ヒーロー部 暴れる




 沖縄を目指す旅をしていた頃とは違い、現在の朝の時間帯の行動は、ほぼ全てがルーティン化されている。


 異常なまでの早起き癖は鳴りを潜め、最近の起床する時間帯は小鳥が囀る六時半前後。

 別々の布団を敷いているのに、三分の一くらいの確率で、いつの間にか俺の胸元に潜り込んでいるマユをほっぺ揉み揉みで起床させ、二人分の朝食を作るところから俺の一日はスタートする。

 両親は泊まり込みや早朝出勤が多いため、洗濯や朝のゴミ捨て、マユのお弁当を用意するのも俺の仕事だ。

 別に主夫を目指しているワケではないのだが、よく考えたら最近は普通の男子高校生の倍くらいは、家事に追われている気がする。このままだと家庭的な男子へ成長しちゃう予感がするな。


 で、だ。

 いつもならこのまま制服に着替え、歩きで衣月を迎えにいき登校班まで送り届けて、バスに乗り登校──なのだが。

 何やら今日は妙なことになっている。

 ルーティンに入っていない事態が発生したため、未だに半分寝ていた俺の頭が覚醒してしまった。


「ごきげんよう、アポロさん」

「ひ、ヒカリ……?」

 

 グリント家の屋敷の裏口に着くと、いつもは部屋着で衣月を見送ってくれるヒカリが、何故か既に制服に着替えた状態で待ち構えていたのだ。

 いつもは毛先がロールされているはずの色艶のいい金髪が、まだセットされていないのかそのままになっており、後ろ髪も少し外跳ねしているため、彼女が今日は例外的に急いでいることは明白だった。

 よく見れば鞄も持っているし、朝の支度に時間が掛かるはずのお嬢様が、なんと既に準備を終えてしまっている。何事だコレは。


「紀依、おは」

「おはようさん。……ヒカリ? もしかして今日は、衣月を一緒に送ってくれるつもりで?」

「え、えぇ。というより今までは任せきりになってしまっていたので、これからは毎朝ご一緒させて頂きたいですわ」


 俺個人としては衣月の要望に従っていただけだから、申し出は素直に嬉しい……けど、ヒカリはいいのだろうか。


「構わないけど……あぁ、いや、何でもない。行こう」

「うん」

「はいっ」


 どう見ても身だしなみが整ってないというか、無理して朝の支度を時短したように見えるのだが、そこを指摘するのは野暮というものだろう。

 せっかく衣月や俺のために急いでくれたのだから、ここは厚意に甘えるべきだ。

 というかそもそも、女子の身だしなみについてとやかく口を出せるほど、俺は偉い人間ではない。


「紀依、手」

「え。……いつもは繋いでないだろ?」

「今日は特別。光莉ひかりも」

「あっ、は、はい」


 言われるがまま手を繋いだ。

 衣月の両手は俺とヒカリで埋まってしまっている。

 なんだこの状況。

 まるで子供を遊園地に連れてきた夫婦みたいに、衣月を挟んで間接的にヒカリとも手を繋いでしまっている。

 これ、衣月は恥ずかしくないのか……?


「手を繋いで、仲良し」

「お前がいいなら構わないけど……なんか悪いな、ヒカリ」

「いえいえ、兄妹が出来たみたいでわたくしも楽しいです。ふふっ」


 確かに、はたから見れば兄弟姉妹にも見えなくもない。全員髪色は違うけど。

 急に手を繋ぎたがるだなんて、衣月にも年相応な可愛らしさがあって安心した。その調子でまだまだ小学生のままでいておくれやす。


「紀依。今日はなんと、給食に黒毛和牛が」

「すげぇなそれ、俺も食いてぇわ」

「来る?」

「お兄さん校舎に入ったら捕まっちゃうから……」


 そんな感じで衣月といつもの雑談をかわしていると、彼女の隣を歩くヒカリが小さく呟いた。


「……衣月さんには普通に……やはりわたくし達だけ……」


 何のことをブツブツと呟いているのだろうか。

 少々怪訝に思いながらも、気がつけば衣月の登校班と合流。

 彼女を班の子供たちに任せ、俺たちはバスで学園へ向かうことに。



 そこで──ふと思い出した。

 

