救出劇
救出劇-1
スマートフォンから、メッセージの着信を告げる音が響き、佳音はびくりと身体を震わせた。
『そろそろ時間だ。』
小野寺からのメッセージは端的な物だった。
病室に入るとき、佳音は小野寺に今から入室する旨を伝えていた。面会時間は十五分と決められている。十五分経ったら、消灯台に病院のパンフレットを置き、実家には寄らずに帰宅する。母親には電話で転院を促すようにと言われていた。
佳音は鞄から茶封筒を取り出した。その封筒が、ブルブルと震えている。
この病院に入ったら、節子は死ぬまで身体拘束をされるのだろう。
そんなことを勧める自分が、恐ろしくて仕方がない。
自分を心から愛してくれた祖母。いや、自分だけでは無い。誰の事も無条件で受け入れ、その悩みを受け止めて道しるべのような言葉を返していた祖母は、地域の皆から愛されていた。
その人の人生を罪人のような姿で締めくくろうとしているのか。
この手で。
しかし、小野寺のいうことに間違いがあるはずがない。小野寺は心から自分のためを思い、この選択を促している。
従わなくてはいけないという気持ちと、抗う気持ちが激しく交差する。天井がぐるぐると回り、頭がしびれ、視界から急速に色彩が失われていく。
佳音は世界から自分が切り離されたような感覚に陥った。身の置かれている世界は絵本の中の出来事で、しびれた思考がすっと離れた場所から無関心に絵空事を眺めている。
スマートフォンがまた軽々しい音を立てた。
『病室を出たのか?報告をしなさい。』
その文字を見て、佳音はロボットのアームを動かすように腕を上げ、消灯台に茶封筒を置いた。
駐車場に出ると、自分の車に寄りかかって波子に電話をかけた。
「佳音?」
耳元で、弾むような母の声がする。
「ばっちゃんのお見舞い、してきたよ。」
そう伝えると、母は安堵の息をついた。
「そう。ばっちゃん、喜んでたでしょ。晩御飯、何食べたい?」
母の嬉しそうな声を受け取り、耳や頭がびりびりとしびれた。言葉は自然と口をついて出て行く。
「家には寄らない。今から帰る。」
母が落胆の声を上げた。
口は事務的な口調で言葉を続ける。
「病院、変わるほうがいいと思ってパンフレットを置いておいたから。明日にでも、手続きをして。師長さんが、知り合いの病院のベッド、押さえてくれたから、できるだけ急いでね。」
「本当?よかった。救急車で運ばれたから仕方なくあの病院にいるけど、できたらもっといい病院で診てもらいたいと思ってたのよ。さすがだね。」
勧められた病院が、今よりも良い場所だと信じて疑わない、安堵と感謝と喜びが入り交じった声。
「佳音、ちょっとでもいいから顔見せなさい。お茶くらい、飲む時間あるでしょう?」
「ごめん、急ぐから。」
せがむような声を振り切るように、電話を切った。
家に帰る。
次に自分がするべき行動を身体が自動的に行なおうとしている。しかし、運転席のドアに手をかけると、飛び上がるほど驚くことになった。
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