男子高校生が二人 1




『──そっか。兄さん、しばらく帰ってこないんだね』



 放課後の魔法学園へ訪れ、こ~っそりとヒーロー部の部室前まで訪れたところ、中かられっちゃんの声が聞こえてきた。


 なにやら電話をしているようだったが、特に声音が早まったり電話を切ったりなどもしなかったため、俺の存在には気づいていないらしい。

 やったぞポッキー、潜入は成功だ!

 ここまで抜き足差し足が得意だったなら、ニンジャである音無に弟子入りして、最後の忍び足をマスターするのもありかもしれない。

 あとで後輩にメッセージ送っとこう。にんにん。


『群青くんを連れて二人旅、か。……んっ? あぁ、いや。そういえば僕の親友も似たような事をしていたなって』


 何だ何だ。

 会話の中に俺が出てきたぞ。

 レッカのお兄さんがしばらく帰ってこなくて、且つ群青くんを連れて二人旅?


 群青くん、ってのは確か衣月と同じで、以前まで悪の組織に実験体として捕らえられてた子供の事だったっけか。

 ついでに俺が瀕死になる原因を作った男の子でもあったはず。

 歳も衣月と一緒の十一だ。

 まだまだ成長途中の年齢だし、諸々の事情があってまだ小学校にも通わせてあげられないから、世間を知ってもらうための二人旅──って感じなのかもしれない。


『うん、何かあったら連絡して。アポロに大怪我を負わせてしまって、心を塞ぎこんでしまっている彼を立ち直らせるのは難しいだろうけど……えっ、そんなことないよ! 兄さんならきっと出来るさ』


 あぁ、そういえば群青くん、いまめちゃくちゃ落ち込んでるんだった。

 俺が死にかけたことで衣月が泣いちゃったから、罪悪感がヤバ谷園のマジ卍って感じなんだよな。


『へ? ……アポロに? え、えと……やめといた方がいいと思うよ? ほら、衣月ちゃんの時とはかなり状況が違うわけだし……』


 なんだろう。

 レッカのお兄さん、もしかして俺のことを頼ろうとしたのかな。

 純白として大変な立場にあった衣月を何とかした人間ならワンチャン、的な。

 いやぁ……無理だと思うけどなぁ。

 とてもむつかしい。

 だって俺、群青少年から見たら純白を奪った張本人だし。

 衣月を悪の組織から連れ出した本当の犯人はウチの両親なんだが、そういう細かいのもあの子からすればどうでもいいに違いない。

 

 せいぜい俺が出来るのは、衣月の時と同じで本当の名前を聞いてあげる事ぐらいだろう。


『……うん、気をつけて。それじゃ』


 あっ、電話終わったな?


『ふぅー』


 レッカが一息ついている間に、ちょっとだけ扉から離れておく。

 それからわざと足音を立てて部屋の前までくれば、あたかも今さっき来ましたよ~って感じの雰囲気になるため、電話を盗み聞きしていたとも思われない筈だ。

 何も聞いてなかったから安心してくださいね。


 ……電話終了から一分くらい経ったし、そろそろ入るか。


「開けろっ! デトロイト市警だッ!!」

「わぁっ!?」


 めっちゃ勢いよく扉を開けて部室内へ突入すると、れっちゃんが驚いて椅子から転げ落ちた。

 百点満点のリアクションだな。

 俺の行動にここまで大げさな反応をしてくれる人間は、世界中どこを探してもお前だけだよ親友。


「いたた……──えっ」

「こんにちは」

「ぽ、ポッキー?」

「ポッキーだよ」

 

 言いながら手を差し伸べると、れっちゃんは数瞬迷った末に、俺の手を取って立ち上がった。

 はい、いつぶりの再会でしょうかね。

 病院で目覚めた時の『こいつは妹だっ!』って言ったアレの後は、他のメンバーや両親がいたから、あまり話せていなかった。

 その後はマユの行動でひと悶着あって、レッカが改めてお見舞いに来る前に鬼ごっこが始まったから──うん、まともに会話をしたのは組織との最終決戦以来だな。

 実に三ヵ月ぶりくらいの再会だ。

 会いたかったぞ、ジョジョ。


「……人質はもう終わったの」

「うん」

「鬼ごっこは?」

「レッカがもうやらないっぽいから終わり」

「……うぅん」


 こめかみを押さえるれっちゃん。

 文字通り頭が痛いらしい。

 上手い!


