もしもエロゲだったら 1
この沖縄に到着してからは、驚くくらいに平穏な時間が続いている。
僕たちよりも遅れてコクとコオリがやって来たときは、爆発寸前だった気持ちを何とか堪えるのに必死だったけど、時間が経過するにつれて冷静になる事が出来た。
アポロの父親からは何も聞き出せなかったが、どうもあの人は怪人から聞いたような極悪非道の科学者だとは思えず、いまは味方で居てくれることに納得をして、一旦話を終わらせた。
秘密を話さなかったのは、きっとコクとしっかり話し合って欲しかったからなんだろう。
自分の子供と深い繋がりがある少女の事だ。僕を混乱させてしまっては元も子もない。
あの人は焦った状態の僕が冷静になれるよう、わざと話をはぐらかしてくれたんだ。
おかげで今は落ち着いている。
組織の支部にいたあの時は──覚悟が決まっていたんじゃない。
ただ親友を取り返すことに必死で、周りが見えなくなっていただけだったんだ。あんなんじゃ文字通り話にならない。
会話は全ての基本だ。僕は彼女と会話をしなければならない。
アポロの事も、彼女自身の事も、話すことで知ろう。
本当は最初からこうするべきだったんだ。
夕食を食べ終え、すっかり空が暗くなった頃、コクから呼び出しを受けた。
彼女から誘ってくれるなら好都合だと思い、僕は指定された場所まで急いだ。
──そこにいたのは、月明かりが差す砂浜の海岸で、静謐に佇む一人の少女。
白いワンピースを着た、裸足のコクだった。
「……コク」
「来てくれてありがとう、レッカ」
こちらへ振り返り、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。本当に変わった子だと思う。
改めて礼を言われるようなことじゃない……そう言いながら、僕は彼女の方へ歩み寄っていった。
「今日はいつもの服じゃないんだな」
「ホテルのお土産屋さんで、買った」
くるっと一回転して見せるコク。
衣服全体を僕に見せたかったらしい。
「どう?」
「似合ってるよ。きみの奇麗な黒髪と良く合ってる」
「ありがとう。うれしい」
人形のような無表情だが、微かに笑っているような気がした。
実際、似合っているのは事実だ。僕から見てもかわいいと思う。フウナ辺りにでも見せたら、破壊力が凄そうだ。
本題に入ろう。
僕が気づいたことを、彼女に伝えるんだ。
「コク。きみは……アポロの為に戦ってくれていたんだね」
返事はない。
青白い月を背にして、静かに僕の言葉に耳を傾けてくれている。
「アポロの母親と話をしたんだ。その時に大事な資料も見せてもらった。そこでアポロの顔と名前が、悪の組織に割れていた事を知ったよ。……追われていたのはきみじゃなくて、あいつの方だったんだな」
ずっと勘違いをしていた。
コクは組織から逃げた実験体で、アポロがそれを匿っていたのだと、そう思っていた。
けど、真実はその正反対。
元組織の構成員だった科学者の息子である彼を、コクは自らの肉体と交代させることで庇っていたんだ。
「今にして思えば、オトナシが協力しようとした事にも合点がいくよ。なんせキミはアポロを庇いながら、組織から逃げ出した本当の実験体である藤宮衣月もまとめて守っていたんだから」
「……買いかぶり過ぎ、だよ」
「謙虚は美徳かもしれないけど、コクはもっと誇っていい」
僕なんか目じゃないくらいに、どこまでも自己犠牲な精神を持った少女だ。
まるでヒーローじゃないか。
どんな理由があるのかは分からないけど、ペンダントの中に閉じ込められていて、他人を媒体にしないと自由に喋る事すらできないというのに。
ただ目の前の人間を救おうとする。
怪人に襲われていたあの子供と同じように、アポロも、衣月も。
その小さな体躯と、触れたら折れてしまいそうな細腕で。