 俺はもう二度と逆恨みによる犯罪者を生まない為に、数日前から一般人の前ではヒーロー部のメンバーとは、一定以上の距離を置くと決めていたのだ。

 先ほどの人気の無い住宅街や、幼い子供たちの前でならともかく、このままヒカリと一緒にバスに乗るのは、自殺行為にも等しいと思う。

 まちがいなく、バスの中は登校中の学園の生徒が過半数を占めているのだから。


「アポロさん。バス、もう来ていますわよ?」

「えっ。あ……」


 ヤバい、どうしよう。

 普通にヒカリが乗車したら、当然彼女は注目の的になるだろう。

 いつもは別々の時間帯のバスに乗っているので問題なかったがコレはマズい。

 全く知らないんだけど、ヒーロー部であるヒカリが乗車したら、車内の空気ってどう変化するんだろうか……。


「出発ですわ~」

「ちょ、おいっ、押すなって……」


 普段より幾分かゆるい雰囲気のヒカリに背中をグイグイ押されて、結局そのまま同じバスに搭乗してしまった。


「ゎっ、みて、あれグリントさんじゃない?」

「えぇっ、マジ? ほ、ホントだ……綺麗な金髪……」

「この時間に乗ってるの、初めて見た……!」


 や、やばい。

 物理的に逃げ場を失ってしまった。


「奥が空いていますわね」

「ヒカ──ぐっ、グリントが座るといいよ。俺はこっちで立ってるから」


 これが今の俺に出来る最大限の応急措置だ。

 乗るのが偶然同じだっただけで、別に仲良しでも何でもないと周囲にアピールしなければ。

 あと名前呼びも禁止で。


「二人分空いていますから。さぁさぁ」

「まっ……!」


 あ、あんまり一緒にバス乗ったことなかったけど、こんなにグイグイ来るタイプだったっけ……!?

 なんか今日のヒカリ、おかしくね……?

 彼女に誘導されるがまま一番奥の座席に腰を下ろすと、まるで当然のように金髪お嬢様は俺の隣に腰を下ろした。距離感近すぎてこわい。


「アポロさんったら、今更苗字呼びなんてされなくてもよろしいのに」

「い、いや、俺が気にし──ぃ゛……っ!?」


 かっ、肩がくっついている!

 何なら服の上からでも分かる程に大きさを主張しているヒカリの巨峰が、俺の二の腕にふわっと当たってしまっているぅ!

 とっ、と、とんでもなく柔らかい。俺は今日死ぬのか?


「ぇっ、あの男子、だれ……?」

「すっごい仲良さげだけど……くっついてるし」

「グリントさんと一緒に登校したくて、次の時間帯のバスは男子で溢れかえってるのに……抜け駆けってやつ?」


 とんでもない誤解を生んでいる。実際は抜け駆けどころか、ヒカリ側がこっちに合わせてきてるんですけど。ぼくわるくない。

 ていうかやっぱりヒカリの人気って凄まじいな。学生以外の乗客もチラチラと此方へ視線を飛ばしている。とても肩身が狭いです。


「おい田中、起きろ……! グリント先輩いるぞ!」

「うぇっ? そういう嘘はもう聞き飽き──なッ!?」


 あぁもうやだ帰りたい。有名人の友達とかいう立ち位置、本当にいろいろとやりづらくて辛い。

 ここはいっそ不愛想な態度をとって、ヒカリを幻滅させるか。

 そうすれば呆れて俺から離れてくれるかもしれない。

 ……いや、それを引きずって部活内の空気を悪くするのは、もっとダメな気がする。あれ、もしかして詰んでる?



「……アポロさん、もしかして何か悩み事がございますの?」


 いまこの状況が悩みの種だよ。察して欲しい。

 ──という心境が表情に出てしまっていたのか、ヒカリは少しだけ気落ちしたような表情に。

 しかしかぶりを振って、彼女はもう一度俺の方へ首を向けた。

 その瞳には芯が通っている。


「わたくし、昔は……ヒーロー部に入るまでは、ずっと一人でしたわ」


 唐突に始まる過去語り。俺はどんな顔をしていればいいのだろうか。

 何を思ったのか、彼女は今までの半生を俺に教えてくれた。


「ですから、どんな事も自分の中に溜め込んで、誰にも相談せずに生きてきました。でも今は、それが間違いだったと分かります。

 ……アポロさん。もし、一人で抱え込んでいる悩みがあるのでしたら、わたくしにもお話しして頂けませんか?」

「ひ、ヒカリ……」


 シリアス顔で手を握ってくるの、本当に勘弁してほしい。

 振りほどけないしドキドキするしで身が持たない。周囲もかなりざわついてる。やばいって。


「……衣月さんを守る旅のとき。悪の組織に洗脳されたとき。そして、魔王と戦っていたとき、すぐそばで本当の黒幕警視監が逃げようとしていた事も知らず。

 わたくしはいつもアポロさんの足を引っ張るばかりで……加えて、多くの責任を貴方一人に背負わせてしまっていた」


 ちょっ、すごい深刻そうに話してるけど場所が悪すぎるって!

