよ、野伊豆さん」
「あー、またそうやって」
互いにさん付けで呼び合っているのは、このバイト先のルールだ。お客様がいなくても従業員同士の呼び捨ては禁止、と店長が念押ししていた。先輩後輩の上下も関係なしだ。
俺もタバコの整理が終わり、やる事が無くなったので適当にレジ袋を補充しながら、数ヵ月ほど前からここに勤めていた大先輩の雑談に付き合うことに。
「そうそう、聞いてくださいよ紀依さん。昨日マジ最悪だったんすけど」
個性の塊みたいなヒーロー部のメンバーと違って、野伊豆は話し方から平時の態度まで、何もかもが今どきの女子高生といった印象を受ける。
眠そうというか、ダルそうというか、いつも気の抜けた感じだ。
俺の知り合いはなんだか親密過ぎる人間が多い気がするので、彼女が割と適当な距離感で接してくれるのは正直言ってありがたかった。
「何が最悪だったの」
「えっと、昨日の夜なんすけどぉ。ニヤニヤしながら自分の彼女にコンドームを買わせてる男の人が来ました」
「……お、おう?」
最悪なんだ、それ。
「ウザくないっすか? 彼氏の方とかなんかすげぇあたしの顔見てくるし、帰る前に『ごめんね店員さんw』とか言ってて、めっちゃ引きました」
「それは……まぁ、確かに引くな」
「彼女さんもクソ顔赤くなってたし、かわいそうだったなぁ」
変わった人もいるもんだな、と思ってしまった。
わざわざ恋人に避妊具を買わせるのって、恐らくはそういう羞恥プレイか何かなんだろう。
そこは別に本人たちの自由なので文句はないが、購入先の店員に声を掛けてまで楽しもうとするのは、いささか常識を疑ってしまう。
というか邪悪だ。
俺だったらキレて悔し涙を流してたかもしれん。
「あ、紀依さんは彼女とかいる感じ?」
「募集中です」
「いないんすね。じゃあ仮に出来たとして、彼女さんにそういう事させたら気持ちいいって思います?」
この流れでその質問の仕方だと、ほぼほぼ答えは決まってるようなもんじゃない?
まあ俺も男だし、話に出てきた彼の気持ちは分からないでもない。
「たぶんだけど、その男って恋人がいる状態に酔ってたんだと思うんだよ」
「はぇー」
恐ろしいぐらい適当な相槌だ。
「もちろん彼女を辱めてお互いに興奮する……とかそういう目的もあったんだろうが、わざわざ野伊豆さんに喋りかけたのは”俺ってモテるんだぜ”ってことをアピールしたかったんじゃないかな」
「うわっ、スゴイ早口」
「お前もしかして俺の敵か?」
本当に生産性のない、空気のような会話だ。これに大した意味は無い。
そんな風に二人でレジに並びながら、クソどうでもいい会話を続けていると、客が来店してきた。
制服からして魔法学園の女子生徒だ。
そしてその人物は──
「……こっ、これ、ください……っ」
耳の先まで真っ赤になりながら、さっきまで会話の話題にしていたゴムを、会計まで持ってきたのであった。
……マジ?
「よ、497円になりまーす」
「~~っ!」
おいおいおい頭おかしいのか落ち着けよおかしいだろ。
まだ19時だぞ?
お夕飯時ですよ?
ちょっと夜の営みを始めるには早くない? そもそも制服着てるし高校生だよね……!?
「ありぁっしたー。……な、何が起きてるんだ」
「ヤバいですね。マジやばい。紀依さんかわいそ」
「うるせぇな……あっ、いらっしゃいま──」
ドンッ。
レジのカウンターに置かれたのは先ほどと同じコンドーム。
目の前を見ると、そこにいたのは先ほどとは違う女子高生。
「……えっ」
「は、早くお会計お願いします……!」
「ハイッ、はい、すみませんっ」
焦って会計を済ませると、その女子生徒は弾かれたように店を飛び出していった。
何だ?
