漆黒ルートにご案内
「コオ゛リざ゛ぁァ゛~゛んッ!!!」
「わっ。ひ、ヒカリ……」
俺と氷織が沖縄に到着してから少し経って。
衣月の知らせによって、一足先にこの場所へ到着していたヒーロー部の面々が、揃って俺たちがいる砂浜まで駆け付けてきた。
俺は一応コクに変身しているのだが、レッカは氷織を気遣ってか、こちらを一瞥してすぐに彼女の方へ寄っていった。俺に聞きたいことなんて山ほどあるだろうに、ここでサラッと我慢できる辺りやっぱ出来る男は違うらしい。
ヒカリやカゼコが泣きながら氷織に引っ付いて離れない光景を後目に、一足先に砂浜を出ようとすると、向こうから誰かが走ってきた。
あのデカいマフラーは間違いない、音無だ。
俺の目の前で止まって、息を切らしている。
「はぁっ、はぁっ……」
「お、音無? だいじょうぶか……?」
見て分かるほどに汗だくだ。相当急いで駆けつけてきたのだろう。
一時はどうなるかと思ったけど、無事に会えてよかった。俺の人生のなかで一番ホッとしてる瞬間だ。
「……せん、ぱい」
顔を上げた音無は、何とも言えない微妙な表情をしていた。
驚きと困惑が半分……といった所だろうか。
俺も何かを口にすることが出来ずにしどろもどろになっていると、汗だくの音無は軽く微笑んで、俺の隣にいる衣月の方へ顔を向けた。
「……衣月ちゃん、もう我慢しなくていいんだよ。私は大丈夫だから」
どゆこと。
「……うん。…………ぅんっ」
「うおっ。い、衣月?」
明らかに涙ぐんだような、上ずった声音の衣月が、横から俺に抱き着いてきた。
俺のお腹に顔をうずめているその状態でも分かるくらいに……あー、うん。泣いてるな、これ。
冷静に考えてみると、支部の建物内にいたほぼ全員がこの沖縄に到着した中で、唯一俺と氷織だけがここにワープできていなかった。
建物が爆発寸前だったことも鑑みると、俺と氷織は時間に間に合わず、爆発で二人とも死んでしまったのではないか──という仮説が立てられても不思議ではない。
というか、普通は死んだと思われるはずだ。
レッカや最初の衣月の対応が常軌を逸していただけで、この状況ならめちゃめちゃに泣きながら氷織に抱き着いていったヒカリの反応が普通だろう。
衣月は砂浜で俺を見つけてから、ずっと我慢をしていたんだ。
それはきっと、俺の隣に氷織がいたから。
俺と音無以外に弱さは見せない──そんな衣月なりの線引きがあったことに、俺はようやく気付くことができたのだった。
「ごめんな、衣月」
「うるさい」
頭を撫でてやっても衣月の体の震えは治まらない。マジで信じられないくらい心配させてしまっていたようだ。反省点が次々と浮かび上がってくるわね。
こういうのに最初から気づけないあたり、レッカと違って俺の鈍感さはとことん悪い方向にしか効果が発揮されないんだなぁ、とつくづく実感させられる。
それに心配させていたのは、衣月だけではないようで。
「……もう゛~ッ! やっぱ無理……っ!」
「おっ……となし……」
結局二人とも俺に引っ付いてしまった。
衣月を気遣って最初は堪えていた音無も、ついに我慢の限界が訪れてしまったらしい。
自惚れなんかじゃない。この二人からどれほど大切に思われているかは、俺自身が一番よく分かっている。……というか、いま理解した。
なんとかうまい事を言って二人を安心させてやりたいところ──なのだが何も思いつかない。
俺のボキャブラリーは貧弱だ。
「べ、別にっ……何も言わなくて、いいですから。……生きててくれた、だけで……」
「勝手に心を読まないでもらえると助かるんだが」
「うっさいです。……あぁ、もう、ほんと──よかった」
ガチで死にかけたあとに、仲間からのガチシリアスモードでのお出迎えで、こころがくるしい。
うぅ、何かもっと緩い感じで再会すると思ってたよ俺は。
「……紀依」
「どした」
「ヒーローは、レッカがいる。だから……別にカッコいい事とかは、しなくていいから……えと」
「衣月……?」
「勝手にいなくならないでください、って事ですよ。鈍いですね先輩は」
「ご、ごめん」
