彼と私とアンドロイド
滝野れお
第1話 うちのアンドロイドが変なのです!
ピピピピピピピピ
電子音の目覚まし時計が鳴る。
たぶん、何度目かのアラームだ────そう気づいた瞬間、
「紗香! 起きた?」
ノックもなしにドアが開いて、ケインが入って来る。
六時四十五分。憎らしいほど時間通りだ。
(はぁ~、間に合ったぁ)
危うかったが、着替えを見られないで済んだ。ホッと安堵の息を吐く。
こんな風に恥ずかしがるのはおかしい。だってケインはアンドロイドだ。
紗香が中学生になるタイミングで買い替えた〔見守り用アンドロイド〕は、もう六年近く紗香の近くに居る。
ちなみに、黒目黒髪と日本人離れした彼の容姿は、イケメン好きの母が選んだものだ。彼の着る服も全部母が選んでいる。今日はグレーの大き目ニットにジーンズ姿だ。
(アンドロイド相手に何やってるんだろう)
馬鹿らしいとは思うが、一度恥ずかしと思ってしまったらどうしようもない。
そもそもケインがおかしくなったのがいけないのだ。
今までは紗香が出かける時間に起動していたのに、最近は起床時間から紗香の周りをうろつき始める。AIの故障なのか、人格もだいぶ変わったような気がする。
紗香が彼に着替えを見られたくないと思いはじめたのも、その頃からだった。
「ぐずぐずしてると遅刻するぞ。まだ髪を梳かしてないじゃないか」
ケインがブラシを手に近寄って来る。
紗香はさっとケインをよけた。急いで部屋を出なければ、またつかまってしまう。
「い、いいの! 顔洗ってから自分で梳かすよ!」
「顔洗う時は髪をくくるだろう? 時間の無駄だ。俺がやってやる」
強引に椅子に座らされ、ケインの手が紗香の長い髪を梳いてゆく。彼は器用だ。あっという間に長い髪は編み込まれて一本の三つ編みが完成した。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
にっこりと微笑むケイン。
言葉遣いは乱暴だが笑顔はとびきり優しい。正直心臓に悪いほど。
今までの彼はこんなじゃなかった。
そもそも彼は、自分の事を「俺」と言っていただろうか。いや、違う。確か「私」と言っていたはずだ。
言葉遣いも丁寧な「ですます調」だった。
では、いつから変わったのだろう────思い出せないが、少なくとも二週間前までは普通だった気がする。
「ほら、行くぞ!」
朝食を終え、バタバタと学校へ行く支度をして玄関に走ると、ケインが手を差し出して来る。その慈愛に満ちた目を見て、紗香は頬を膨らませた。
「あたし、小学生じゃないから。お母さん行ってきまーす!」
奥に居る母に声をかけて玄関を飛び出す。冷たい風が襟元に忍び込んできて、ブルッと首を縮めた途端、マフラーでグルグル巻きにされた。
「おまえは風邪ひきやすいんだから、気をつけろ」
「うう……」
ケインは紗香専用のアンドロイドだ。当然、彼女の趣味嗜好も健康状態も把握している。
紗香の抵抗も虚しく、いつの間にか彼女の右手はケインの左手に収まっていた。
(おかしい……絶対におかしい)
いつからケインはこんなに人間臭くなったのだろう。
この世には、あらゆる場所にアンドロイドが
少子化に加え、多様化する様々な犯罪から子供を守るために、未成年の一人歩きが禁止になったせいだ。
あまり聞いたことはないが、他のアンドロイドも年数が経つとおかしくなってくるのだろうか。紗香が小学生の頃に使っていたアンドロイドは六年で買い替えたけれど、あれは最後まで安定していた。単に中高生用に買い替えただけだ。
(どうしてなのぉ?)
ケインと手繋ぎ登校しながら、紗香は叫び出したい気持ちだった。
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