第2話
そして、とうとうその日が来ました。
二人は今、ビックジョンの足下に立っています。
「でかいな」
「でかいデスネ」
ビックジョンは周りにあるビルよりも一段と高くそびえた時計塔です。
建設に関わったジョンという人物が、とても背が高かったことからその名がつけられました。
「で、どこから入ればいいんだ?」
「扉があるじゃないデスか」
「鍵が掛かってるだろ」
「ハハハ、僕は怪力なんデスヨ? 一捻りしてやりマス」
ボロは時計塔の扉をバーンと蹴破り、中に侵入しました。
すると、後ろからゾンビもやってきました。
「ああ、もう。お前が大きな音を出すからだぞ」
「申し訳ないデス」
二人は溢れかえるゾンビを無視して階段を上ることにしました。
「ハァー、エレベーターが使えないのが辛い」
「電気ももう作られていませんカラネ」
二人が階段を上り始めてから、30分後。
「ハァー、ハァー、ハァーーーー……」
「もうすぐデス、頑張って!」
「14のガキだぞ、こちとらぁ……」
「ほら、あと一段!」
「ヒィー……」震えた足が、最後の段差にたどり着きました。
「はい、着きました! 頂上デス!」ボロは顔色一つ変えずに、笑顔で両手を万歳します。
「ハァーーーー」バタン。
ロゼッタは床に倒れ込み、ゼェゼェと息を切らしています。しばらく休憩が必要なようです。
「お茶デス」
「どうも」
ボロットは紅茶をロゼッタに入れてやりました。
「うん、旨い」
「ありがとうございマス」
ふと、ボロは人類保管施設で博士達にコーヒーを入れていたのを思い出しました。暇なときに沢山作ってあげたのですが、一言も「美味しい」や「旨い」と言われたことがありませんでした。
ボロはなんだか、不思議な気持ちになりました。途端に彼女との旅路が、名残惜しくなってきたのです。
「……ロゼッタさん」「ん?」
「リセットボタンを押したらどうなるのか、僕にもよく分かっていないんデス。世界中にいるゾンビ達とか、施設の中の眠っている人々とか、それに貴女の記憶とか。博士達に世界リセット機構があるから行けと言われただけなので。
――だから、世界がリセットされた後でも友達になってくれマセンカ」
「……それは気休めの約束だぞ」
「それでもデス。いいデスカ?」
「フフフ。そこまで言えるようになったか」
ロゼッタは無言で立ちあがると、頂上のど真ん中に置いてある白い筒に向かいました。ボロも慌てて追いかけます。
そこにあるのは赤いボタン。
「……ボロ。このボタンを押すのはお前だ」
「エ?」
***
「哲学的ゾンビという言葉がある。まぁ、思考実験だ。端から見て泣くことも笑うこともできる人間に、心を持っていない者がいるとしたら? 心を持っているのは自分だけで、他のすべての人間にはないのではないか?
という感じの話だ。私からすれば考えすぎだと思う。が、哲学ってのはそもそもそういうものだ。無意味かもしれないが、それでも考えたくなってしまうもの」
「は、はぁ」
「哲学ははたして本当に無意味か否か、という議題もよくある。しかし、今回の世界じゃちょっと役に立った。私はその思考実験に感化され、一つの仮説を立てた」
「カセツ」
「魂、感情の揺れ、あるいは精神エネルギー。お前にあって、私には無いもの。おそらくだがゾンビはそれに狙いを付けて襲いかかってくる」
「な、何故デス?」
「自分にはないモノに恋い焦がれているのか。栄養として摂取しようとしているのか。それはよくわからん」
「いえ僕が言いたいのは、どうして僕にソレがあって、貴女には無いんデスカ? 僕はアンドロイド。貴女は人間さん。ソウデショ?」
「そうだ。そうだけど、特異点はお前なんだ」
「???」
「ボロット。人類保管施設にいた間、カプセルを監視していた間、お前は楽しかったか」
「………………イイエ。おんなじ事の繰り返しデシタカラ」
「外に出てからは、どうだった」
「……楽しかった、デス。とてもとても。鹿、海、本、それに星空。施設の中で生きていたら見れなかったはずのものを、見ることができて」
「ああ」
そう、彼こそが
AIが人類を超えたとき、世界は変わる。
ロゼッタはボロの手を取ると、ボタンの上に優しく置いてやりました。
「さぁどうぞ、特異点」
「今回は本当にありがとう、『世界リセット機構』。頼んで良かったです」
「お安い御用。でも、どうしてあの世界をリセットしたんだ? ワクチン出来そうだったんだろ?」
「ゾンビとAIシンギュラリティ。この2つを主軸にしたかったんですが、続きのストーリーが思い付かなくて。そもそも食い合わせが悪かったかも」
「ま、次は上手くやることだな。『心とは何か』っていう裏テーマは感じ取れたから、再挑戦も悪くないぞ」
――世界リセット機構。
それは破壊神達の企業。
創造神達は皆、設定を自由にできる世界を一つだけ持っている。それを上手い具合に発展させていくのが、彼らの仕事だ。しかし上手く行かないこともある。そんなときに世界リセット機構の出番。主人公に成り代わり、主人公のみが押せるリセットボタンを押す。実際は旧主人公に譲ったが。
……だけど、その中の一員である私は、私の心は、ボロ布のように擦り切れていた。
どれほど愛着が湧いても、その世界をリセットしなくてはならないのだから。
どれほど友情を築いたとしても、その世界の人々には忘れ去られてしまうのだから。
「あーあ……。今回の仕事、キツかったな……、精神的に」
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