「れっちゃん大丈夫?」

「誰のせいだと──」


 呆れた声音で呟きながら顔を上げ、俺の顔を見たレッカは、小さくため息を吐いて椅子にもたれ掛かった。


「はぁ、もういいや。……おかえり、ポッキー」

「へへっ、ただいま」


 何だか以前の、いい加減な俺を相手する時の脱力した見慣れたレッカに戻った気がして、不意に笑い声がこぼれた。


「ほんっっとに呑気なヤツだな。僕らがどれ程心配してたと……まったく」


 そして同じく仕方なさそうながらも笑みを浮かべる親友くん。

 どうやらお説教は後回しにするようだ。

 それくらい疲れてるって事でもあるんだろうが。

 まぁ、ここまで彼を疲弊させた張本人は他でもない俺だ。

 その責任を取れるのも俺だけだろうし、そろそろれっちゃんにもってヤツを返してあげよう。

 世界を救って俺も救って、本当にマジで良く頑張った。

 ステージクリアのリザルト評価はSで間違いない。


「れっちゃん、とりあえずメシ食いに行こうぜ。積もる話もあるだろ」

「い、いや、それより怪我は大丈夫なの? 病院を抜け出して来たらしいじゃないか」

「体力全開! オールオッケー!!」

「数日前まで寝たきりだったのに、何でこんな元気なんだ……?」


 困惑するレッカを半ば引っ張るような形で部室を後にした俺は、そのまま近所のファミレスへと直行していった。


 もちろん今回は全部俺が奢るつもりで。

 世界を救ってくださった勇者様を、金欠高校生なりにおもてなししようってわけだ。……あっ、待って、ステーキはちょっと高いから無しで……。

 

「ポッキーはお土産なに買うの?」

「え、木刀」

「中学生かよ……」

「はぁ!? いいじゃん木刀! 逆にこういう機会じゃなきゃいつ買うんだよ木刀!」

「いやそもそもいらないだろ木刀!」


 確かに、しっかりと大事な話はした。 

 コクの事や鬼ごっこを行った真意とか、マユの事情だったりとか。

 レッカがどういう解釈をしていて、俺はどんなふうに誤魔化すのかとか、真実はどれくらい伝えておくべきなのかー、とか。

 共有するべき情報と教えない真実だったりと、いろいろ吟味して最初はそれらを考えて会話していたんだと思う。


「待ってれっちゃん、五泊六日? それホントに修学旅行?」

「結構いろんな場所を巡るっぽいよ」

「長すぎない……? もはや旅行じゃなくて合宿じゃん……」

「それは僕も思った」


 しかし気がついた時には、そんなこと話していなかった。

 必死に考えた嘘を口にすることはなかったし、彼が謎の美少女について深く追及してくることも、いつの間にか無くなっていて。

 なんか修学旅行に関しての会話しかしていなかった。

 クソ程どうでもいい、ほとんど実の無いやり取りを。

 まるで学校の一大イベントを前にした──普通の男子高校生の様に。


「ポッキー、店員さんが睨んできてるんだけど」

「……ドリンクバーだけで二時間は粘り過ぎたか」

「そろそろ行こっか」

「ちょいまち。最後に一杯だけ」

「そのセリフ四回目だよ。ほら、もう会計するから……おい! コーラ注ぐのやめろ!」


 ……いやまぁ、一応普通の男子高校生のハズなんだけどな。

 他に話さなきゃいけないことは沢山あったけど、もしかしたら俺たち二人ともに疲れていたのかもしれない。

 だからもうそんな事は忘れて、ただ普通に楽しい事だけを話題にしていたんだ。

 世界を救ったりとか。

 勇者だとか魔王だとか、突然生えて出てきた謎の女の子だったりとか。

 んなよく分からないのは一旦放置して。


「うわっ、空暗い……早く帰らないと寮の門しまっちゃうな」

「今日れっちゃんの部屋泊まっていいか? 着替え持ってくるからさ」

「いや病院に戻れよ、入院患者だろ」

「はい……すいません……」


 俺もれっちゃんも働きすぎたし、少なくとも修学旅行が終わるまでは──ただの高校二年生でいようと決めたのだ。

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