第3話 アマチュアの日常

「はああ~……」


 古びた子ども魔術教室のドアに鍵をかけながら、魔術師・メイタロウはため息を抑えられなかった。

 あちこち欠けた赤い積み上げレンガ。かつての駅舎の内側を改装しただけの教室が、今日はいっそう物寂しく見える。


 ここで魔術学の先生を始めて数ヶ月。

 子ども達は懐いてくれたし、教えること自体は楽しいし不満はないのだが、どうにも街の浮つき様にはついていけない。


 数年ぶりに魔術の大会がこの街で開かれるくらいで、そんなに舞い上がらなくてもいいのに。

 いや、みんな舞い上がってはいないかも知れないが、この眼鏡にはそう映ってしまうのだ。

 どうしてかって?

 

 そりゃあこの身が一応魔術師という者に当たるからだ。そう、一応。

 一歩歩き出せば、ダウンタウンの軒先にもちらほら見当たる魔術大会開催のビラ。

 大会開催の告知と合わせ、そこには『出場魔術師募集』の文字が。


 それを見てまた一層ため息は深くなった。


 この世界で魔術師といえば、競技魔術大会で優勝を目指す勝負師のことを指す。

 自分もまさにそれだ。……それのつもりだ。


 しかし魔術師メイタロウ二十四歳。いまだ大会の賞金で食べていけるような身分ではない。

 というかプロじゃないし。最近魔術も使ってないし。


 所属していたアマチュア魔術師チームを脱退し、魔術の修行のためなんて言って仕事まで辞めてしまった。

 もう残されているものは風通しのいい我が家と、フレームがガッタガタの黒ぶち眼鏡だけだ。すぐにずり落ちるんだから、これ。


 力ある魔術師には、大会に出る勝負師という面の他に、もう一つ別の顔がある。

 それは輝ける魔術師組織、『導師院どうしいん』の一員であるということ。

 いわゆるプロというのは彼らのことだ。


 彼らはもう、魔術だけでお金をもらって生きている。

 導師院から給料……この給料というのは元々は国民の税金から出ている……をもらい、己の腕を磨くことだけに専念して暮らしている。

 もちろん腕もちゃんとプロ級だ。だから何も文句は言えない。

 彼らが魔術大会に出れば、アマチュアの魔術師が優勝することはほぼほぼ不可能。

 ゆえに彼らは一般の魔術大会に出ることを許されていない。いつも解説か何かで高い所から見守るばかりだ。


 その魔術師が、この街の大会にもやって来る。しかも今回は、


「本戦からはプロの魔術師が出場するんでしょ? すごいわね」

「相手になってもらってもなあ。どうせ最後にはプロが勝つだろ」


 道はダウンタウンの中ば。

 すれ違う男女は楽しげに大会の噂をしている。


 メイタロウはまた一つ、ふうっとため息をついた。

 そう。今度の大会、予選を通過した者は特別にプロと試合をすることができる。

 トーナメントを勝ち残った強者が、国家に選ばれた強者と戦う権利を得るのだ。


 プロと同じ大会に出られる。アマチュアの魔術師にとって、これ以上胸踊る機会はないだろう。


 しかし何度も言うが何もこの街で大会を開催することはないのに。

 しかもそれに出場するプロの魔術師というのが……。


「チッ、どこに目え付けて歩いてんだ」

「ああ、すいません」


 深く考え事に沈んでいたせいか、目の前が見えていなかった。

 酒場から出てきた男に肩がぶつかって悪態をつかれる。

 ぶつかった衝撃で眼鏡がずり落ちた。


 それを直しながら、こぼれ出る本日十数回目のため息。

 ああ、大会よ、早くこの街を過ぎ去ってくれ。

 そうしないと、そうしないと僕は……。


 纏わり付く街の喧騒を、メイタロウは振り払うように早足で歩いた。

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