世界リセット機構

双六トウジ

第1話

「世界リセット機構……」

「はい。そのまんま、世界をやり直すカラクリ、デス」


 おおざっぱなあらすじ!

 ある日、製薬会社レインコートの施設から新種のウィルスに侵されたサルが脱走しました。

 そのサルは近隣の町を襲い、人々に噛みつきました。すると噛まれた人々は、所謂ゾンビになり果ててしまいました。

 そしてそこから、人類は絶滅寸前に至るのです。困った困った。

 そこで世界政府は仕方なく、生き残っている人間をコールドスリープさせることにしました。ワクチンを作ることのできる人材、【博士達】を除いて。


 しかし今日、そのうちの一人であるロゼッタは起こされてしまいました。

 頭にネジが刺さった、陽気な男性型アンドロイドに。


「というわけで、世界をリセットしに行きまショ!」

「おいおい、ワクチン開発はどうしたんだ?」

「ゾンビの襲撃に遭いまして、博士達、み~んなゾンビになりマシタ!」

「……」


 斯くして、二人は人類保管施設の外に出ることになったのです。


 ***


 人類保管施設、車庫にて。

「なぁ。私がついて行って何かメリットがあるのか? 14の子供だぞ私は。適任は他にもうんと沢山いるんじゃないか」

「それはデスね、貴女が完璧な抗体を持っているからデスヨ」

「完璧な抗体?」

「検査の結果分かったんデス。この人類保管施設に入る前に、血を抜かれたデショ?」

「ああ」

「貴女の血でワクチンが作れそうなトコロだったんデスけど、後一歩のトコで博士達、ゾンビになっちゃいマシタ。博士達、僕に遺言をのこしマシタ。ロゼッタというお嬢さんは特異点だから、たぶん機構を動かせるぞって。だから僕、貴女を起こしマシタ!」

「ふぅん。それで、その世界リセット機構はどこにある?」

「ビッグジョンって知ってマスカ?」

「ああ、馬鹿でかい時計塔か」

「はい! この車で五時間走れば、そこに着きマス!」

 アンドロイドが指を指したのは、真っ赤なスポーツカー。

「運転はお前がするのか?」

「ええと、プログラムを確認シマス……、『申し訳ございません、この機体には運転プログラムは搭載されておりません』」女性の機械音声が男性型アンドロイドの体から流れます。

 どうやらアンドロイドには運転は無理のようです。

 ロゼッタはため息混じりにこう提案します。「仕方ないな、私が運転しよう」

 ロゼッタは車に乗り込み、挿しっぱなしのカギを回しました。

 ピー、ピー!『免許を提示して下さい』『免許を提示して下さい』

 車から、さきほどと同じ声色の機械音声が流れます。

 ロゼッタは14歳なので、もちろん運転免許など持っていません。

「車もアンドロイドもポンコツじゃねぇか」

 結局、二人は歩いてビッグジョンに向かうことになりました。


「スミマセン、歩きになってしまって」

「お前自転車も乗れないのか」

「そういうプログラム、入ってないノデ……」

 ビッグジョンには歩きで一ヶ月ほど。その間の食料やキャンプ道具等を大きなバックパックに詰め込み、アンドロイドに背負わせます。

「二人だけのロードムービーか。登場人物が少なすぎて、退屈しそうだな」

「ええっと、トランプ持ってきてマス」

「いらんわ」


 ***


 二人はビックジョンに向かう途中に訪れた、すっかりぼろぼろのビル街を散策してみることにしました。

 そこにももちろんゾンビはいて、うなり声を上げています。

 あ~~、あ~~~~……。

「ふん」

 ゾンビが腐った手足でゆっくり進んでいるのを、ロゼッタは近くで見守っています。ゾンビは彼女の方を見る気配はありません。

 ロゼッタはふと考えます。彼らの行き先は、天国か地獄か。ちっぽけな哲学です。

(彼らは他者を噛み殺し同族を増やした。それは罪。

 けれど諸悪の根元はウィルス。いや、製薬会社レインコート? それなら罪はなくなるのだろうか。

 あるいはジャックオアランタンのように、天国にも地獄にも出禁を食らうか?)