これはどういう事だ。
ナニかがおかしいぞ。
「紀依さん紀依さん、みてアレ」
「な、なん──あッ!?」
野伊豆が指差した方向に目を向けると、コンビニの外には数十人もの女子生徒たちが行列を作っており、一人ずつ入店してはゴムを買って出ていき、その繰り返しとなっている。
お祭りか? コンドーム購入祭? 下ネタにも限度ってモンがあるんだぞ、いい加減にしろ。
「いらっしゃ……ぁ、はい、497円丁度ですね……」
「み、みんな紀依さんのレジにしか行かない。これは一体……」
どいつもこいつも赤面しながらアレを買っているのだが意味が分からない。
最初の一人くらいは、彼氏にやらされてんだなぁ、深夜になる前から盛りやがってリア充死んでくれよなぁ、程度にしか思わなかったのだが、現在の状況はあまりにも異質だ。
もう悔しさを感じるだとか、そういう次元の話ではない。
「これください……」
「四百きゅうじゅ──って! 風菜!?」
「はうぅ……」
ついに身内が来たぞー! 大事件だぞー!
はい、事件確定です。
この大量の女の子たちは、何者かによって無理やりいかがわしい物を買わされています。間違いない。
まず風菜の恋愛対象は女子なので、万が一俺たちに秘密で恋人を作っていたのだとしても、こんなものを使用する機会は訪れません。あるとすればコイツが暴走して男性器を生やす魔法を使ったときだけだ。
……冷静に考えろ。
この状況は普通じゃない。
少なくともこの地域には、女の子は一人ずつコンビニに入ってゴムを買わなければいけない、みたいなイカレた風習は存在しない。
この大量女子高生コンドーム購入祭、まさか鬼畜抜きゲー主人公でも出現したのか?
だとしたら俺では勝ち目がないのだが! たすけてれっちゃん!!
「──
「えっ?」
隣を見ると、野伊豆が両耳を塞ぎながら、瞼を閉じた状態で佇んでいた。
「このコンビニの裏で魔法の詠唱を続けている男がいるっぽい」
「マジ?」
「オトちゃんは忍術が優れてるけど、あたしは音魔法が得意なんす。あたしがレジ代わるんで、紀依さんはそいつを早くやっつけてきて」
「お、おう……っ!」
とりあえず言われた通りにコンビニの裏口へ向かうと、そこには黒いフードを被った男の姿があった。
ブツブツと呟いていたので、隙を突き縄で締め上げて休憩室にブチ込んだところ、コンビニの外に並んでいた女の子たちは正気に戻り、数分後に警察も駆けつけてこの事件は幕を閉じたのであった。
その後、連行される前に男は──魔法学園の制服を着た男子生徒は、俺に向かって真実を告げた。
「す、数日前にお前がっ、ヒーロー部の女の子たちとイチャついていたから……お前の脳を破壊したくて、寝取りを演出したんだ」
顔を見て思い出した。
彼は少し前に、俺がヒーロー部に囲まれながら帰っているところを目撃していた、あの男子生徒だったのだ。
……彼氏の前で、寝取った女の子にわざわざゴムを買わせる、などというエロ漫画にしかなさそうな演出をしたかったらしい。そもそも俺は誰の彼氏でもないのだが、話は聞いてくれなかった。
「組織から貰ったんだ! 三十秒だけ洗脳できて、洗脳が解けた後はその時の記憶も無くなるっていう、優れものな魔法を!」
優れものというか、だいぶピーキーな魔法だと思う。
洗脳能力を手に入れてまず最初にやる事がこれなんて、彼はどれほど俺のことが嫌いだったのだろうか。
「お、お前だって同じだろ? 洗脳か何かでヒーロー部に取り入ったに違いない。じゃなきゃお前みたいなよく分からない男が、あの子たちに囲まれるわけ──クソ! 離せーっ!」
最後まで典型的な悪役染みたセリフを貫き通して、彼はそのまま警察に連れていかれてしまった。残念だがこういった大きな事件を起こしてしまった以上、退学は免れないだろう。
──帰り道。
野伊豆と二人で住宅街を歩きながら、俺はふと考えてしまった。
あの男子生徒の凶行を誘発させてしまったのは、もしかしなくても俺なのではないか、と。
「災難だったっすね。コンドーム事件」
「とんでもねぇ事件名だな」
事情を知らない野伊豆は俺を励ましてくれているが、彼を悪に落としてしまったのは──