いかん、もうレッカのこと鈍感とか難聴とか言ってバカにするの、確実にできなくなってきたぞ。
支部を脱出するあの状況では仕方のなかったことだが、これを見るとそうも言ってられない。
これからはあまり主人公みたいな無茶はしないようにしよう、と心に誓った。衣月が言った通り、ヒーローの役割にはレッカが就いてくれているんだ。
──よし、とりあえず仲間との再会は果たしたな。
まずは親父に会いにいって、いろいろと聞き出さないと。
◆
「……つまり?」
「レッカ君には何も話していない、ということだよ」
ヒーロー部のみんなが仮住まいにしてるらしい、沖縄のどこかにある大きなホテル──の地下にある研究所の、一室にて。
俺は久方ぶりに会った父親の言葉を聞いて、安堵するとともに肩の力が抜け落ちた。具体的に言うと、男の姿に戻った状態でソファにぐで~っと寝っ転がった。マジで安心した……。
「彼には怒り交じりにいろいろと質問をされたが、アポロから聞いてくれ、とだけ答えておいた。真実を告げるのはお前の役目……なんだろう?」
「うん、そう。それがアイツに隠し事をしてきた俺の責任だからな」
お父さんファインプレーですよホント。まだ美少女ごっこは続行可能だ! えへへ~!
では、ここまでの顛末を軽くまとめよう。
まず俺たちとヒーロー部のメンバーは、あの支部の爆発で全員死亡扱いになっていたらしい。
表向きは死傷者ゼロの爆発事故だが、悪の組織側からすると支部に残っていた様々な情報や、面倒なことを知りすぎているヒーロー部をまとめて排除できたと思い込んでいる、とのことだ。
それから組織は俺の両親を追いかけることはやめて、既存の科学者メンバーだけでヤベー装置の完成に着手することに決めた。あちらも切羽詰まっていて、時間もないため逃げ足の早い両親を捕まえることに人員を割いている場合ではなくなったのだ。
そして肝心の衣月──組織が言うところの『純白』だが、彼女のクローンを作る事でヤベー装置の起動キーを作ろうという方針に決まった、と聞いた。
衣月ほど完成度の高い実験体を作ることにはまだ成功していないらしいが、それでも今や脅威になりつつあるヒーロー部に守られている衣月を捕獲するより、クローン生成の方がコスパがいいという結論に行きついたのだとか。
実力だけで言えばヒーロー部はかなり強い。
だから悪の組織は正攻法で戦うことをやめ、いち早くスーパーウルトラ激やば装置を完成させ、一瞬で全ての人間を支配下に置いて、世界を掌握しようと考えたわけだ。
けど、父さん曰くまだ焦る段階ではないらしい。
「しばらくは悪の組織も停滞が続くだろう。長期休暇というわけでもないが、この機会にアポロ達もこの沖縄で十分な休息を取るといい」
「……死亡扱いってことは、もう監視の目がないんだな?」
「そうだ。研究所があるこの周辺なら、アポロの姿に戻って出歩いても問題はない」
つまるところ、日常回のターンが来た、ということだ。
ここまでは派手な逃走劇だったり、バトって殴ってじゃんけんポンみたいな殺伐とした日々が続いていたから、ちょうどいいタイミングだ。この機会にゆっくり羽を伸ばそう。
──と、考えるのは二流のヒロインだ。
この俺は一味違う。
平和な日常を過ごせる時間が出来たからこそ、さっそく影が薄くならないように、一気にレッカに対してメインヒロインムーブをしていかなければならないのだ。
「……アポロ」
「なに?」
「……その、なんだ、えっと……楽しいか?」
一瞬ドキッとした。俺の内心を見透かされたような気がして。
しかし俺は氷織と共に極寒の雪山を生き延びた男だ。
この程度じゃ決して怯んだりしない。俺だって精神的に成長してるんだぞってとこを、父さんに見せてやるぜ。
「あまり気乗りはしないな。親友を騙し続けるのは……やっぱクるものがある」
「アポロ……」
「でも、まだダメなんだ。今じゃないんだよ父さん。いろいろ理由はあるけど……すべてを明らかにするにはまだ早い」
すご~く重い事情を抱えてそうな雰囲気を出したことが功を奏したのか、父さんは思惑通りシリアス顔になってくれた。このまま続けよう。
