勘違い×勘違い 2


「クソッ! どうすればいいんだ!」

「れ、レッカくん、落ち着いて……」


 僕たちヒーロー部は無力だ。そう思い知らされてしまった。


 今もただ森の前で立ち往生し、この場所に展開された巨大なバリアを叩いて悔しがっている。

 慟哭を挙げている暇があったら、すぐにでも彼女らを助けに行きたい──しかし、それは叶わない。

 いよいよ本腰を入れてきた悪の組織が持つ”本物”の強さの前に、戦う力を持っただけの子供である僕らは、まるで為す術がなかった。


 あの田舎町を出た翌日のこと。

 僕らの情報網ですら引っかかるレベルで、組織が派手に動きを見せてきたのだ。

 恐らくはコク達のチームが向かった先であろう県境の森林へ、数台のヘリコプターや大勢の怪人を投入した。


 そしてヒーロー部が到着する頃には、既に強力なバリアフィールドが展開されており、彼女たちの応援に向かう事は出来なくなっていて──もはや手詰まり状態であった。



「……っ?」


 仲間の少女たちも悔し気にバリアの向こう側を見つめる中、ふと僕のポケットが震える。


「着信……非通知だ」


 スマホの画面に表示されたのは非通知の三文字のみ。

 こんな時に正体を明かさず電話をかけてくる存在に、心当たりなど──いや。

 まさか、と思い応答ボタンをタップする。


 瞬間。

 僕の耳に男の声が流れてきた。


『もしもし。やぁレッカさん、久しぶりだな』


 その声は誰よりも待ち望んでいたモノだった。

 電話が掛かってくる度に期待をして、彼ではないと分かったらまた落胆をして……その繰り返しだった。


「……ポッキー?」

『大正解。繋がったようで何よりだぜ、れっちゃん』

「お、おまえ……っ!」


 そんな彼が、よりにもよって今。

 意外と元気な声音で、生存報告をしてきやがったのだ。ハッキリいって最悪のタイミングだ。

 森の中にいるオトナシたちへの心配な感情と、親友が無事に生きていたことへの安堵で、僕の頭の中はグチャグチャになってしまった。


「いま何処に!? ずっと心配してたん──」

『目の前にいる』

「は?」


 思わずバッと顔を上げて正面を見たが、そこには誰もいない。

 バリアが張られた、進行不可領域である森林がそこにあるのみだ。


「……まさか森の中に?」

『ご名答。いやさ、カッコつけて飛び出したはいいんだが、やっぱ俺一人じゃダメだったみたいで。出来ればあと一人、派手に動き回れて火力もある人材が欲しい』

「……ハァ。相変わらず回りくどい言い方が好きなんだな」

『へへっ』


 彼がハッキリと生きていたことが知れた喜びが少しだけ落ちついてきて、アポロのいつものような態度にホッとした。色々と抱えている状況であることは察しが付くものの、心配するほど精神的に参っているワケではないようで良かった。


 この際、事情は後で聞くことにしよう。

 どのみちこの場で懊悩している時間など残されてはいない。


『……来れるか、レッカ?』

「そんな事言われたら、ノーだなんて言えるわけないだろ。ちょっとそこで待ってて。──部長っ!」

「あぁ、全部聞こえてたし見てたさ。我々を差し置いて、ニッコリ笑いながら電話してる様子をね。……つまり全力でバリアをどうにかして、何とかキミひとりでもあの森の向こう側に送る事が出来れば、この事態の収束を図れるワケだな?」


 さすが部長、余計なことは詮索せず、今やるべき事だけを明確にしてくれた。

 彼女の要約した言葉のおかげで、他のメンバーたちも状況を理解できた。非常にいい流れが出来ている。

 

