竜人フランヴェルム

 戦いが終わってはなちゃんから降りると、セレナさんが僕に詰め寄る。


「ねえねえゆー君。確か魔法適正がないって言ってたけど、今使ってたよね? どうしたの!?」

「え、えーと……。はなちゃんに乗ってたらね、頭の中にフレーズが思い浮かんだんだ。それを唱えたらなんか使えちゃったんだけど……」

「そうなんだ……」

「ふーむ、もしかしたらはなちゃん殿も魔法適正を見てもらった方がいいかもしれんな……」


 ゲイツさんが難しい顔をしてたら、はなちゃんのお腹から重低音が鳴り響いた。


「ブロロロロ……」

「お腹が空いたんだね。何かないかな……?」


 困った顔のはなちゃんを見かねて辺りを見渡すと、ゲイツさんがこんなことを提案してくれた。


「それならうちの羊たちと一緒に干し草を食べるといい。はなちゃん殿は草食なのだろう?」

「はい、ありがとうございます。良かったね、はなちゃん」

「パオ」


 ゲイツさんに案内されてやってきたのは、家から少し離れたところで羊と山羊がたくさんいる広い囲い。


 ドリルみたいな角の羊もそうだけど、山羊の角もコルク抜きみたいに螺旋を描いていてずいぶん目立つ。


 そんな羊たちは巨体のはなちゃんを見てそそくさと道を開けた。


 それをいいことにはなちゃんが干し草がたくさん詰まった餌入れに陣取って、一心不乱に干し草を口に詰め込む。


「よっぽど腹が減っていたのだな」

「さっきははなちゃんも頑張りましたからね」


 微笑ましく見守る僕たちだったけど、すぐに干し草が食べ尽くされてゲイツさんの顔が真っ青になったのはちょっと申し訳なくなってしまった。



 食事に夢中なはなちゃんを囲いに置いてルナちゃんのおうちに戻ると、すぐにルナちゃんが僕に駆け込んでくる。


「ユウキくん!!」


「わわっ、ルナちゃん!?」


 僕の胸に顔をズリズリと埋めてぎゅっと抱きつくルナちゃんに、僕は戸惑いで手が振るえてしまう。


「無事で本当に良かったです! もしユウキくんに何かあったら、ルナはどうすれば――!」

「心配かけちゃったね、ごめん。でも僕は平気だよ。もちろんはなちゃんもね」


 そう諭しながら僕はルナちゃんの頭を優しくなでてあげた。


 家の奥から遅れてやってきたのは、先に帰っていたセレナさんと、ルナちゃんのお母さんであるユノさん。


「ルナもほんとゆー君に懐いているね~」

「これならルナをお嫁さんとしてユウキ君に任せても安心かしら?」

 ユノさんの冗談(でいいんだよね?)を耳にするなり、ルナちゃんは顔を真っ赤にして僕から離れた。


「も~お母さんってば~! ルナはそんなんじゃないも~ん!!」


 ムキになって腕をブンブン回すルナちゃんがまた可愛くて。


 そんな微笑ましい様子を見て、僕は改めてこの世界での生活を実感することになった。



        ***


 山一つ越えた先の遠く離れた森にて、巨大な何かが空の彼方から轟音をたてて墜落する。


「痛テテテテ……。畜生ガ……!」


 墜落の衝撃で埋もれた地面からおもむろに抜け出るのは、ひどく太った身体のドラゴンだ。


 彼の名はグラタン、暴食の称号を持ちしファットドラゴンである。


「マサカ俺サマガ負ケルナンテ……!」


 鋭く尖った歯を悔しげにギリリと噛み締めるグラタン。


 その怪力とありあまる魔力にものをいわせてありとあらゆるものを欲しいままに食らってきた彼だが、この日は村での敗北が相当に堪えたようだ。


「アノ小僧ト巨大ナ獣……、絶対ニ許サネエ……!」


 自分よりも小さな存在であるはずの少年と見たこともない大きな獣に力でも魔法でも負けた、グラタンにとってこの事実が受け入れがたいものなのである。


「クソガァ!!」


 腹いせに近くの樹木を豪腕でへし折っていくグラタンだが、突然感じた強大な気配に彼は戦慄を覚えた。


「マサカ、コノ気配ハ!? ――ドコダ!」


「――上じゃよ、うーえっ」


 頭上から届いた幼い女の子のような声に、グラタンはすぐさま見上げる。


「ソノ声ハ、フランヴェルム様!?」


 まなこを震わせるグラタンの前に、一人の少女がおもむろに舞い降りた。


 鮮血のような紅の髪と湾曲した一対の角が生えた頭。

 露出の激しい服装から大胆に見える褐色の肌。

 背中にはコウモリのような黒い翼、尻から伸びるトカゲのような尻尾。

 そして額には赤い結晶のようなものが埋まっている。


 フランヴェルムと呼ばれた彼女はドラゴンの血を宿した人型の魔物、竜人ドラグノイドなのだ。


「ほほう、誰かと思えば父上が暴食の称号とやらを授けたグラタンではないかっ。どれ、こっぴどくやられたようだが詳しく話してみよ」

「ハ、ハイッ。実ハ……」


 先ほどまでの荒くれようが嘘のように大人しくなったグラタンが事の顛末を話すと、フランヴェルムは金色の瞳を見開いて威圧感を放つ。


「ヒイッ!? オ、オ許シヲ~!!」

「人間に喧嘩を売っておいて負けるなど、ドラゴンとしてあるまじき恥なのじゃあ!」


 激昂するフランヴェルムにひざまずきながら恐る恐る弁明するグラタン。


「シ、シカシ。自分ヲ打チ負カシタノハソノ少年ト獣デアッテ、他ノ人間デハナク……」

「それがなおさら問題だっちゅーのに! か弱き童に誇り高きドラゴンが負けてどうするのじゃ!!」

「ハ、ハハ~ッ!」


 フランヴェルムのお叱りを受けて、グラタンはすっかり頭を垂れてしまっていた。


 そうかと思えばフランヴェルムはグラタンの前で踵を返し、背中の翼を広げる。


「ドコヘ行カレルノデスカ、フランヴェルム様?」

「決まっておる、お主を打ち負かしたという童をこの目で見に行くのじゃ!」


 そう宣言したフランヴェルムを、グラタンは慌てて止めようとした。


「フランヴェルム様トモアロウオ方ガ、アノヨウナ小僧ト顔ヲ会ワセル必要ナド……!」

「それを決めるのはわらわじゃ、負け犬は黙っておれ!」

「ハイイッ!!」


 グラタンに喝を入れたところで、フランヴェルムは空の彼方に飛び去ってしまった。

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