無自覚少女は闇夜に消える 2

「……で、自分を納得させることは出来たの」


 心の整理は出来たのか、という意味の質問だろう。

 それはもうとっくに大丈夫だ。

 なんせ五時間も費やしたのだから。


「あぁ。俺は都合よくアポロ・キィとしてこの学園に残ることはしない」

「ずっとコクのまま生きていくってこと?」

「誰も止めてくれなかったからな。その時は元からこうするつもりだったさ」


 みんなに黙ってこの学園を去り、生き残ったラスボスと命を懸けたラストバトルをしに行く免罪符を俺は手に入れた。

 自分を納得させるための言い訳をようやく思いついたのだ。

 俺自身の尻拭い、そして周囲への罪滅ぼしのために、誰も巻き込まず巨悪を討ちに行く。

 

 そして誰にも攻略されなかった哀れな負けヒロインとして、俺は役目を終えてどこかへ消える。


 そうするという結論に至った。

 周囲に恵まれた環境でアポロとして生きていくには、俺の罪は重すぎる。

 到底許されるべき行為ではないと思います。

 アポロを捨て去って、攻略してくれる主人公が不在のヒロインになって、孤独に生きていく──それが終点。


 それこそが、周囲への迷惑を考えずに自分の思うままに行ってきた、この美少女ごっこの終着駅だ。


「ふっふっふ。まぁ私は何があってもアポロのそばにいるんですけどね、初見さん」

「なんでそんなドヤ顔?」


 マユに関しては……もう、いろいろ諦めた。

 彼女の存在というか、俺との関係性そのものが事故みたいなもんだし。

 なによりマユ本人がどうあっても(なぜか)俺から離れようとしない以上、無理やり引き剥がすのも難しいから、ついてきたいなら好きにしなさいよ、という流れになった感じだ。


「アポロ、警視監を捕まえたらその後はどうするの」

「……そのまま居なくなるよ。未練がましくコクとして残ったところで、本物のヒロインである氷織たちの邪魔になるだけだ」


 ヒカリもカゼコも傷ついた俺を優しく支えてくれたし、氷織に関してあの子の恋を応援すると言ってしまった。

 ならもう確実にコクの存在は不要だし、彼女らに恩を仇で返すような真似はしたくない。

 レッカを翻弄して悔しがらせてやろう──なんて考えは当の昔に消え去っていたのだ。

 だったら無理して美少女ごっこを続ける意味も無いだろう。

 なんやかんや理由をつけて頑張ってはきたものの、元はと言えば俺がに始めた行為だったのだから、モチベが無くなったのならやめるべきだ。

 

「警視監が潜伏してそうな怪しい場所は、いくつかレッカのお兄さんから教えてもらってる。しらみつぶしに探していくわけだし、時間もかかるからもう行こう、マユ」

「わかった」


 学園には未練たっぷりだし、本当は戦いなんて怖いから行きたくない。

 それでも人の命がかかっていて、世界を終わらせようとしている危険思想のアホがいるならやらなければいけないことだ。

 両親にも『人生を左右する大事な実験のために旅に出る』とそれっぽい事を言って納得してもらった。


 ヒロインにも何者にもなれなかった俺でもやれる事はある──そう覚悟を決め、コクに変身してから部屋を出ていくのであった。





「紀依、わたしもついてく」


 カッコつけて自室から出発した僅か数分後の事。

 俺の前に見覚えのある白髪の少女が姿を現してしまった。

 めちゃめちゃ出鼻を挫かれた気分だ。


「……衣月、なにその恰好」

「音無に作ってもらった」


 そして俺の庇護対象であったはずのその少女──藤宮衣月は、黒色を基準とした『忍者』のような恰好をしていたのだった。

 首に巻いているマフラーも異様にデカい。何か見覚えある。

 こんなの見たらそりゃ言葉を失うし、軽めに引くだろう。

 黒い網タイツやらどうやって着たかも分からない黒インナーの上に、ミニスカかよって程に丈の短い忍者っぽい着物を身に纏っていて……ともかく小学五年生がやって許されるようなコスプレではない。


「えっちすぎる。着替えて部屋で寝なさい」

「やだ」

「いい加減にしないと怒るぞ」

「紀依の方こそいい加減にしないと叩く。何度言ったら──いつになったら"他人の手を借りる"っていう選択肢を覚えてくれるの」


 お兄ちゃんムーブで誤魔化そうとしたが無意味だった。

 無表情だが明らかに衣月が普通に怒ってる。こわい。


「……紀依がいなくなってから私、音無にお願いしてずっと忍者の修行をつけてもらってた」


 何やってんだあの後輩……。


「ちゃんと強くなった。もうただ守られるだけの足手まといにはならない」

「い、いや……そういう問題じゃ」

「そういう問題。どうせ勝手にいなくなろうとするんだから、こっちが強くなって置いてかれないようにするしかない」

「わっ、ちょっ、衣月……」


 そう言って彼女は俺の腕に引っ付き、絶対に離れないという分かりやすい意思表示をしてきた。

 いつの間にか武闘派みたいなことを口にするようになった衣月ちゃんには、どうやら何を言っても無駄なようだ。

 小学校の事とか、新しく出来た友達の事とかいろいろあったはずなのに、それらを二の次にして──またこんなバカに付いていこうとするなんて、この少女も大概だな。

 

