ラブコメ主人公ムーブで自尊心を満たそうチャレンジデー 3
滅茶苦茶に疲弊し、フラフラになりながら帰路につく途中、俺は凶器を所持した男に遭遇した。
今日のイベント発生率、ちょっとバグり過ぎてない? RPGじゃないんだぞ。
衣月と一緒に襲われた前回といい、今日の氷織とヒカリと戦った相手といい、最近は妙に気性の荒い連中が、人目のつくところで暴れすぎている気がする。
ライ部長が口にしていた『悪の組織に代わる何者か』による仕業なのかもしれないが、あまりにも疲れ切った今の俺にはそんな事すらどうでもよく感じられてしまう。
うまく頭が働かない状態で敵の前に立ちはだかると、男は予想通り『殺してやる』と荒々しく叫び散らかし、日本刀を持って俺に迫ってきた。
殺してやる。
その言葉をぶつけられて足が竦む。
怖い、逃げたい、戦いたくない──脳裏に過去のトラウマが想起される。
顔が蒼くなり血の気の引いた唇が強張るが、高鳴る胸を自分の拳で思い切り叩き、怖気づくなと自らを鼓舞した。
眼前に目を剥く。
懊悩している暇など無い。
……いや、負けねぇぞ。
やられてたまるかってんだ。
俺がシリアス顔してたら仲間たちだって気落ちしてしまうんだ。俺もヒーロー部の端くれだなんだという所を見せてやる。
よーし、やるぞポッキー!
「先輩、うごかないで」
──と、なんとか立ち上がって戦おうと心に決めたその瞬間。
俺の頬のすぐ横を何かが通過し、相手の男の脳天にそれが突き刺さった。
そして男は悲鳴を上げる間もないまま仰向けに倒れ、完全に沈黙した。
……えっ。
し、死んじゃった?
「麻酔薬を注入させる特殊なクナイです、死んでませんよ」
後ろを振り返る。
そこには口元全体をマフラーで覆い隠した少女──忍者が静かに佇んでいた。
「安心せい、峰打ちじゃ……ってヤツですね。大丈夫でしたか、先輩」
「ぉ、音無……」
俺を助けてくれた忍者が、目元を緩ませながらマフラーを顎の下まで下げた。おかげで彼女の正体をハッキリと視認する事ができる。
後輩ニンジャ、音無。
今日一日姿を見せていなかった彼女こそが、一番危ない瞬間の俺を救ってくれたヒーローであった。
少しして、街中にある噴水広場まで移動し、そこのベンチに座って俺は手当てを受けていた。
音無に絆創膏やら消毒やらをされているが、相変わらずそんな俺たちを観測してくれる人々は誰もいない。
そもそも時間帯が既に夕方を過ぎていて、空が暗くなる直前だ。おまけに人通りの少ない広場のベンチとあらば、誰にも見られないのも無理はないのかもしれない。
く、くっそぅ……! どうしてアイツがあんな美少女たちにモテるんだ……! ──なんてあまりにも臭すぎるセリフは、これからも一生言われないに違いない。
そもそもの話として、別に俺はあの漫画のような勝ちまくりモテまくり主人公ではないからだ。当たり前のことを失念していた。どちらかといえば負けまくり泣きまくりって感じ。
部活動の仲間がワケあって有名になっただけであって、彼女らが俺のハーレムだなんてのは大きな間違いだったのだ。
「……先輩?」
「俺はとんだ自惚れ野郎だ」
「何を言ってるのか分かりませんけど、勝手に帰ろうとしないでください。サメと戦ったせいで全身ボロボロなんですから」
大体なんで川にサメがいるんだよおかしいだろ。左手の薬指の爪とか完全に剥がれててクソいてぇし、もうマジで最悪な一日だ。
「ほら、剥がれちゃった爪の応急処置しますから、動かないで」
「痛い痛い痛い」
「あした一緒に病院いきましょうね」
「もうやだ……」
涙が出てきた。何で俺ばっか痛い目に遭わなきゃならなんのだ。……ほぼ全て自己責任だからなんも言えねぇ。強いて言うなら俺自身を叱ってやりたい。もっと自分の身体をいたわっておくれやす。
まったく。
学園ラブコメだのハーレムだの、くだらない。
周囲から羨ましがられる状況なんて一度も来た試しがないし、来る気配すらなかった。
俺なんかが出来るのはせいぜい今日みたいな血みどろ激痛バトルくらいだろうが。二度とハーレムだなんて勘違いするんじゃないぞ。物理的に痛い目を見るだけだからな、ほんと。