 はたから見ると俺たち、手を繋いでイチャついてるようにしか見えてないんだってぇ!


「アポロさん」

「っ!?」


 ぎゃあ! 顔が近い! 顔が良すぎる……遠慮もなさ過ぎる……。


「どうか、わたくしに変わるチャンスをくださいませんか。

 ヒーロー部に入ってから……いえ、貴方がいなくなってしまうまでずっと、わたくしはレッカ様に──レッカさんに盲目なばかりで、周囲がまるで見えていませんでした。

 テレビや雑誌で持ち上げられているだけの、見せかけだけのわたくしではなく、本当の意味でこの世界を救ったのはアポロさんなのだと、身をもって重々承知しております。

 ……たくさん痛い思いをして、たくさんの人を救ってきた貴方に、もうこれ以上……傷ついてほしくないのです」


 怒涛のマシンガントークで場の雰囲気を掌握するヒカリ。

 会話の内容は聞かれていないものの、真剣な顔をした彼女の姿から、周囲の人間たちもヒカリが俺に対して真面目に何かを告げているであろう事は理解している様子だった。

 

「なんとしても重荷にはならぬよう、最善を尽くし努力して参りますわ。ですから、どうか、どうか。わたくしを──わたくしたちを、お傍に居させてくださいませんか。

 遠くへ行かないでください……まし」


 どうやら、この状況に於いては。


 この場限りで考えると、俺が勝手に遠い存在だと決めつけていた有名人ヒーロー部の少女は、逆に俺を遠くに感じてしまっていたらしい。

 そして俺が彼女らとコミュニケーションを取らないように距離を置いたから、こんな腹を壊すレベルのシリアスな言動を、ヒカリから引きずり出してしまう事になったのだ。


 ……さすがに、配慮が足りなかったか。そこまで突き放していたつもりは無かったのだが。

 まさかこれほどヒカリからの俺への評価と好感度が高かったとは、夢にも思わなかった。

 口ぶりからして他のメンバーも同じ事を考えている可能性が浮上してきたし、ヒカリのシリアス度合いを鑑みると──もしかして、結構シャレにならない事態になってます?


 こっちとしてはほんの少し距離を取れればよくて、別に縁を切ろうだとか、そういうつもりは毛頭なかったんだけども……ヤバいかもしれない。

 

「……すまん、分かった。悪かったよ」

「わる、かった……?」


 とりあえずはこの場を収めたい。少なくともヒカリには俺の考えを伝えておこう。


「ヒーロー部って有名になっただろ。でも俺はただの学生だし、そんなどこの馬の骨かも分からない俺がお前らと絡んでると、面白くないって感じる連中も少なからずいるんだ」

「そ、そんな……」


 あまり正直に伝えたい事ではなかったが、手を握られてこんな間近まで迫られてしまったら、とても嘘で取り繕える気がしなかった。それこそコクに変身して、完全に気持ちのスイッチを入れ替えないと不可能だ。ここで変身は出来ないから選択肢にすら挙がらない。


「それで俺に嫌がらせする為に結構危ない事をした奴もいたから……その、人前では少し距離をとろうと思って。本当にそれだけなんだ、変に心配かけてごめん」

「…………」


 お、怒った?


「……それは、アポロさんの責任ではありません」

「えっ。──ちょっ!?」


 神妙な顔つきになったヒカリが一瞬だけ固まり。

 一体どうしたんだと顔を覗き込もうとしたその瞬間、彼女は俺の腕に抱き着いてきた。

 とんでもない事をしている。急にバグったんだけどこの子。


「なっ、なにしてんです……っ!?」

「わたくしたちの責任ですわ。今までアポロさんという存在を主張しなかったから、そういった方々が現れてしまった。

 なのでアポロさんはなのだという事実を、これより皆さまにアピールいたします! 知り合いだと認知すれば文句も出ないと思いますの!」


 そうかな……? そうかも……。

 いや、でもそれにしたって腕に抱き着くのは違くありませんか?

 ちょっとおっぱいが大変な事故をおこしてるんですけどもこれは知り合いアピールというよりもっといけないもののアピールをしているような──


「あっ、到着しましたわ。このまま一緒に」

「マジで勘弁して!! 仮にカップルでもそんな登校はしないだろッ!?」

「これくらいしないと意味がありませんことよ! 一緒に教室へゴーですわ!」


 あり得ないことが起きてまーす!! この女まともじゃないと思いますー!