「ゾンビさん、人間さんにはすぐ襲いかかってくるのに、ロゼッタさんには興味なさげデスネ」横からアンドロイドが話しかけてきました。

 しかしロゼッタはそちらを向きません。興味がないからです。

「完璧な抗体とは、そういうことらしいな。奴ら、私に対して食欲が湧かないんだ」

「食欲……。つまり、僕はおいしく見えるってことデスカ?」

 ロゼッタが彼の方をようやっと見ると、一体のゾンビに頭から齧られていました。

「痛みはあるか?」

「痛覚は搭載されてイマセンが、邪魔デス。取ってくれマセンカ」

「……」


 ***


「人間さんがいない方が、地球環境に良いって聞いたことアリマス?」

「……急に不穏なことを言うな、アンドロイドが」

「ハハハ! AIの反逆なんてただの妄想デスヨ。ワレワレは人類がいなければ存在価値がアリマセンから」

「じゃあ何だ、さっきの台詞は」

「見て下さい、あの鹿を」

 朝日を浴びて颯爽と生い茂る林の中、二人は遠くに鹿を見ていました。

 親子でしょうか、大きなものと小さいものが寄り添って、こちらを警戒しています。

「データベースで閲覧したことがアリマスが、リアルでは初めてデス。人間さんは畑を守るため、鹿や猪を殺したり、近寄ってこないように罠を張ります。あの鹿達は、人類が停滞している今この状況でなければ死んでいたかもしれません」