「これでロリハーレム完成でごザンス~♪」


 背中に隠れてたマユがとんでもない事を口走りながら腕を抱いてきて、いよいよ収拾がつかなくなってきた。

 はたから見ればロリとロリにくっ付かれてるロリという絵面だ。ややこしすぎる。


「出た。紀依の分身」

「マユだってばよ! これからお世話になります、ハーレム一号先輩!」

「衣月だよ。よろしく、ハーレム二号」


 いや打ち解けるのはや……。


「裏口で紀依を待ってる人がいる。いこ」


 衣月に半ば連れていかれるような形で寮の廊下を進んでいき、俺たちは建物の外へ出ていく。

 いったい誰が俺なんかを待っているのか。

 ……大体の想像はついている。



 時刻は午前の深夜。

 白銀の月光が差す、その静まり返った校舎の裏口に──その人はいた。


「……うわ、両サイドにロリっ娘を侍らせてる。小児性愛者……」

「不可抗力だ。いわれのない中傷は止めるんだ」


 衣月と似たような忍者っぽい装束。

 見慣れた黒髪に仲間内では珍しいポニーテール。

 なにより異様なデカさの、首に巻かれた雀茶色のマフラー。

 既視感の塊であった。

 暗くて顔が見えなくても絶対に判別がつく人物だ。


「……マユ、ちょっと衣月の相手しててくれ」

「了解だッチュ!」


 適当な理由をつけてマユが衣月を少し遠くへ連れて行ってくれた。

 なにやらリュックから色々な道具を取り出して、衣月に披露したり、逆に手裏剣の投擲技術を見せてもらったりしている。

 あっちはしばらく大丈夫そうだ。


 ……で、俺はこっち。


「オイ、そこの忍者」

「はい」

「屈め」

「はい──いひゃひゃっ!?」


 とりあえず相手をかがませ、ほっぺを割と強めに引っ張った。

 コレは制裁だ。

 まじで何やってんだこの後輩は。

 指はすぐに離してやったが、俺は未だに少し怒ってるぞ。


「音無オマエ、小学生になんてモン覚えさせてんだ?」

「……そ、それに関しては、ホントにごめんなさい……」


 珍しく殊勝な態度で謝ってくるオトナシ・ノイズ後輩。

 こいつの事だから何やら理由をつけて俺を論破しにかかると思ったのだが、その予想は外れたようだ。

 ……ていうか音無のちゃんとした忍者衣装を見るの、今回が初めてだな。

 通気性を意識してるのか所々で肌が見えていて、特に太ももの網タイツが大変えっちだ。

 目のやり場に困るから、できれば制服を着ていて欲しかったところである。


「何で衣月に危険な事を教えたんだよ。あいつに特別な力が残ってない事はお前も分かってるだろ」

「そりゃ、頼まれた当初は断りましたよ。二桁くらい」


 あれ、割と甘やかしてるワケではない……?


