<case : 48> farewell - 終焉

 ナタリが見た爆発は、ヴェルたちのいるすぐ近くの部屋で起きていた。


「漏れ出した〈カオティック・コード〉が、ボイラー室の計器を狂わせたらしい……」


 身体のほとんどが怪物と化したアイザックが言った。アイザックの身体に同化してしまった〈第三の知性〉が、篠塚の意思で取り込まれまいと足掻いているが、最早どうにもならない。


「さあ、行くんだノア。もう時間がない」

「ノア、行こう……」


 ヴェルが言うと、その身体を支えているノアの頬を、一筋の涙が伝っていく。


「こんなのって……ないよ」

「ああ。俺もそう思う。だからこそ、君はここで死んじゃいけない」


「でも、嫌。せっかく会えたのに……」


 篠塚は〈第三の知性〉で巻き返すことを諦めたのか、三人に背を向けて、辛うじて生きているシステムを一心不乱に操作していた。


 やがて準備が整ったのか、白衣からヴェルもノアもよく知る黒いケーブルを取り出し、自分の首元に埋め込んだ端末の挿入口と、システムに繋ぎ込む。


「まずい、父は人格転移で逃げる気だ!」


 アイザックの叫びに反応して、篠塚が振り返る。


「息子よ! いや、アイザック。妹との感動の再会を見させてもらったよ。その間に準備を整えることができて感謝している。そして、ノアと蒼井ヴェル。私にとって計算外の因子、見事に計画を狂わされてしまった……。この反省を次に繋げるとしよう。君たちがいない時代でね!」

「待て!」


 アイザックの制止を笑い飛ばしながら、篠塚が勢いよくキーを叩く。


「……なぜだ? なぜ転移が始まらない!」


 篠塚は、モニタの数列を確かめると再度、乱暴にキーを打ち付ける。しかし、先と同じように人格転移が始まる気配はない。


「な、なぜだ! なぜだなぜだなぜだ! プログラムは完璧だ、なぜ処理が走らない!」

「どうなってる……」


 半ば発狂する篠塚を見て、アイザックも何が起こっているのか理解ができない様子でいる。


「俺だ」


 声を挙げたのはヴェルだった。


「倒れる前に、その機械に蒼い弾丸を撃ち込んだだろ。あれには、お前の人格転移を無効化するアンチ・プログラムが刻まれている」

「何だと? ……はは、バカも休み休み言うがいい。お前たちにそんな技術が……」


「ああ、俺たちにそんな力はない。夕霧博士がお前を捕まえるためにくれたんだ」

「ゆ、夕霧……だと?」


 夕霧博士の名を出した途端、篠塚が固まる。


「夕霧博士は、このドームの深部に秘密研究施設を造って、そこで暮らしていた。不運な崩落で死んでしまったけれど、彼女を模倣したAIが生きていたのよ」


 ノアが補足し、篠塚を睨みながら続ける。


「夕霧博士は、二百年の時を経て、肉体を失ってなお、あなたを捕まえようとしていたのよ!」

「投降しろ、そうすれば……」


「だ、黙れ! 投降などするものか!」


 その時、今度は上の階で爆発音が聞こえ、天井の配管が次々と破裂する。圧縮されたガスが甲高い音を響かせながら吹き荒れ、崩壊の音とともに上階から大量の資材が落ちてくる。


「危ない!」


 アイザックは腕を伸ばして、ヴェルとノアを突き飛ばす。


 破裂した配管と資材の塊は、それまで二人がいた場所に勢いよく落ちて、篠塚とアイザック、そしてヴェルとノアを分断する。


「アイザック!」


 積み重なる残骸の隙間からノアが叫ぶ。


「ノア! お別れだ。最後に会えて本当によかった。最初、この時代に目覚めた時は絶望しかなかった。でも、父に操られるままだった僕を、一人の女性が変えてくれた。彼女が逞しく生きるドームの未来は、そこに住む人間たちと、そしてマキナスたちが、手を取り合って切り開いていくべきだと気付かせてくれた……」


 ゆっくりと、アイザックがノアの方を振り返る。ヴェルは、怪物として変わり果てたアイザックの姿の向こうに、元の青年だった彼を見る。


「ノア。君は生きて、このドームの未来を守ってくれ。そして、ヴェル。妹をよろしく頼む」

「アイ──」


 再び残骸が落下し、ヴェルがノアを抱えるようにして後ろに飛び退く。


「ノア、辛いだろうが、恐らく時間がない。行けるか?」


 そう言いながら、ヴェルがノアの手を取る。ノアは涙を拭くと、小さく頷いてヴェルの身体を支えながら部屋を後にする。


 一方、アイザックは崩落で退路を塞がれ、袋小路で震えあがる篠塚に一歩ずつ近づいていく。


「や、やめろ。息子よ……。何が望みだ?」

「終わらせることです、この旅を。この時代に、僕らの席はありません」


「さ、させるかぁ!」


 篠塚の叫びに、すでに身体の半分以上を取り込まれている〈第三の知性〉たちが残った手足でアイザックの身体に攻撃を加えるが、硬質化した皮膚はいかに〈第三の知性〉でも突き破れない。


「ぐっ……おおおおおっ!」


 アイザックが〈第三の知性〉の抵抗を跳ねのけ、肥大化した腕を篠塚目掛けて突き出す。腕は肘の部分からズルズルと引き摺るような音を立てながら伸び、篠塚の身体を掴む。


「や、やめろおおお」


 叫ぶ篠塚を、アイザックの腕が締め上げる。


「終わりです。父さん」

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