「アポロも緊急時には姿を変えることで、君を守っていたんだね。あのオトナシが怪我をした森の時のように、危険な戦闘はあいつが担当していたんだ。君たちは文字通り……一心同体だった。コクが言っていた『心が繋がっている』って言葉の意味が、ようやく理解できた気がするよ」
ずっと二人で戦っていたんだ。僕が言った『親友を巻き込むな』という言葉は、あまりにも見当違いだった。
コクが反論しなかったのは、僕に余計な疑いを持たせないためだったんだろう。こうして理解した今なら、彼女が黙々と旅を続けていたワケがよく分かる。
「ありがとう、コク。今まで僕の親友を守ってくれて」
「どういたしまして」
「そして、これまでの非礼を謝罪させてほしい。……本当にすまなかった」
「うん、許す」
「……相変わらずというか。フットワークが軽いよな、きみは」
これでもかというほど、円滑に会話が進んでいく。まるで以前までのすれ違いが嘘のようだ。
本来彼女とのコミュニケーションは、これくらい簡単に進められるものだったのかもしれない。
「コクはこれからどうするんだ? アポロを監視する目は無くなったけど、悪の組織もまた壊滅したわけじゃないし……」
「もう少しだけアポロと一緒にいる。衣月が安心して、普通の女の子としての暮らしができるようにする為に、私は悪の組織を打倒しなければいけない」
「そうか……うん、もう止めないよ。アポロもきっと、最後までコクに付き合うつもりなんだろ?」
この二人の間には、僕では計り知れないような信頼関係があるに違いない。
「たぶん、そう……?」
「何で疑問形なんだ」
急に不安にさせてくるの、心臓に悪いからやめてほしい。
「肉体を共有しているといっても、心の中にアポロがいるわけじゃない。会話はできないし、ある程度相手の考えてることが伝わってくるだけ」
「……君たちはどうやって意気投合したんだ」
「書き置きなどで意思の疎通はしたけど、実際にアポロと会話をしたことはない。私がまともに話したことのある男の子は──レッカくらい」
なんだか予想と少し違ってきた。
確かに大体の事実は合っている。しかし、アポロも聞いているつもりでコクと話していたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。
「私が外にいるとき、アポロはペンダントの中で眠っている。逆もまた然り。アポロの体が私に変身しているのではなく、文字通りそのまま『交代』している、といった感じです」
「……えっと」
「つまりレッカがあの屋上で見たのは、親友のアポロではなく、私のパンツ。レッカは男の子の下着を見て赤面したわけではないから、安心して」
そういう問題だろうか。というかむしろ同性のポッキーではなく、異性であるコクのパンツを見てしまったことの方が問題なんじゃ……?
「レッカ、むつかしい顔をしている」
「そりゃまぁ情報量が多いからね……」
「またパンツを見れば、元気になる?」
「いや見ないからなッ!? ちょっ、やめろスカートの裾を持ち上げるんじゃない!」
パンツは見なかったが、なんやかんやあって、僕はようやく彼女と和解することができたらしい。
早とちりした僕と、流石にいろいろ隠しすぎていたコクの両方に非があるということで、喧嘩両成敗でこの話は終わりだ。こうなるまで本当に長かったな。
「それじゃ、コク」
帰らないとみんな心配するし、そろそろ戻ろう──と口にしようとした、その時だった。
「排除」
コクの背後の海から、ここにはいないはずの『サイボーグ』が姿を現し、彼女を後ろから羽交い絞めにした。
「わっ」
「コクッ!」
おそらくは支部が爆発する直前に、ワープ前の誰かの脱出用ポッドに張り付いていたんだろう。いつの間にかその場から離れ、この海で僕たちヒーロー部の誰かが来るのをずっと待っていたのだ。
「自爆、自爆、排除」
「レッカ、レッカ。こいつヤバいこと言ってる」
「いっ、今すぐ助ける──!」
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