【緑のたぬき】を推す狐と【赤いきつね】を推す狸の大晦日
佐倉海斗
【赤いきつね】と【緑のたぬき】が大好きな狐と狸
12月31日は忙しい。
昔は年越し蕎麦を湯がいていたけれども、今はお湯を注いで五分経てば美味しい【赤いきつね】が、三分待てば、これまた美味しい【緑のたぬき】といったカップラーメンが食べられる。それだけで十分な量と味。美味しく食べて大満足ができると知ってしまったあの日から毎年買い続けている。
「狐さん。狐さん」
大掃除を手伝ってくれている狸は【緑のたぬき】が好きだ。
毎年、毎年、手伝ってくれている気のいい狸。私は【赤いきつね】がなによりも好きだけども、今年こそは狸を喜ばせる為に【緑のたぬき】を準備した。
きっと喜んでくれるだろう。
三分経てば食べられる。それなのにとても美味しい。
何度食べても美味しい。飽きることのない幸せの味。
そうやって【緑のたぬき】を絶賛する狸の嬉しい顔が見たくて、今年も年末の大掃除を手伝わせてしまった。
「これはどこに置くの?」
「それはあっちに置いてもらえる?」
「わかったよ。ちょっと運んでくるね」
狸は小さい。豆狸だ。
身体の大きさに似合わない大荷物を抱えて運んでいく狸の手伝いはしない。
私は私で忙しい。狸の手伝いをしようとすると狸の機嫌を損ねるというのは、何年も前に体験した。
狸は私を喜ばせるのが好きだ。
私も狸を見ていると喜ばせたくなる。
「終わったよ」
狸は汗をかかない。
私の涼しげな顔とは大違いの愛嬌のある顔だ。
「ありがとう」
私の部屋は綺麗になった。
年が明ける前には綺麗にする。そして一年間、色々な汚れや物で溢れた部屋になり、また来年の年末にはこうして狸と一緒に年を越す。
「夕ご飯にしよう」
私が声をかけると狸も座布団に座った。
狸の座布団は【緑のたぬき】の見た目に似せた。私が作った。
私の座布団は【赤いきつね】の見た目に似せてくれた。狸が作った。
狐と狸は化かし合うと言われているけれども、仲が悪いわけではない。私たちは仲良し狐と狸だ。
こうして一緒に食べるご飯は特別な美味しさになるのを知っている。
「あっ、待って」
私が【緑のたぬき】を机に並べようと思っていると、狸は鞄の中に手を入れていた。
きっと、私が【赤いきつね】を用意していると思って【緑のたぬき】を持ってきたのだろう。今日は同じものを食べられるように準備をしてあるのだ。
驚く狸の顔を見てみるのも良いだろう。
「【赤いきつね】を一緒に食べよう!」
狸が私の前に置いたのは【赤いきつね】だった。
「いやいや。どうして【赤いきつね】? 君は【緑のたぬき】が好きだろう?」
私は慌てて【緑のたぬき】を机に置く。
それを見て、狸は真ん丸の目をさらに丸くした。いやいや、驚く顔は見たかったけれども、私だって似たような顔をしているような気がする。
「私は【赤いきつね】が好きだよ!」
無理のある顔だ。
狸も【赤いきつね】を食べている時がある。
私が【緑のたぬき】を食べている時があるのと同じだ。
それでも大晦日の日だけは【緑のたぬき】がなによりも美味しいのだと散々言っていた。
「私だって【緑のたぬき】が好きだ」
【緑のたぬき】を食べている狸が好きなのだ。
「【緑のたぬき】は小エビの天ぷらが乗っているんだよ? まるで作り立てのような美味しさの天ぷらで、香ばしいのがたまらないんだ」
私よりも【緑のたぬき】の美味しさを知っている狸は【緑のたぬき】を手に取るだろう。そうあるべきだ。
好きなものを好きなだけで食べてほしい。
私は【緑のたぬき】を狸に押し付ける。
「それを言うなら【赤いきつね】は味のしみた最高に美味しい大きなお揚げが入っているよ。コシのあるうどん、風味豊かな汁。どれをとっても最高だよ」
狸も負けじと【赤いきつね】の美味しさを訴えてきた。
知っている。知っているとも。
私は【赤いきつね】がなによりも好きなのだから。
「まるで手作りのようなカツオだしが利いている汁は最高だろう!?」
ここで引くわけにはいかない。
今日はなんといっても私が用意した【緑のたぬき】を狸に食べさせると決めたのだから。
「それは【緑のたぬき】だけの話じゃないよ」
狸は【赤いきつね】を開けた。
入れると美味しさが増す七味付きの粉末スープをお揚げの上にかける。それだけで思わず息を飲んでしまう。
美味しいだろう。
美味しいのはわかりきっている。
後はお湯を注いで五分待つだけで幸せな時間を楽しめる。それなのに狸はお湯を注がず、私の前に置いた。
「我慢せずに【赤いきつね】にお湯を注いでいいよ?」
これは狸の作戦だ。
私に【赤いきつね】を食べさせようとする狡賢しい狸の罠だ!