「だな」

「でも、たまにはお肉が食べたいんデスよね?」

「ああ、携帯食料は少々飽きた。新鮮なものが欲しい」

「分かりマシタ」

 アンドロイドは鹿に向かって腕を伸ばすと、その手の平に穴が開きました。

 そして銃声が林の中に響いたのです。

「便利だな、お前の腕」

「エエ。ゾンビになった博士達もこれでイチコロデシタ」

「……」

「あら、どうしマシタ?」

「悪かった。こういうのはもう頼まないよ」

「え、何故デス」

「嫌な顔してたから」


 ***


「そういえば、ロゼッタさんには僕のお名前を教えていませんデシタ」

「聞いてなかったからな」

「普通、訊くものではアリマセンカ? しばらく一緒にすごす仲間になるのに」

「仲間じゃない。お前の言うしばらくなんて私にとっては一瞬のことさ」

「オオッ! これが俗に言う中二病というやつデスカ。興味深いデス」

「喧しいロボットだ」

「ムム!  僕はアンドロイドデス、ロボットと言うのは禁句デスヨ!」

「そうか」

 それから、ほんの少しの沈黙がありました。

 ロゼッタは笑ったり泣いたり怒ったりをしません。ただ淡々とビッグジョンまでの道のりを進んでいくだけ。

 アンドロイドにはそれが少し不思議で、「人間さんってこんなものなのかな?」と思いました。

 でもやっぱり、人に奉仕するために生み出された存在として彼女と仲良くしたい。

 彼は一歩勇気を踏み出しました。

「あ、あのォ」

「なんだ」

「お名前、尋ねてくださいマセンカ? 仲間じゃなくてもいいデスカラ」

「……それで、お前の名前はなんていうんだ」

「……! 僕の名前は、ボロット! デス!」

「う~ん、味わい深いな」

「美味しいですか?」

「そういう意味じゃない」


「ボロ、おいで」

「はい」

「ボロ、そこらへん見たいなら見てきていいぞ」

「は~い」

「ボロ、お前またゾンビと遊んでいるのか。困った子だ」

「う~ん。ロゼッタさん」

「何だ?」

「僕、愛玩用ではないので、ペットみたいに呼ぶのはどうかなと思いマス」

「誰か気にする者はいるのか? ゾンビだらけのこの世界で?」

「……いないデスけど」


 ***


 ざざーん、ざざーんと波の音。

 二人は海に来ていました。どうしてもボロが見たいというので、寄り道です。

 不思議なことに、周りにはゾンビは一つもいません。塩には弱いというのが悪霊のルールですが、ゾンビもそうなのでしょうか。

「わーははは、すごい音デスね!」

 その日は風が強めの快晴、青空の下で波が激しく鳴っています。

 ボロは波に素足を入れて遊び、それを浜の方からロゼッタが眺めています。

「海って、冷たいデスね! 僕初めて知りました! 不謹慎デスが、施設の外に出れてよかった!」

「おい、錆びたりしないのかお前」

 ざざーん。波音がお邪魔をします。

「え!? スミマセン、今何て言いましたカ!?」

「だから、錆びたりしないのか」

 ざざーん。

「ええ!? 聞こえませんヨォ!」

 ざざーん。

「だーかーらー! 錆びないのかぁ!」

「あ、ああ! 大丈夫デスヨ、僕は防水仕様デス」

「今何て言った? 波音がうるさすぎる」

 こんな感じで二人が聞こえにくい会話をしていると、大きな波がボロの背後に迫りました。

 ざっぱーーーーん。

 冷たい壁に包み込まれたボロは、びしょびしょになりました。

「故障しないかー!?」

「さ、最新鋭なので、だいじょう……くしゅんっ!」

「アンドロイドがくしゃみすんのか」

「ヤバいデス! 機体の中に、水が入りマシタ!」

 その日は一日中、ボロを乾かすのに専念しました。


 ***


 二人は訪れた町の本屋に入ることにしました。

 ボロがどうしても、データベースにあったもの以外の情報が欲しいとねだったからです。

「ゾンビ! ゾンビについて書かれた本は無いデショウカ?」

「……なんでそんなの欲しがる? 私たちは今から世界をリセットするんだろう? 今更対処法を知ったって意味はない」

「それはそうデスけど、でもリセットする前に知りたいデス。僕と貴女の違いについて」

「うん? ……ああ、どうして人間である私が襲われず、アンドロイドであるお前が噛まれるのか、ということか。確かに奇妙ではあるが、どうして今なんだ」

「なんていうか、最近僕おかしいデス! 何でもかんでも、知りたくなってしまって!」

「ふーむ。人間の世界じゃそれを、知的好奇心と言うが」

「おお、知的好奇心! これが! あ、ロゼッタさん、それゾンビって書かれてマス!」

「んん……」

 ロゼッタはボロが指を指した本を手に取りました。本の題名は『哲学的ゾンビとは ~目には見えない魂~』です。

「こりゃ哲学の本だ、お前の知りたいものではないとおもうぞ」

「あら、そうデスカ~」

「まぁいいや、旅の道中読むとしよう」

 そうして二人は本をいくつか見繕ってバックパックの中に入れました。


 ***


 星空がよく見える夜。

 二人はビルの屋上で寝泊まりをすることにしました。普段は屋内でテントを張って寝るのですが、

「アレが牛乳を注ぐ女星座デスネ! ああっ、アレはピザ回し星座!」

 ボロが星座を見たいというので、今夜は特別です。

 しかし星が綺麗だとボロが散々騒ぐので、ロゼッタの眠気は萎んでしまいました。

「なぁボロ」

「なんでしょロゼッタさん」

「寝れないから、何かお話ししてくれないか。子供にするように」それは星座の話に飽きたロゼッタの策でした。

「う~ん、お話デスカ。絵本は持ってきていませんデスカラね~」

「何でもいい。例えば、お前の製造秘話とか」

「製造秘話デスカ」

 ボロは少し間をおいてから、ぽつりぽつりと話し始めました。

「博士達はデスねー、僕をコールドスリープした人々のお世話係として作ったんデスよ。寝てる間に腐らないよう、カプセルを監視するために」

「ほう。だが今お前は外に出ているな」

「それはもう、仕方ないトイウカ。リセットしてしまえば人類は皆救われるそうなので。博士達の遺言デスシ」

「ふぅん。それにしてもボロ、お前はアンドロイドにしては愛嬌がありすぎる気がするな」

「あ、それ博士達にも言われました。お世話ロボットの残骸を組み合わせたからでは、トカナントカ」

「ああ~。そういや最近はトラえもんみたいなのが流行ってたっけか。私の近所じゃ見たことないが、友達と同じ感覚で仲良くなれると富裕層で好評だとか」

「へえ! ということは、僕ら友達になれるってことデスカ!」

「……ビックジョンに着くまではな」

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