狂っても平気? 2



「なぁマユ。確かに俺はお前の言う通り、恵まれた環境にいるよ。凄い親友、かわいい後輩、頼れる仲間たち。しかもみんな芸能人顔負けの、世界中の誰もが知ってる有名人ときた。

 この状況は、この立場は、他の人からしたら皆が羨む主人公なのかもしれない」


 自己分析が出来ないわけではない。

 ずっと一人で寂寥感に包まれていた半年前とは違い、自分が表舞台で活躍する眩しい連中とよく絡むようになった事は自覚している。



「……でも」



 そうすることが出来たのは、俺の力じゃない。

 誰よりもを、俺は理解している。


「俺を”弱いから”って理由で遠ざけていた友達と、対等になれたのも」


 自分の力じゃない。


「俺になんて全くこれっぽっちも興味が無かった後輩から、一緒に学園生活を送りたいだなんて、告白まがいのセリフを言われたのも」


 アポロ・キィの魅力によるものじゃない。

 分かっているんだ、そんなことは。


「文武両道で才色兼備な生徒会長から『立ち上がれたのは君のおかげだ』だなんて過大評価されたのも、姉離れが出来ずに塞ぎ込んでいた女の子を一人前の正義の味方に押し上げる事が出来たのも、身寄りのない孤独な少女を世界中の悪意から守りきることが叶ったのも──」


 最後にもう一つ付け足そうとして、脳内に選択肢が二つ出てきた。


 【自分がいま生きていられるのも】←

 【マユと出会えたことも】


 ……うん、コレは下にしておこう。


「こうしてマユと出会えた事も──全部このペンダントがあったから。

 コクという少女がいてくれたから出来たことなんだ」

「……っ」


 間違いなく、俺一人ではここまで来られなかった。

 きっとアポロ・キィが必要以上に頑張ったところで、結局はレッカたちヒーロー部の足を引っ張ることくらいが精々だっただろう。

 そしてまた心が折れて、俺には荷が重すぎたんだと諦めて、みんなに失望されながらまたモブに戻っていく──そんな未来が容易に想像できる。


 そうならなかったのは、このペンダントがあったからだ。


「コクという仮面があったから。コクという少女が身代わりになってくれたから、俺は身の丈以上の立場を手に入れる事が出来た。”モブ”が”主要人物”になれたのは、全部コクのおかげなんだよ」


 他人にコレを言ったところで、十中八九意味など伝わりはしないだろう。理解を拒まれるだろう。

 だがマユにだけは。

 もう一人の自分である彼女になら、きっと伝わるはずだ。はずだ。

 もう一人の自分、なのだから。


「確かにコクを捨ててアポロとして生きて行こうと考えたことは何度もあった。でもダメなんだ。

 このペンダントを捨てて生きていきたいと思えるほど幸福な立場に至れたのは、間違いなくコクが俺を支えてくれていたからだ。

 コクは今の俺を形作る全てなんだよ。こいつが居なかったら今の俺はいない」


 だからこそ。


「コイツを捨てることはできない。コクに恩を返したい。存在を確立させることで、彼女の献身に報いたいんだ」

「……アポロ」


 マユはいつの間にか、呆れ顔から真剣な表情へと切り替わっている。

 俺の言葉が本気だと理解してくれたのだろう。熱く語った甲斐があったというものだ。

 未だに目は合わせてくれないが、きっと彼女の心は揺れ動いている。


「気づいてる? 今のアポロ、この世にいない存在に対して義理立てしようとしてるんだよ。分かってるの?」

「分かってるさ。きっと無意味だと思うんだろう。……でも、俺は止めない」


 おそらくあと一押しだ。


「これから生まれるんだ。みんなの中で本物の”コク”が。みんなが存在を認識してくれたのなら、そこにはもう彼女が。たとえ俺がコクにならなくてもコクという人間が存在するんだ」

「頭が痛くなってきた。それってみんなを騙すってことじゃない?」

「そうだ。俺の為に、コクの為に、レッカだけじゃなく全員を欺く」

「……はぁ、本当に頭痛が」


 ごめんねマユちゃん。

 でも今しかないから言わせてもらいます。

 ……こんな頭のおかしな事を立案して、剰え実行しようとしている辺り、やはり俺は主人公にもヒーローにもなれない──なってはいけない人間なのだろう。


「コクを本物にしたい。だから俺は美少女ごっこを止めない。その先に本当の美少女が待っているのだから」

「あの、ヤバいこと言ってる自覚あるのかな。鏡で自分の顔を見てみたら?」


 呆れた物言いをしている割に、マユの顔は明るい微笑を浮かべていた。

 仕方ないな、とでも言っているような表情だ。

 これは説得成功か、そう思った瞬間、ようやっとマユが俺と目を合わせてくれた。


 そして。



「今のアポロ──すっごく、狂ってるよ」

「……だろうな」



 、俺も口角が釣り上がった。




「……ま、アポロの主張は大体分かった。それなら今すぐヒーロー部を騙す準備をしなくちゃね」

「えっ」

「とりあえず服装はボロボロにして……アレがバレるといけないから、警視監も二人でやっつけたって事にしとこうか」

「ちょっ、ちょっとマユちゃん?」


 待って、さすがに切り替え早すぎないか。

 どうなってんだ、これ。


「なに」

「サラッと協力ムーブするの、おかしくない?」

「何がおかしいの」

「な、なにがってお前……俺を止めたかったんじゃないのか?」


 そんな風に動揺する俺を前にして、マユはプッと吹き出した。なに笑っとんねん。


「アポロ。私は一言も『やめろ』なんて言ってないよ」

「…………は?」


 意味わからん。そういう感じの雰囲気だったじゃん。


「理由を聞いてただけだって。で、教えてくれたからこの話は終わり。違う? さぁホラ準備しよ」

「待ってまてまて。待てオイ。違う、違うと思うな、僕は。めっちゃ心臓バクバクしてたんだよ、ねぇキミ」


 ──うっっっぜえええぇぇぇぇ!!!!

 最初から協力するつもりだったのかよお前ェ! じゃああの神妙な空気は何だったんだよお前ぇ!!


「私はあなたなんだから、裏切るワケないでしょ。自分を裏切る自分がどこにいるの」

「い、いやっ、な……あぁっ、納得いかねぇ……!」

「どんな時でも、私はアポロの味方だよ。世界中を敵に回そうと、絶対にね」

「──えっ」


 トゥンク……。

 やだ、まゆすき。

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