ヒーロー部は人気者だ。
となれば当然、過激なファンや熱狂的な信者なんかも存在するわけで。
だからこそ彼ら彼女らは、そういった人々が暴走しないようにする為に、自分たちを応援してくれる人に対して、近すぎず遠すぎずの距離感で適度なファンサービスを行っていたのだ。
俺が浅はかだった。
同じ立場にあるレッカや、既に名の知れた有名人ならともかく、俺のような無名の人間が人前で気安く触れ合うと、今回のような”勘違い”が発生してしまうんだ。
あの日は誰にもバレずこっそりヒーロー部を助けるだけならともかく、帰り際に欲を出して周囲を悔しがらせようとしたのがいけなかった。大いなる間違いだったのだ。
……はぁ。何もかも上手くいかない。
やっぱり距離を取るか、ヒーロー部のみんなとは。
少なくとも一般人の前では必ずそうする、と心掛けておこう。
「そういえば野伊豆、今日は助かったよ。ありがとう」
「いーえ」
「何か礼を……」
続きを言おうとすると、彼女が指先で俺の唇を押さえてしまった。
そういう事されると男子は勘違いしちゃうんだから本当にやめてね。こちとらバキバキの童貞なので。
「じゃあ、名前でお呼びなさい、バイト後輩くん」
「……助かりました、琴音センパイ」
「ふふっ、惚れちゃった?」
「それはない」
「むぅ……」
もう男状態のときはモブに徹しようと考えながら、俺はプクーと頬を膨らませたバイト先の先輩と並び、静寂に支配された夜道で足音を鳴らすのであった。
◆
時はお昼休み、場所は魔法学園の食堂にて。
ポッキーは何やら先生の手伝いに追われてるらしく、僕は一人で昼食を取っていたのだが、いつの間にやら周りの席にヒーロー部のみんなが集結してしまっていた。
そして、メンバーの様子もいつもとは違っていた。
「……わたしが足、引っ張ったせいかなぁ」
「こ、コオリさんのせいではありませんわ! アポロさんだって何か事情が……」
見て分かるほどに気落ちしているコオリをフォローしているヒカリだったが、僕から見るとヒカリ本人もいささか元気が無いように思えた。
「キィ゛くんに……ぎらわれぢゃったのかなぁ……お姉ちゃあああえぇ」
「お、落ち着きなさいって。キィに限ってそんな事は……ない、と思う。……あたしに対しても素っ気なかったけど……」
「カゼコ、私はどうしたらいいんだ。まさか知らぬ間に彼の逆鱗に触れてしまっていたのでは……ぁわわ、なんてことだ……」
「もー! 部長くらいはしっかりしなさいよ! みーんなこんな調子じゃ困るわよぉ……」
まさに三者三様。
学園にいる従姉妹と食事をとっていてこの場にいない音無を除き、それぞれのメンバーが独自の落ち込み方をしている。
今日の彼女たちには共通点があった。
アポロに嫌われたかもしれない──と。
皆が口を揃えてそう言っているのだ。何してんだあいつ。
肝心のアポロ本人はここにいないから、事情など聞きようがない。
昨日や今日のポッキーは僕に対しても多少距離を作っていたが、めっちゃ眠かったり課題を出されていたりするといつもそうしていたので、別段珍しい事でもないと思っていたのだが……。
どうやら女子メンバーたちは違うと感じたらしい。
「オトちゃんもウチでバイトしなよ。二年生の先輩やさしいよ」
「あれ、琴音の職場って学園の生徒いたっけ」
「新しく入った人だなも。バイト的には後輩だけど、二年生だからセンパイなんだ。……ふへへ。アタシ部活とかやってなかったから、先輩とか出来るの初めてなんだよね〜」
「あら、ご機嫌だ。では先輩ができた記念でこの海老フライをプレゼントします」
「苦しゅうない」
少し遠くで従姉妹の少女と仲良くランチをする音無を見ながら。
「…………ハァ、音無ちゃんみたいな元気が欲しい」
コオリが呟き、他のメンバーも小さく頷きながら黙々とご飯を食べ進めていく。
……えっ、なんなの!? この地獄なに!?
どうしてお昼時に沈鬱な空気を感じながら食事しなきゃいけないの……たすけてポッキー……。
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