及第点-2
A1サイズの図面を張り付けたホワイトボードの前に、片倉が腕を組んで立っている。
美葉はその斜め後ろに立ち、なかなか出てこない言葉を待っていた。美葉の両脇に一恵と見奈美が立っていて、一通り称賛の言葉を言い終えた所だ。佐緒里は自分の机から、皆の様子を冷静な表情で眺めていた。
「……まぁ、エエんと違うか?」
片倉がぼそりと言った。
メモを片手に、小言のような指摘を書き留める準備をしていた美葉は自分の耳を疑った。
「エエんと、違うか……?」
今、そう言ったのだろうか。
思わず口の中で片倉の言葉を反芻する。
エエ。
それは、間違いなく認めるということを表す言葉だ。否定か肯定かと問われれば、肯定を示す言葉であることは間違いが無い。
本当に、片倉の口から出た言葉なのだろうか。どうしても信じることが出来ず、美葉は片倉を凝視した。耳にかかる銀色の眼鏡フレームは、一点の曇り無く綺麗に磨かれている。
はっと片倉が頭を上げた。くるりと振り返った鼻の頭に深いしわが刻まれている。心なしか頬が赤い。
「褒めたんと違うで。まぁ、及第点やと言うただけや。」
「及第点はもらえたってことですか?」
美葉の言葉に、片倉は渋々頷く。
「まぁ、な。」
「やった!」
美葉は思わず右手にこぶしを作り天井に突き上げた。
初めて、一発OKをもらえた。片倉に認めてもらった。嬉しくて、胸がジンと熱くなる。
「及第点やからな、あくまでも。」
コホンと咳払いをしてから、片倉が眼鏡を指で押し上げた。
「お前はすぐに図に乗るからな。認められたとか褒められたとか思って、思い上がるなよ。お前は褒めたらあかん奴や。すぐに自分の能力を過信する。そもそもずぶの素人が独学でデザイナーになろうなんておこがましいこと思いつき、北海道から京都くんだりまでやって来るか?普通。根っからの自信過剰な自惚れ屋はほめて伸ばしたらロクな事あらへん。」
「え、だからこその厳しい評価だったんですか?今まで。」
美葉の言葉に、片倉の顔が真っ赤に染まる。その顔を隠すようにふいと前を向いた。
「極めて妥当な評価を与え続けていたにすぎん。」
ふん、と鼻を鳴らす。
「……分かりましたよ、次は、その妥当な評価で片倉さんの口から誉め言葉、頂きますからね。」
つんと奥が痛くなった鼻をふんと鳴らし返した。
佐緒里が、頬杖をついてにやにやと笑っている。
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