ラブコメ主人公ムーブで自尊心を満たそうチャレンジデー 2


 はい、ダメでした。

 ぜんっっぜん無理でございました。世の中そんなに甘くないね。

 ヒーロー部と遭遇したイベント自体は多かったのだが、どうも俺が主人公的な活躍をすることはできなかった。当然と言えば当然だ。


 とりあえずダイジェスト気味に振り返っていこう。



 最初は氷織とヒカリのコンビと邂逅した。

 ヒカリの方からお助け要請の電話を受けて現場に駆け付けたのだが、そこでは氷魔法を使って暴れる男がいて、彼女たちはその対処に追われていたのだ。

 しかし、なにやら氷織がトラウマで戦えなくなっていた。


「コオリさん! 頑張ってくださいまし!」

「む゛り゛ぃ~ッ……さむいのこわいぃぃ……」


 話を聞く限り、氷織は俺と一緒に雪山で遭難したあの時から、寒い場所や氷魔法を操る相手がトラウマになってしまっていたらしかった。

 自分が使う氷魔法や冷気程度なら何とか耐えられるが、自分以外から発生する『寒い』『冷たい』といった現象に対しては、極端に弱くなっていた。お前そんな事になってたんか……。


「わたくしが光魔法でピカーって照らして温めてさしあげますから! ぴか~」

「ダメぇぇ゛……ぐすっ、えぐっ」

「ピカー! ぴぃ~……ピィーカッチュ!」

「あはははっ! ……やっぱ無理ィ!」

「ちょっ、いま笑いましたよね!? 本当は少し余裕ありますねコオリさん!? ねぇってば!!」


 ヒカリさんが完全に保護者になっていらっしゃった。

 氷織はどうやら寒さによる恐れを誤魔化すことくらいなら出来るのだが、本格的な戦闘となると話は別になってしまうらしい。

 現場には警察も来ておらず、ヒカリと氷織も物陰に隠れて様子を見ていたため、彼女たちを応援する人々やファンなどはその場にいなかった。


 たとえ俺が彼女たちと一緒に戦っても、周囲から羨ましがられて優越感を得ることはできない──が、流石にそんなことを気にしている余裕はないので。

 氷織と同じく遭難した俺が、彼女を支える杖としての役割を買って出ることになった。


「お前の気持ちは俺が一番よく分かってる。なにせ一緒に遭難したわけだからな」

「アポロぐん……っ」

「んまっ、コオリさんったら鼻水が。これティッシュお使いになって」

「チーン! ……あ゛りがとっ、ごめんねヒカリっ」


 メンタルケアをしつつ、彼女の手を握って奮い立たせることに成功した。

 朝ドラの主演女優レベルの有名人と手を繋いだわけだが、残念ながら観測者はゼロだ。


「あのときも”一緒なら大丈夫”って言ったろ? 俺がついてるから。……ほら手ぇ握って、アイツ倒してレッカに褒めてもらおうな」

「う゛んっ……! がんばる!!」

「あっ、わたくしもお手手を……」

「アタシの両手塞がっちゃうからアポロ君の空いてる方を握って、ヒカリ」

「そうですわね!」

「あの、それだと俺の手が塞がっちゃうんだけど……」


 なんやかんやあって敵には勝った。戦力的には俺いらなかったな。

 結局戦闘が終わった後は、すぐに風菜から連絡がきてそちらへ向かう事になったため、あとからやってきた野次馬たちに”有名人二人と手を繋ぐ俺”を見せることは終ぞ叶わなかった。ぐぬぬ。



 続く風菜とカゼコのウィンド姉妹の方にも救援に向かったが、そこでも俺は優越感を得ることは出来なかった。


 なにやらビルの屋上から落ちそうになっている少女が一人。

 風魔法の練習中に魔力切れを起こして不時着してしまい、高層ビルの端に掴まる事になってしまったらしい。

 とりあえず俺と姉妹の三人で、風魔法による飛行で彼女を助けようとしたのだが、問題が発生した。


「すっ、少しでも動いたらおしっこ漏れそうなのぉ……! ビルの下にいる人たち、写真とか動画撮ってるし、そんなの見られたり拡散されたりしたら死ぬしかないよぅ……!」


 とのことで。

 どうやらこの際おしっこを漏らしてしまうのはしょうがないと割り切っていたようだが、それを大勢の人間に見られるのだけは避けたいらしかった。当たり前の事だ。

 ビルの下には珍しいもの見たさで集まる野次馬ばかりで、警察や消防もまだ到着していない以上、彼女を助けられるのは空を飛べる俺たち三人だけ。

 