絶対に『楽しい』だなんて口にしたりはしない。
美少女ごっこで得られる気持ちは俺だけのものなんだ。
「アイツは俺を止めてくれる器だ。でも俺たちは親友同士だから、ここで俺がすべてを明かして歩み寄ってしまったら、レッカは俺を止めてくれなくなるかもしれない。黙認してしまうかもしれない。……俺を止めてくれる人が、いなくなってしまうかもしれない」
自分でも八割くらい何を言っているのか分からないが、この場で父さんを納得させることが出来ればそれでいい。父さんにはレッカに何を聞かれても、最後まで黙っていてもらう必要があるんだ。
「だから、このペンダントの事は俺に任せて欲しい。……誤解だけど、父さんを悪者にして……ごめん」
「……フッ。なに、気にすることはない。元を辿れば父さんはれっきとしたワルモノだ。なんせ悪の組織に属していたんだからね。そんな私を連れ出してくれた母さんが、アポロにとってのレッカ君なら──」
父さんは、研究者がやりがちな怪しい笑みを浮かべて。
「たくさん迷惑をかけてしまいなさい。始めてしまった物語は、中途半端に終わらせてはいけない。それでも、たとえ何があろうとも止めようとしてくれる人物こそが、お前の物語を終わらせてくれるヒーローなんだ」
「……そうだな。俺の研究の最終目標は、そんな『ヒーロー』に出会うことなのかもしれない」
色々言ってるけど、父さんと母さんの時とは全然ちがう。
母さんは悪の組織から父さんを抜け出させようとしていたけど、そもそも母さんは最初からペンダントで女の子に変身できることを知っていた。
つまり父さんの美少女ごっこは、文字通りごっこ。
研究成果は人類史に刻まれる大偉業だが、彼の美少女ごっこ自体は、ソレを『美少女ごっこ』だと認識している女性の前でしか行っていなかった──もはやただのコスプレに近い行為だ。
謎のダウナー少女として振る舞ったことこそあれど、本気でこの世界を股にかけた隠しヒロインのロールプレイングはしていないのだ。
だが、俺は違う。
ダウナー少女に変身したアポロ・キィではなく、本人とは別の『漆黒』というキャラクターを、この世界に認識させている。
謎の美少女ごっこではなく、もはや謎の美少女なのだ。
コクという少女が存在している。
レッカが『コクという人格など元から無い』と知るその日が来ない限り、俺の研究が終わる事は無いというわけだ。
「父さん。このペンダントを生み出してくれて、ありがとう」
分かるか、父さん。
俺はアンタを超えた。美少女ごっこしかできなかったツールを、本物の美少女がいると認識させるアイテムへと進化させたんだ。
時代は先へと進んだんだよ、先輩。
「けど──ここからは俺の物語だ。これの使い道も、これの秘密も真実も、すべて俺だけが行使する」
これは俺が受け継ぐ。
俺の未来を切り拓く道具として存分に活用させてもらう。
「その代償はいくらだって払うよ。衣月にはいつか『普通の日常』を与える。世界だって救ってやる。それでも……誰かが俺を止めるまで、俺は絶対に止まらない」
「アポロ……! あぁ、我が息子よ……ッ!」
父に頭を撫でられたのは、小学生以来だ。
こんな歳になっても、撫でられるって嬉しい事なんだな。
「誰よりも自由であれ! 私はお前の旅路を祝福するぞッ!」
「サンキュー親父! じゃあ早速行ってくるぜ!!」
「いってらっしゃいッ!!!」
父の熱い激励を背に、俺は研究室を飛び出していった。
父さんの説得はこれで完了だ。もう何があっても彼の口から真実が口外されることは無いだろう。とりあえず一安心だ。
では、美少女ごっこをステージ2へ移行させることにしよう。
待ってろよ、レッカ。
今日で隠しヒロイン──漆黒ルートに突入したことを、エロゲ風味を混ぜ込みつつ存分に思い知らせてやるぜ。
決行時間は夜。
場所は人気のない砂浜海岸。
そしてコクの新たな衣装差分として、この常夏サンバな海の国に相応しい、真っ白なワンピースをお披露目だ──!
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