体験版・個別ルート 後半戦 2
その後、立て続けにヒカリとカゼコの個別ルートも体験してしまった。重ねてお詫び申し上げます。
雪山での遭難というきっかけがあった氷織ならまだしも、完全に本当に全くもってこの二人とはそういう仲にならないと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
可能性という言葉、あまりにも恐ろしい。
カゼコは俺がコクとして風菜を利用しようとした線から『あんたヒトの妹に何してくれてんのよルート』に分岐し、ヒカリはコクを始めたばかりの頃に、誘いを断ったあの”お茶会”からの正体バレできっかけを作って個別ルートを展開していった。
どちらも冷静に考えたら前提条件が無茶苦茶なシチュエーションだった、という事だけは覚えておこう。
少なくとも現在俺が歩んでいる世界線では、間違いなく発生しえないルート分岐であることは確かだ。
今のアポロ・キィに近い未来はいつ来るのだろうか──
……
…………
気がつくと、豪華な装飾が施された、広い食堂のような場所に俺はいた。
目の前には大きなテーブルに、これでもかという程敷き詰められた料理たち。
俺ですら目の当たりにしてすぐ高級そうな料理だと判断できるくらいには、目の前の状況が異質だった。
ふと、前を向く。
そこには雪のような白髪を揺らす、無表情な少女が座っていた。
「……衣月」
「…………料理、冷める」
目の前にいる彼女に、突然キスをしてきたり怪しげに笑ったりする感情豊かな現在の、あの成長した彼女の面影は見受けられない。
過酷な旅をそのまま続けたような、まるで感情を摩耗しきってしまったような姿だと思えてしまった。
──瞬間、脳内に溢れ出した、存在しない記憶。
それによると、現在の状況は至ってシンプルだという事が判明した。
警視監を殺したあと、組織の刺客から命を狙われ続ける孤独な旅に、衣月もついてきた。
なんとか男に戻れた後も奴らは追ってきている。
ただ、それだけの事だったらしい。
「衣月これ……なんて言って注文したんだ」
後ろにはニコニコと笑顔を浮かべる、コック帽をかぶったシェフとウェイトレス。
窓の外からは海や隣接しているホテルのような建物が見えた。
おそらくここはあのホテルが所有しているレストランだ。
「精がつく料理。最上級のものを、四人前」
「俺たちは二人だ。……ただでさえ歳の離れた二人組なのに、怪しいだろ?」
このホテルはとある暖かい地域に存在している。
組織からの追手の目が届かなさそうな場所を選んだ結果、そうなった。
もちろん誰も来ないという確証はないが。
「東京を発ってから、紀依はずっと戦ってた。ろくに食事をとれない日も、多かった」
「……衣月」
「ここは安全。今はゆっくり食べて。紀依に教えてもらった探知能力で、見張りはわたしがやっておくから」
「…………ありがとうな」
こんな道も確かにあったのかもしれないと、一人で追手から逃げていた日々を思い出しながら、俺は目の前にある料理たちを頬張っていく。
それに倣うようにして、衣月も細々と箸を進めた。
衣月が自分からついていくと言い出したのか、はたまた俺自らが彼女を連れ出したのか──そこだけは分からなかったが。
ただこれまで見てきた世界線の中で、この物静かな空間こそが、最も”あり得た”可能性の世界だと思えてしまった。
「……んっ。衣月、胸ポケットから何か出てるぞ」
「これ?」
「ン゛ッ!!」
彼女が胸元から取り出したそれを見て、思わず飯を吹き出しそうになってしまった。
何とか堪えて水で流し込み、涙目になりながらその物体について疑問をぶつける。
「なっ、なんで、ゴム……っ!!」
「受付の人にもらった。もしもの時はコレを、と」
「あまりにも余計なお世話過ぎる……ッ!!」
彼女が手に取ったのは、包装された小さな避妊具のそれであった。間違えても食事中に見るもんじゃない。
たとえシリアス感が漂う二人ぼっちの孤独な旅をしていても、結局俺はロリコン扱いされてしまうんだな──と悲しみながら。
揺れる視界の中で意識が途切れるその直前まで、自分に付いてきてくれた少女のことを見つめ続けるのであった。
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