無自覚少女は闇夜に消える 3
「はわわ……っ」
「……もう、ビビりすぎ」
俺が恐らく勘違いであろう感情で震えあがっていると、彼女は壁ドンをやめて小さく笑った。
「私は先輩の忍者ですからね。何処へだってお供しますけど、主が道を踏み外しそうならそれを正すのが私の仕事です」
そ、そんな主ってまさかお前この流れで──俺のことを『ご主人様』とでも呼ぶつもりか!?
もしくは忍者っぽく和風テイストにお館様か!?
「私に目をつけたって事はこうなるってことですよ。……覚悟してくださいね、先輩」
あっ、そこは変えないのね。
先輩呼びが徹底されてましたわ。
……いやまぁ冷静に考えると、後輩にご主人様って呼ばれたら、それはそれで困るか。
先輩呼びでよかった。
後輩に変なプレイをさせずに済んだ。安心だ。
「さ、早くいきましょ。この先で風菜センパイとライ部長も待ってますから」
あの二人までいんの!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どしました」
「何でそんなに俺の事情を知ってるんだ? マユ以外には誰も──あっ」
「えぇ、そのマユちゃんからの情報です」
あの野郎……口が軽すぎるだろ……。
「それに部屋に戻る前の先輩の顔を見て、私たちもただ事じゃないなって思ってましたし、話を共有される前から準備はしてましたよ」
「お前ら俺への理解があり過ぎて逆に怖いよ」
「先に行ってますね~」
そう言って音無は衣月とマユを連れて、学園の裏口から外へと飛び出していった。
もはや俺が一人で逃げないことは確定事項なようだ。
てか脚力だけで門を飛び越えているあたりやっぱニンジャってすごいわ。
俺もあとで弟子入りしようかな。
じゃあ俺も行くか──と、そう思ったところで後ろに気配を感じた。
「……あぁ、やっぱり」
振り返った。
予想通り、俺の親友──レッカだった。
何かを察知して焦って起きてきたのか、髪はボサボサだし服装もジャージのままだ。
「こ、コク……? 何処へ行くつもりだ?」
彼にはバレたくなかったんだが、これもコクという少女を演じるうえでの宿命か。
負けヒロインがどこへ行こうと勝手だろう……なんて言うのは流石に酷いかもしれない。
音無や衣月たちからは『アポロ・キィ』を必要とされていた。
あれらの会話からそれだけは確定している。
そしてこの世界で『コク』という少女を必要としている人は、もはや俺以外に誰一人として存在しない。
太陽にも衣月というお姉ちゃんが出来たし、コクはそろそろ役目を終えようとしているのだ。
ならば、もう必要以上にヒロインとして振る舞う必要もないだろう。
──俺は自分の意思じゃなくて、お前に止められたかったんだけどな、親友。
「心配しなくてもアポロ・キィは帰ってくる。後輩に釘を刺されちゃったから」
「……っ」
レッカが眉間に皺を寄せた。
そういう問題ではない、とでも言いたげな表情だな。
「何もかも私のせいだけど、ひとつだけ言わせてほしい事がある」
どうせコクとして会うのはコレで最後になるんだ。
ペンダントの処分についてはあとで検討するとして、言いたいことだけ伝えておこう。
「……私は待ってたよ。沖縄の時からずっと、レッカの答えを」
少年は目を見開いた。
呆然とする、といった方が正しいかもしれない。
俺の言葉が衝撃的だったのか、はたまた『負けヒロインに伝える答えなんて無い』と呆れているのか、その判別はつかない。
ただ一つ言えるのは、今の言葉が俺の本心だという事だけだ。
どちらでもよかった。
勝ちでも負けでも。
だけどそれは俺が勝手に出す結論じゃなくて、彼の口から聞きたかった答えだったんだ。
「あなたにとってはどうでもいい存在かもしれないけど……出来れば頭の片隅にでも置いて、たまには思い出して欲しいな。コクっていう、自分に言い寄ってくる変な女の子がいたってことを」
「ま、待って! コク……待たせてしまって本当にごめん。その……ぼ、僕は──」
彼は優しい。
きっとここで待てば、コクに対して正解としか言いようのない返答をくれることだろう。
だけど、相手を気遣ったその場限りの優しい言葉は、どうしても聞きたくなかった。
それは俺の……いや。
コクのワガママだ。
「さよなら」
レッカの反応を待たずに、俺は風魔法を使って闇夜に溶けていった。
おそらく見事な負けヒロインムーブに見えた事だろう。
元謎の美少女としてのフィナーレと考えれば、割と及第点なのではなかろうか。
ふふふ、最後にちょっとだけ楽しいと思える雰囲気づくりが出来たな。
よかったよかった。
……待って、なんか後ろから音が聞こえるんだけど。
多分あいつ追いかけてきてるな?
ヤバい、どうしよ……あいつメンタルが成長してるじゃん……。
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