 ほらいろんな生徒が驚いてるっていうか引いてますよ! バスおりた瞬間から母校なのにアウェーを体験している……。


「グリントさんだ、おはようござ──ぁ?」

「皆さまごきげんよう。さっ、同じ部活メンバーのアポロさん、遅刻しない内に登校してしまいしょうね」

「お前ちょっと白々しすぎない?」


 確かに知り合いアピールをするってのは間違いではないと思うんだが、そのために腕を組んで登校ってのはぶっ飛んだ発想が過ぎるだろ。これ一般生徒よりもレッカに見られた場合の方が危険な気がしてきたぞ。


「ひっ、ヒカリさん!」

「あら? 風菜さん、ごきげんよう」

「少しだけキィ君を借りてもいいですか!」


 突然空から現れた風菜が、周囲にパンツがチラ見えしている事も気にせず、俺たち二人に迫ってきた。

 え、なに。

 もしかして俺の事情を察してたのか。もしくはヒカリが爆速でヒーロー部の連中に情報共有したとか。


「……ふふっ、なるほど。風菜さんも遂に吹っ切れましたのね」

「は、はい。やっぱりいつまでも悩んでちゃ先に進みませんから」

「承知いたしましたわ。ではアポロさんをお貸しいたします」

「ありがとうございます!」


 待ってあれおかしくない? もしかしなくても今のやり取り、俺の意思が介在する余地なかったよね。 本人なのに……。

 はい、周りをご覧ください。みんなざわついてるどころか、ヒカリと風菜に取り合われてるように見える俺を前にして、遠くにいる男子諸君の顔が既に半ギレと化していますね。胃が壊れそう。

 

「来てください! キィ君っ!」

「お、おい待てって……! お前ら急に暴れすぎ──」


 

 ……


 …………



 校舎裏に連れ込まれた。ヒカリがふっ切れてから展開のスピード感が凄まじいんだが、時間が加速してないか?


「きっ、キィ君、これ……!」

「何なんだよ……」


 風菜は何故か顔を赤くしていて、周囲を見渡して誰も付いてきていないことを確認すると、ポケットから何かを取り出して俺に手渡してきた。

 それは──


「ごっ、ゴム!?」


 この女が以前の事件の時、俺のバイト先で購入したコンドームであった。

 いったい何のつもりでコレを手渡してきやがったんだろうか。下ネタを引きずるのも大概にしとけよお前。

 ていうかこれ、洗脳された状態で買った物じゃなかったっけ。


 …………ちょっと待て。

 風菜って確か……催眠に耐性あったような。

 そうなるとコイツ──自分の意思でこれを買いに来てたのか? なんて女だ。俺では絶対に勝てない。


「あのっ、あたしがコレを買ったから……キィ君のアルバイト先でこんなものを買っちゃったから、キィ君はあたしっていう知り合いのせいで、隣のレジにいたあの女の子に引かれちゃって……ぉ、怒ってるんですよね……?」

「は? ……えっ、あ、いや怒ってはいないけど」


 めちゃめちゃ見当違いな認識されてるじゃねぇか。

 そんなバイト先で避妊具を購入した友人にキレるほど面白い人間ではないんだぞ俺は。


「ごめんなさい! あたしっ、男性器を生やす魔法が実用段階に入ったから、こっそり買って確かめようと思ってたんですけど!

 ……その、なんかたくさんの女子たちが並んでゴムを買っていたから、あたしも紛れたらバレないかなぁって思って。……あ、あの、本当にキィ君がアルバイトをしているところとは知らなかったんです! ごめんなさいっ!」


 すごい謝ってきてるけどこの女ヤバいな? あんな魔法をガチで研究してやがったのか。実用段階にまで漕ぎつけたのは素直にすごいと思いました。

 ていうか大量の女子生徒が並んでコンドームを買ってたらまず事件性を察知してくれ。カモフラージュ目的で並ばないで……。


「それで、何でわざわざ俺にゴムを……?」

「つ、使ってください」

「……????」


 風菜ちゃん本当に怖い。何を言っているのか理解できない。


「おっ、お詫びというか……それ、あたしに使ってくれていいですから!」

「冷静になってくれ。本当に頼むから」

「……なので、あの、ゆ゛っ、ゆるしでください……っ。キィくんともコクさんともっ、いづもみたいにお話しがしたいんですぅぅ゛……ぬっ、脱ぎますからぁァっ……!」

「やめっバカお前まてこんなとこで脱ぐなッ!? たっ、たすけてーっ!! れっちゃーん!!! おとなしーッ!!! だれかこの子とめてェーっ!!!!」

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