「狸だって!」
私は【緑のたぬき】を開ける。
粉末スープを開け、【緑のたぬき】に入れる。後はお湯を注ぐだけの幸せの味の完成だ。
それを見ている狸は涎をハンカチで抑えようと必死になっている。
「我慢は良くないと思うんだ」
私は狸に【緑のたぬき】を食べさせたい。
狸は私に【赤いきつね】を食べさせたい。
「私は【緑のたぬき】をおすすめするよ。ぜひとも、この美味しいカップラーメンを狸に食べてほしい」
お湯を注ぐ。
それから狸の前に置いた。
「それなら、私も」
狸は私の前に置いた【赤いきつね】を手に取り、お湯を注ぐ。
適切な量がわかるようになっているのも【緑のたぬき】と【赤いきつね】を美味しく食べられる秘訣だ。
「私も狐さんには大好きな【赤いきつね】を食べてほしいよ」
「……そこまで言うなら仕方がない。私は狸がおすすめしてくれた【赤いきつね】を食べるよ」
「うん。私は狐さんのおすすめの【緑のたぬき】を食べるね」
誰でも簡単にできるのに、誰でも美味しく食べられる。
これを知らない狸や狐はいない。
みんな、人に化けて買いに行くのは【赤いきつね】か【緑のたぬき】だ。
他のカップラーメンも買いつつも、好物の【赤いきつね】と【緑のたぬき】だけは欠かすことのないようにしている。
「三分経った?」
「もう少しだよ」
狸は【緑のたぬき】が食べたかったのだろう。
落ち着きなく時計と【緑のたぬき】を交互に見ている。
「まだ?」
「まだだよ」
三分はあっという間だ。
そして、狸が【緑のたぬき】を美味しく食べている顔を見て待っている残りの二分間も幸せだ。
「三分経った!!」
「うん。三分になったよ」
狸は待っていたと言わんばかりに残りの蓋を開ける。
箸を持つ手が可愛い。幸せな顔を見れて嬉しい。
狸は私が見ていることに気付かない。幸せそうに【緑のたぬき】の蕎麦を食べる。その顔が何よりも見たかったのだ。
「【赤いきつね】が美味しい」
五分経った。
私は迷うことなく、うどんを食べる。大晦日は蕎麦を食べるのだと主張する奴もいるが、私はうどんだって良いと思う。
美味しく食べて、楽しく過ごして、それがなによりだ。
「【緑のたぬき】も美味しいよ」
狸は幸せそうな顔で言った。
「ふふふっ」
その言葉を聞いて笑ってしまう。
幸せな顔をしている。【赤いきつね】が美味しいのだと主張していたのが嘘のように【緑のたぬき】を頬張っている。
「美味しいね」
「うん。美味しいね」
二人で並んで食べるといつもより美味しい。
私は狸のおすすめの【赤いきつね】。
狸は私がおすすめの【緑のたぬき】。
去年の大晦日と食べているものは同じ。それなのに今年も幸せで、来年も幸せが続くと思わせてくれる最高の味だ。
【緑のたぬき】を推す狐と【赤いきつね】を推す狸の大晦日 佐倉海斗 @sakurakaito
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