「それでも何度もお願いしに来る衣月ちゃんを見て分かったんです。本気なんだって」

「い、いや、でもだな……」

「先輩の言いたいことは理解できますよ。衣月ちゃんはまだ十一歳だし、悪の組織から解放されてようやく普通の日常を手に入れましたからね」


 でも、と。

 そう続けながら音無は首を横に向けた。

 追うように俺もそちらへ目を動かすと、視線の先には忍者装束に身を包んだ衣月がいた。

 彼女は近くの巨木に向かって手裏剣をブン投げ、それらを全て命中させている。

 素人目でも分かるほどの、驚異のコントロールだ。

 あの少女がどれ程必死に鍛錬を積んだのか、どれほど本気で修行に取り組んだのかが、今の手裏剣技術を通して理解できた。


「あの子を庇護対象の子供じゃなくて、一人の女の子として見てあげて欲しいんです。衣月ちゃんだって、本当はずっと先輩を守りたいと思ってたんですよ?」

「……でも、あいつには普通の日常が──むぃっ」


 すると、今度は音無が俺の頬を引っ張ってきた。

 とても優しい力だ。まるで痛くない。


「衣月ちゃんのには先輩も入ってるんだって事……分からないって言うつもりなら、私も本気でほっぺつねります」

「……ごえん」


 頬を伸ばされたまま俺は謝罪を口にした。

 音無のその態度からして、もしかしたら自分が思っているほど、アポロ・キィという存在は軽くないのかもしれない。

 ここでとぼけて突き放す事も出来たかもしれないが──いや、やっぱ無理だな。

 仲間がいるってなると気が緩んでしまって、その仲間から離れたくないと考えてしまう。

 俺ってホントに単純な生き物ですね。

 彼女に手を離された後、俺は深々と頭を下げた。


「ありがとう、音無」

「いいえ。私たちが勝手にやってることですから」


 いつもの穏やかな声音だ。

 何も言わず勝手に学園から去ろうとしたわけだが、どうやら衣月ほど怒ってはいなかったらしい。

 俺の奇行に慣れた、とでも言うべきだろうか。

 ともかくある程度の事情は察してくれているようで、仲間として単純に心強い存在だ。


「……ねぇ、先輩」

「なんだ?」


 音無が立ち上がり、腕を後ろに組んでこちらを見下ろしながら切り出してきた。

 何でしょうか。

 ちょっとお茶飲むんで待ってもらえるかな。


「私とキスします?」

「ブッ゛!!」


 突然、突拍子もない申し出を受けてお茶を吹き出した。

 なんだなんだなんだ。

 お茶が鼻から逆流して大変なことになってるから待って。

 いま美少女がしていい顔してないからちょっと待ってくれ。 


「うぅ……な、何のつもりだ、おまえ?」

「え、何って……三週間ぐらい前の先輩と同じ事してみただけですけど」

「どうしてこんな時に」


 あまりにも急過ぎて急須になったわね。

 三週間前の出来事って、たしか俺とレッカが事故で唇が合体しちゃったから、その衝撃の上書きがしたくて俺が音無に『キスしてくれ』って頭のおかしい事を口走ったときの事だよな?

 よく覚えてたな……いや、あんなキモい事を言われたら印象にも残るか。


「私も今の先輩と同じ気持ちだったって事を分かってほしくて」


 同じ気持ちってどういう。


「ですから……その、一瞬本気なのかなって思っちゃったってことですよ」

「えっ? あぁ、いや……あの件に関しては本当に申し訳ないと思ってるよ。ごめんって」

「謝って済む問題じゃないです。私ったらマジでビビったんですからね? あの時私が本当にキスしたらどうするつもりだったんですか」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 一瞬でごめんなさいボットと化した俺。

 すると彼女はかがんで俺のそばに詰め寄り、耳に近い位置で声を上げた。


「これはお詫び案件ですね」

「お、お詫びって……?」


 あれ、もしかして俺いま後輩にたかられてる?

 オイ兄ちゃん金持ってんだろー、ちょっと飛んでみろよー的なアレか?

 こわい、忍者やはり汚い。

 振り返ってみれば音無にはいくら払っても足りないくらいの迷惑をかけてるから、腰を抜かすような大金を要求されても断れないのが辛いところだ。

 5000兆円とか言われちゃったらどうしよう。


「じゃあ、今回の戦いが終わってもしばらく学園から去ろうとはしないでください」

「へっ……?」


 マジか、このまま居なくなろうとしてた事までお見通しだったのかよ。

 思考盗聴したな? 

 ニンジャってのは何でもありだなホントに。


「明日は球技大会ですし、来月には衣月ちゃんの小学校で運動会。その二週間後もウチの学園祭があって、それから──」

「待て待て、ちょっと待って」

「なんです?」

「いや、目的が分からん。何でそうまでして俺を行事に参加させたがるんだ?」


 衣月の運動会や授業参観はかなり行きたいが、それにしたって音無の手は空いている筈だ。

 なして俺までそれに行かせたがるのか、それが分からない。


「何故って……私が先輩と学園生活を送りたいからですけど」

「えっ」


 へっ?


「そんな事も分かんないくらいおバカになっちゃったんですか」

「ちょ、まっ……え?」


 何で俺と学園生活?

 俺にキスしろって言われて不快になったんじゃないの……?

 どうしてお前──急にそんなデレてんの。


「私の”普通”の中にも先輩がいるって事ですよ。それの何が不思議なんです?」

「だ、だって俺は……えぇと……」

「……ハァ。まったく鈍い人ですね」

「えっ──わっ! ちょっ!?」


 すると音無は突然詰め寄ってきて、俺を校舎の壁に追い詰めてきた。

 ドンっ、と。

 いわゆる壁ドンというヤツをされ、心臓がドキッと高鳴った。

 やだ、この後輩ワイルドすぎ……。


「キスでもしないと──分かりませんか?」

「……ひゃ、ひゃい」


 そして顔面偏差値の暴力をかまして来た。

 美少女というよりイケメンだった。

 絵面はロリに迫る女子高生なのでかなりヤバイ。

 しかし──音無の気持ちは伝わってきた。

 めちゃめちゃに伝わってきてしまった。

 俺の顔が熱くなっていくのを感じる。


 ……ぇ、えっとぉ!

 この後輩、もしかして、そのー……あの。



 お、俺のことがすっ、すすっす好きなのかしら……?

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