平気なフリしてても、痛いのはムリだし面倒くさいのは嫌なのだ。
「先輩、今日はたくさんの人を助けたんですってね。いろんな方々から聞きましたよ」
「……あー。……い、いや、全然そんなことないぞ? マジで謙遜とかじゃなくて」
ほとんど成り行きというか、俺はあまりにもちょい役でしかなかった。
最初の事件の敵は氷織とヒカリだけでやっつけたし、ビルから落ちそうな女の子はウィンド姉妹が引き上げて、最後のサメだってとどめを刺して助けてくれたのはライ会長だ。
「そもそも……一番やりたかったことは出来なかったし」
「はぁ、なるほど」
教えてないから分かるはずも無いけども。
邪な考えで周囲を悔しがらせようだなんて、突飛で偏屈な思考は唾棄すべきものだ。誰にも喋らないで、俺自身が忘れるまで秘密にしておこう。
「でも、先輩のおかげで救われた人たちがいたのは、紛れもなく事実じゃないですか」
「……やさしいな、音無は」
「正当な評価をしてるだけです。……自分の先輩がこんなにもカッコいい人で、私は誇らしいですよ」
「……心にもないこと言いおって」
「あー、照れてるんだ〜。ふふっ……」
温かい笑みが本当に眩しい。俺には勿体ないというか、本当に後輩運に恵まれたというか。
彼女に褒められただけで、少なくとも今日一日を頑張った意味は生まれた気がする。
やはり音無は誠実で慈愛の塊みたいな人間だ。
俺の脳内から生み出された
「……電話? あぁ……会長からだ」
スマホに通知が来たので出てみる。
『もしもしっ、アポロ!? きみ今どこにいるんだ!』
「えっ。……ふ、噴水広場っすけど」
『なに……あっ、いた!』
振り向いた時にやって来たのは、なにやらレジ袋を二つほど抱えたライ会長だった。
なんでそんな息切れしてるんだろう。
「はぁっ、はぁ……っ、さ、さがしたぞ、まったく」
「ご、ごめんなさい……?」
「いや、謝る必要は……って、そうではなくてだな。忘れたのかいアポロ? サメと戦って怪我をして、服装も傷だらけになって目立つだろうから、救急用品と替えの服を買ってくるので河川敷の近くで待っていてくれ──と言っただろう?」
あ、あれ? そうだったっけ……。
ライ会長、てっきり柴乃ちゃんを送り届けてそのまま帰ったのかと思ってた。
どうやら今日の俺は肉体のみならず、脳の方もだいぶ疲弊してしまっていたらしい。
「部員全員に共有させておいてよかった。音無、彼の応急処置は」
「はい、最低限は」
「よかった、ありがとう。……アポロも、本当にありがとう。きみが走り出していなかったら、私は危うく判断を見誤るところだった。不甲斐ない部長ですまない」
「い、いえ……お気になさらず……」
もしかして結構心配させてしまっていたのだろうか。とても悪いことをしてしまった。
すみませんでした──と謝ろうとした直前に、再び近くで足音が鳴った。
横を見ると、やって来たのは見慣れた緑色髪の少女二人だ。
俺の姿を確認するや否や、二人とも急いだ様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「みつけたー! キィ君ごめんなさい! まさかあたしが帰ってくる前に、どこかへ行っちゃうとは思ってなくて……! みんなに嫌われてまで助けてくれたのに、お礼も言わずにごめんなさい!」
ひぃ、早とちりして勝手にさっさと移動した俺が悪いのに、謝られたら胃が死んでしまう。
「実際今日は本当に助かったわ。ありがとうねキィ。けっこう見直しちゃった」
「……ぇ、えへへ」
「あっ、キィ君が笑ってる……かわいい……」
そりゃまぁ、褒められるのは素直に嬉しいから笑うのは当然だ。笑顔がキモいとか思われてたら凹む。
しかし音無だけでなくカゼコにも功績を称えられるだなんて、今日の俺の運勢はどうなっているのだろうか。
「あー! アポロくんいたーっ!」
「コオリさんお待ちになって! 走るとタマゴが割れてしまいますわ!」
トドメと言わんばかりに、今日一番最初に手を貸した二人組である氷織とヒカリまで駆け付けてくれた。
