ヒーロー部、またの名を慰安部
街全体を使った鬼ごっこが開始されてから、大体二日くらい経過して。
時計の針が左下に移動し、鬼ごっこ生活三日目の朝がスタートした。
俺たちが現在いる場所は市街地の端っこにある一軒家だ。
ヒカリの実家であるグリント家が所有している別荘の一つらしい。彼女の厚意で、数日前からここを鬼ごっこ中の潜伏先として使わせてもらうことになった。
そんな家の窓から朝日が差し込み、小鳥がチュンチュンと囀っている。
気持ちの良い朝である。
「うぅ゛ー……ふあぁ」
「おはよう、氷織」
「んー。アポロくん、おきるの早いねぇ……」
瞼をこすりながら最初に寝室から出てきたのは氷織だ。
寝起きにしては意外と髪が整っていて、寝ぐせは見当たらない。
昨晩眠る前にブラッシングをしたりシュシュを着けたりしていたせいかもしれない。
女の子って大変なんですね。
「くんくん……いい匂い。なに作ってるの?」
「普通の卵焼き。そろそろ出来るからみんな起こしてきて」
「はぁい」
沖縄への旅や逃亡生活中は常軌を逸した早起きが基本だったため、今ではそれがすっかり習慣になってしまっている。
流石に朝四時だとかに起きることはもう無いだろうが、それでも六時前起床は当たり前だ。
勝手に身体が起きてしまう。
れっちゃんの寮部屋へ泊まりに行って昼まで寝てた頃の俺に戻るにはもう少し時間がかかりそうだな。
気持ち的には二度寝どころか五度寝くらいしたい。
「ぉはよう、ございま、すぅ」
「……眠そうだな、ヒカリ」
「人生初の、夜更かしさんはぁ……うぅ、強敵でございましたわ……」
確か昨日はトランプで大盛り上がりしてたんだったか。
ついでに深夜アニメを観たりなんかもして、俺以外の女子四人は楽しそうに夜通し遊んでいた。
有名財閥の令嬢と生まれてから数日しか経ってないロリっ娘の二人にとっては、アレが人生初の夜更かしだったのだ。
寝不足になるくらいテンション上がっちゃってもしょうがない。
「……アポロがエプロン着けて料理してる」
「んっ」
噂をすれば、件のロリっ娘も寝室から出てきた。
ヒカリや氷織と違って既に目は冴えているものの、逆に髪がボサボサだ。
よく見れば後ろに眠そうな顔したカゼコお姉ちゃんもいる。
おはようございます。
「ふわぁ。……んん? あら、マユったら髪の毛がピョンピョンしてるじゃない」
「え、ほんと」
「ブラシで梳かしてあげるから……ほら、こっち来なさい」
「うわぁ」
未だに半分寝ているような状態のカゼコによって、化粧台の前に座らされる黒髪の少女。
普段から手のかかる妹を世話しているだけのことはあって、彼女をブラッシングするカゼコの手さばきはかなり熟れている。
飼い主に撫でられる猫のように、黒髪ロリは目を細めてされるがままだ。
──マユ。
勇者と魔王の力がきっかけで生まれたから、そこから一文字ずつ取ってマユ。
髪の色が漆黒だったから名前をコクにした俺と同レベルのネーミングセンスだ。
まぁ中身の半分は俺なわけだから、当然と言えば当然だが。
むしろしっくりきたくらいである。
コクは俺。
レッカに謎の美少女ムーブをかましていた変態女の名前はアポロの物だから、とりあえず別の名前を名乗ってみる……との意見だった。
だから、マユ。
自分はコクではないから。
まずは人間としての第一歩として、彼女は自分だけの名前を得たのだ。
「マユちゃん銀髪のメッシュ似合ってるね~」
「そう?」
五人で一つのテーブルを囲む朝餉。
氷織に褒められたマユは無表情ムーブで照れを誤魔化しながら、少しだけ前髪を指で弄る。
アレも個性の一環だ。
あまりにも見た目がコクと一緒過ぎるため、マユの方から外見を外しにいった結果ああなった。
前髪の一部を銀髪に染めつつ、髪型もツーサイドアップに変えている。
常に髪を下ろしていて尚且つ真っ黒髪なコクとは、もう既にだいぶ見た目が違う。
なんかコクがフォームチェンジした感じだ。あっちの方がカッコいい。
女の子って本当に変化が早いんだな、とつくづく実感した。
髪染めとかお洒落なこと、俺もちょっとやってみたかったな……。
「ふぅ……ご馳走様。マユ、洗い物を手伝ってくれるかしら?」
「りょーかい」
「あっ、わたくしもお手伝いいたしますわ!」
「流石に三人はいらないわよ……?」
カゼコに諭されてしゅんとするヒカリ。かわいそう。
「はいはい、ヒカリはあたしと布団のお片付けしようね」
「氷織さん……!」
いちいちリアクションがデカいんだよな、あのお嬢さま。疲れないのかしら。
──と、まぁそんな感じで朝の一幕は極めて平和に過ぎていった。
連日のかくれんぼは、上手いことライ会長と音無がレッカを制御してくれているおかげで、かなりのイージーゲームと化している。
ぶっちゃけこれはレッカ対ヒーロー部全員なので、こうなる事態は予測できていた。
概ね目論見通りだ。
しかしこのままでは永遠に見つからなさそうだし、何よりヒーロー部には学校をサボって参加してもらっているため、鬼ごっこはそろそろ潮時かもしれない。
「……さすがにもう大丈夫だよ、アポロ」
ビルの屋上での休憩中、俺の隣に座っているマユがそう呟いた。
横を見てみると──彼女は小さく笑っていた。
「え、マジで?」
「うん。もうしばらくは生きてみてもいいかなって、そう思ってる。アポロの狙い通りにね」
ジト目のままにひひっと微笑むマユの姿はメスガキそのものだ。生意気な……。
一応美少女ごっこの一環という形で彼女を協力させていたのだが、どうやら最初から俺の考えはお見通しだったらしい。
「あんな良い子たちと一緒に居たら、そりゃ絆されちゃうよ。アポロが私の立場だったら(あれ? こいつらもしかして俺のこと好きなんじゃね……?)って勘違いのガチ恋する程度にはヤバいよヒーロー部」
「そうだね……」
そこには俺も異論ない。
実際俺も精神状態がやばい時に介護してもらっていたあの頃は、マジで部員全員に片思いしちゃうレベルで心を溶かされてたわ。
本当に恐ろしいし、あの娘らに囲まれてても普段通りでいられるレッカはもっと恐ろしい。
──そういえばレッカは今頃どうしてるんだろう。
「アポロ、スマホ鳴ってるよ」
「ちょっと出てくる」
「んー」
空返事をするマユから離れてスマホを確認する。
連絡してきたのはライ会長だったようだ。
応答して内容を聞くと、どうやらレッカのメンタルがやばい事になっているらしい。
よくよく考えれば今の彼はワケ分からん状況にまた意味不明な状況を持ってこられた状態だったわけだから、そりゃ鬼ごっこをやめて拗ねちゃうのも当然だ。ごめんねれっちゃん。
というわけで、マユのメンタルケア鬼ごっこはこれにて終了。
過大な情報量による迷惑なダイレクトアタックでライフがゼロになってしまった親友を慰めるために、俺は久方ぶりにアポロとして彼のもとへ赴くのであった。
……あっ、そういえばそろそろ修学旅行の時期か。
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