 しかし助けようとして動かした後すぐにお小水が流れてしまうのであれば、何らかの策を講じなければならない。

 というわけで導き出した答えは、いつも通り俺が汚れ役を請け負うというものだった。


「ちょっとキィ! なにする気!?」

「下にいる連中に向かって、怪我をしない程度の風魔法を打つ。思わず目閉じちゃうレベルのヤツな。

 その隙にささっとその子を屋上に引き上げてくれ」

「で、でも、そんな事をしたらキィ君が……」


 嫌われてしまう、と風菜は言いたかったのだろう。

 だが本当にいつもの事なので気にはしていない。一度は世界中に極悪殺人犯として認識された俺だし、この程度は屁でもない──と強がってみせた。

 自尊心を満たすために家を出たのに、まさかただ嫌われる事になろうとは……と内心落ち込みつつ、警察も呼ばないで動画を撮ってるアホな野次馬共に突風でお仕置き。


「あっ、き、キィ君はまだ屋上にはいかないでください! あたしあの子の着替えを買ってくるので──」


 てな感じで誰かに礼を言われることもなく、俺はスイスイとその場を去っていった。


 

 で、最後はライ会長のお助けだ。

 彼女が受けていた依頼は、発泡スチロールの箱の中に乗って大きな川に流されてしまった飼い犬を助けてほしい、という内容だった。

 依頼主は以前見かけた衣月の友達である柴乃ちゃんだ。

 

「ひぐっ、か、河川敷で遊んでたんですけど……わだっ、わたじが川に落としちゃったボールがっ、箱の中に入って、それをイグザリオンユニバースが取りに行っちゃっでぇ……!」


 すごい名前の犬だな──という気持ちは押し込んで川の方を見ると、石に引っかかってギリギリ流されずに済んでいる発泡スチロールの箱の中に、ポメラニアン種の白いモフモフがちらりと見えた。

 かなり横幅の大きな川で流れも少し速く、あの小さい犬では恐らく溺れる可能性がある。水に落ちないうちにさっさと箱ごと回収しなければならない。

 

「しかし──見なさいアポロ。あの川にはサメがいる」


 なんで……。


「品種改良された凶暴なやつだ。……もしかすると、悪の組織に代わる別の何かがいるのかもしれない。

 何にしろ、水辺で我々はサメにはかなわない。救援が来るまで待たないと」

「ふえぇぇん、イグザリオンユニバースぅぅ゛……!」


 どちらにせよ助けに行かないと、イグザリオンユニバースが危険だ。サメがイグザリオンユニバースを襲わないという保証もない。

 ここは俺が風魔法で飛びながら、こっそり河辺から引き上げるとしよう。


「なっ!? ひとりでは危険だアポロ!」


 まぁ体を張るのは俺の領分みたいなところがあるので、俺がやらなきゃ誰がやるって感じで出動。

 丁度いい場所まで移動し、空中で犬を箱ごとゆっくり持ち上げた。

 すると出現した川の主こと凶暴サメ。


『シャークッ!!』


 最強の進化形態にあるサメと激しい空中戦を繰り広げ、最後は俺の生んだ隙を会長が生かし、10万ボルトをサメハダーにぶち込んで大勝利。

 ポメラニアン犬ことイグザリオンユニバースを助けることに成功した。


「あぃっ、ぁ、ありがとぅっ、ございます……! イグザリオンユニバース……怪我はなかった?」

「ワン」

「良かった……あ、あのっ、本当にありがとうございました! 衣月ちゃんの近所のお兄さん!」


 子供の笑顔を見られることが出来ただけでも、命を張った甲斐があったというものだ。

 もうぶっちゃけ優越感だとか自尊心を満たすだとかはどうでもよくなっている節があるな。

 とりあえず柴乃ちゃんの頭を撫でて、年上っぽいことを口にすればこの事件は解決だ。


「どういたしまして。何か困った事があったら、またいつでもヒーロー部においで。どんな時であってもお兄さんが助けるからね」

「っ……!」


 柴乃ちゃんは驚いたような表情で頬を赤くした。

 まさか恋に落としてしまったか。フハハ。

 ……流石にキモすぎるな、やめよう。


「す、すてき……っ」


 恐らくは年上への憧れに過ぎないので深くは考えないことにする。慕われること自体は良い事だし。

 その後は柴乃ちゃんの見送りをライ会長に任せて、ようやくすべてが終息した。


 ──こんな感じでダイジェストは終わり。

 俺の日曜日は優越感や自尊心など欠片も満たされることはなく、多忙に次ぐ多忙によって徹底的に破壊し尽くされてしまったのであった。かなしい。


 …………


 ………………

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