彼女らもパンパンのレジ袋などを持っていて、なにやら大量に買い物をしたであろう事が窺える。
「なに、どうした二人とも」
「えっとね、アポロくんに今日のお礼をしたくて。きみが来てくれてなかったら、わたしたちきっと戦えてなかったから」
「お鍋の材料を買い集めましたの。よかったら皆さんでご一緒に……どうかな、と」
「…………泣きそう」
「「えぇっ!?」」
情けは人の為ならず、なんて言うが、それにしたってこんな露骨に自分に対して、良い事が返ってくるとは思っていなかった。
こんなに心配してくれたり、あまつさえ親切にしてもらえるだなんて、まるで夢でも見ているかのようだ。あの未来予測装置はこんな幸福な世界線は見せてくれなかった。
他の誰かが見ていなくても、この仲間たちは俺のことを見てくれているのだ。
これ以上のことを望むのは野暮というものだろう。他人に対しての優越感はともかく、自尊心の方はこの上なく満たされている。
今日の目的は達成できたといっても過言ではないのではなかろうか。
きっかけをくれたマユにも少しは感謝してやってもいいのかもしれない。……それはそれとして、家に帰ったら追い出した仕返しにデコピンをしよう。
「鍋は俺の部屋でやろうか」
「りょーかい! いこヒカリ!」
「ですから走るとタマゴが……!」
「フウナ、私たちも途中で何か買っていきましょっか。食紅とか」
「お、お姉ちゃん? 闇鍋じゃないよ?」
「そーいえばですけど部長、今日レッカさんは何してるんですか」
「歌のレコーディングだそうだ。あまりにも音痴で難航しているらしい」
そう、このまま。
そのまま自宅へと帰って一日が終了──そう思ったときだった。
「ぉ、おい、あれヒーロー部じゃね?」
「マジだ……! って、囲まれてる真ん中の、あの男……誰だ?」
遠くにヒーロー部を知る一般ピーポーを発見してしまった。
俺はギリギリ彼らの声が聞こえているが、女子勢はみんな会話をしているせいで耳に入っていないらしい。
数時間前までは彼らに観測されることを望んでいたのだが、なんともタイミングが嚙み合わないものだ。
「あれファイアじゃないぞ?」
「学園の生徒か。見たことあるような……」
どうしてこういう時に限って、あの漫画を彷彿とさせるような一般人が登場してしまうのか。
……まぁ、もう疲れたし、面倒なことは考えたくない。
せっかくだから試しに一つ。
本当に有名人の美少女と仲良さげに振る舞ったら悔しがってくれるのか、ここで最初で最後の検証を行ってみよう。
「音無」
「どしました」
「爪が剥がれてる左手、なんか痛くて震えるんだ。家に着くまででいいから……その、握っててくれないか?」
「はぁ。それくらいなら別に」
──はい。
ヒーロー部の中でも特にガチ恋勢が多いと噂の音無に手を握ってもらいました。反応はいかに。
「……ッ!? っ!?」
「何てこった……ノイズ推しのあいつが今いなくて良かった、たいへんだ……!」
「いやっ、なんなんだよあの男子!?」
……あっ。
その露骨な反応、ちょっと気持ちいいかもしれない。
「えっ? なんですかキィ君、いつのまに音無ちゃんと手なんか繋いじゃって」
「い、いろいろあって……」
「せっかくだし風菜先輩もやったらいいですよ」
「……ふむ、じゃあキィ君。身体の右半分だけコクさんと代わってください」
「そんな器用な事できねぇわ」
「だったらくしゃみしてくださいよぉ! くらえ髪の毛先攻撃っ」
「ちょっ、やめっ!」
自然と風菜が寄ってきて、手を繋ぐのではなく右腕ごと抱いてきた。ふわふわのナニかが当たってて罪悪感で死滅しそう。ここまでしてもらうハズでは無かったんだが。
「なんで、あんな冴えない顔の男が、ウィンドと……?」
「まっ、落ち着け! 握りこぶしを解け!」
「アイツ屋上へ連れ込もうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
…………や、やっぱりヒトを煽るのはやめとこう……。
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