 ここからは僕たちのターンだ。

 ヒーロー部の本気を、子供には子供なりの意地と正義がある事を、悪事に手を染めた大人たちに思い知らせてやる。


「わたしたちの魔法を一点に集中させ、最大出力でぶつけ続ければ、僅かだがバリアに穴を空けられるはずだ。一時的なものになるだろうが……それで十分だな?」

「えぇ。僕がヒーロー部全員の分まで活躍してきますよ」

「ふふっ……そんな軽口が叩けるようなら、心配はなさそうだな。──部員一同、いくぞ!」



……


…………



「れっちゃん!」

「っ! ポッキー……!」


 なんとか無事に森の中へ侵入したあと、アポロ自ら探知能力を使って僕の元へやってきてくれた。


 その姿を見るのはたった数日ぶりだったが、僕は会った途端に少しだけ涙ぐんでしまった。

 一週間すら経ってはいないが、痕跡もなく一切連絡が付かない状態だったのだ。心配の度合いから考えれば、安堵から涙が出そうになっても不思議ではない。


 ともかく無事でよかった。擦り傷や打撲がそこそこあって、衣服も若干破れているが、本人はいたって元気そうだ。


「……れっちゃん。いや、レッカ。俺を殴ってくれ」

「再会して早々に出てくる言葉ではなくない?」


 どんだけマイペースなんだよ、この親友は。

 さっそく出鼻を挫かれた気分だ。


「俺はオトナシに怪我を負わせてしまった。先輩として……仲間として、絶対に守らなきゃダメな存在だったのに……先輩失格だ!」

「……やっぱり、コクたちの近くで活動してたんだな」


 薄々勘づいてはいた。あの黒髪の少女の発言からして、少し離れた場所から彼女たちを見守りつつ、旅に同行していたに違いない。


「たのむレッカ、歯が抜け落ちてマヌケ面になるくらい、思い切り力を込めて殴ってくれ。俺は……とんだ勘違い野郎だったんだ」

「……ふざけるな馬鹿っ!」


 いつになく弱々しい態度を見せる彼の胸ぐらをつかみ、吠える。いつも場の雰囲気を茶化すのがアポロなら、彼が展開しているシリアスな空間を破壊するのが、親友である僕の務めだ。


「仮に僕が君を殴ったとして、それを知ったオトナシがどんな気持ちになると思ってるんだ!?」

「……っ!」


 アポロは驚いた様子だったが、僕が怒るのは当然のことだ。

 今までロクに連絡をよこさず、自分がピンチになった途端に僕を頼った……そこはいい。僕だって何度もアポロを無視して、戦いの中に身を投じた経験がたくさんあるから。

 僕が怒っているのは、勝手にオトナシを連れて行っておいて、僕に対して甘えようとしている部分だ。


「殴られて許された気になろうだなんて甘えるな! 罰だったら僕じゃなくオトナシから受けろ!」

「れ、レッカ……」


 ここまで声を荒らげて彼を叱ったことはあっただろうか。

 いや、なかったと思う。いつだって負い目を感じていたのは僕の方だったから。しかし今は状況が違うんだ。


 僕にはヒーロー部のみんなという、道を正してくれる人たちがいた。

 中でもライ先輩は生徒会長として、上級生として、なにより部長というリーダーとして道を切り拓き、牽引してくれていた。


「オトナシだって……ただの高校生じゃない。キミを信じ付いていくと判断して、仲間である僕らにですら必死に秘密を隠して戦うことを選んだ、立派なヒーロー部の一員なんだ。許すか許さないか……それは分からないけど、きちんと話せばきっと、アポロが納得するような答えを出してくれるはずだ」


 しかしアポロがいるチームは、どう見ても間違いなく彼自身が先頭にいる。

 オトナシも、白髪の少女も、あのコクでさえもアポロの後ろを付いていく仲間であり、この親友には頼れるリーダーが存在しないのだ。


 だからこそ。

 いまアポロを叱咤できる人間は、この僕しかいない。

 どんなグループにも属さなかった彼に真正面から言葉をぶつけられるのは、常に一番近くにいたこのレッカ・ファイアしかいないんだ。


 立ち上がれ、親友。

 今の僕なら分かるんだ。君は弱くなんかない。

 オトナシだって話せば分かってくれるハズだ。この旅に同行すると決めたのは、他でもない彼女自身なのだから。


「……俺は、どうすればいい」

「僕と一緒に戦うんだ」


 そもそも彼女に怪我を負わせたのは、組織が放った怪人たちだ。どのみち奴らを倒さない限り、僕らがこの森から脱出することはできない。


「君と僕が手を組んで勝てなかった敵が、これまで一人でもいたか?」

「……あぁ、確かにそうだな。俺とお前で負けたことは一度もなかった。……そもそもあんまり戦ってないけど」


 そりゃそうだ。アポロがヒーロー部に入ったのはたった二ヵ月前だし。でも入学してからこの一年間で培ってきた、僕ら二人のチームワークは何者にも勝るはずだ。


「だったらここで経験値を増やしておこう。……きっと、これからは二人で戦う機会が、もっと増えるんだろうしさ」

「おう、任せとけ。後輩に傷を負わせやがった無法者に、きちんとお礼をしてやらないとな」


 手を差し伸べ、項垂れていた彼を立ち上がらせる。ようやく僕らは、本当の意味で再会できたのかもしれない。


「俺が森林の上空を飛んで注目を引きつけながら、探知スキルで敵の位置を割り出してお前に伝える。援護が必要になったら言え。魔法の矢で隙を作ってやる」

「大幅に魔力を消耗するし、なによりヘイトを一手に引き受けるのは危険だが、大丈夫か?」

「ははっ、心配するくらいならサクっと敵をやっつけてくれよ。増援が無い以上、どのみち短期決戦なんだ。……いくぞ、れっちゃん」

「あぁ、ポッキー!」


 こつん、と拳を突き合わせて、頷き合ったあと互いにその場を離れた。

 

 ──こんな状況だ。不謹慎な感情だという事は当然理解している。

 しかしそれでも、僕はアポロと共に戦うことに対して、僅かながら高揚を覚えていたのであった。


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