<case : 31> the third child - 第三の知性

 最下層の外れの、そのまた外れ、一番端にある街──先鋭街。


 かつて、ドーム空間の施工前に、街を覆う特殊素材が本当に〈外の世界〉の致命的な環境破壊要素を遮断できているのか、その検証のために造られたという、最北端の実験街。今はほとんど誰も住んでおらず、ドームの住民たちからも忘れられた街。


 レイカは、クシナダ配達の顧客リストから得た情報で、アイザックの荷物の送り主の住所を尋ねようとしていた。『荷物の中身は聞かない、調べない、詮索しない』という、クシナダ配達の理念に反してでも、レイカはもう一度アイザックと会って、彼の無事を確かめたかった。


「先鋭街東ノ辻三ノ瀬……」


 おぼろげなネオンの灯りだけを頼りにしてしばらく走り続けていると、ようやく残骸が途切れて、開けた平地に出る。自転車で来るにはかなり堪える距離だった。


 道の終わりに、小型の研究所のような建物が見える。どうやら、あれが目指している住所のようだ。少し離れたところに自転車を停めると、徒歩で建物にゆっくり近づいていく。


「第六……何だろう?」


 看板の字は掠れていて、それ以上読めそうにない。


 周りを見て、誰もいないのを確認し、門の隙間から足を踏み入れる。せっかくここまで来たのだから、せめて何か収穫を得て帰りたい。


 崩れかけの木製ドアは、施錠されておらず簡単に開いた。長期間、換気されていないからか、かび臭い匂いに咽そうになりながら、口元を抑えて中に入る。


「えっ?」


 中は、机と椅子が並んでいて、事務的な仕事をする者たちのスペースのように見える。手前の机には、アンティーク調のランプが置かれていた。ランプは煌々とした光を灯している。


「誰かいるの……?」


 もしかすると、送り主かもしれない。けど、違ったら……? 最下層では、皆正式な住所を持たない。別の者が住みついていてもおかしくない。


 奥のドアを開けると、上と下へ続く階段があり、間から見下ろすと下の階から薄っすら灯りが漏れている。レイカは、音をたてないようにゆっくりと下へ降りていく。


 降りるにつれて、話し声のようなものが聴こえてくる。やはり誰かいるのだ。階段を降り切ってドアの横まで行き、背をつけて中の声に耳を傾けるが、うまく聞き取れない。レイカは覚悟を決めると、見つからないよう慎重に中を覗き込む。


 地下は思ったより広い空間だった。中央に光源があり、それがぼんやりと外まで漏れているらしい。そこには四人の男がいて、三人が立ち、一人が膝をついてうな垂れている。


 膝をついている男は髪を剃り、上半身裸で腕を拘束されており、身体にたくさんのコードが直接接続されていた。意識がないのか、目を閉じたままピクリとも動かない。


 今度は立っている男たちに目を向ける。その中の一人を見た時、レイカの心臓は木槌で打たれたように高鳴った。


 そこにいたのは、アイザックだった。


 白衣を着て、後ろで髪を結び、眼鏡までかけていたので、最初は一瞬似ているだけで別人かと思ったが、見間違いではない。


「……始めて下さい」


 アイザックがそう言うと、傍にいた別の男が、膝をつく男の腕を取って注射を打った。その注射器には、例の赤い液体が入っているのが見える。


 薬を投与したのを確認すると、もう一人がコードが繋がれている機械の方へ歩いていき、備え付けられたキーボードを叩く。やがて、最後のキーを叩く音が鳴ると、お腹の下が微かに震えるような、低い機械の振動音が響いた。


 やがて、振動音が鳴りやむと、何の音もしない静かな時間が流れる。


「……失敗か?」


 立っている男の一人が、低い声で言う。


「いや、待って下さい」


 アイザックが、自身も膝をついて、男の顔を覗き込む。


 すると、膝をついている男の目が、ゆっくりと開いていく。


 その色は、人間とも、マキナスとも違う、金色。


「おお……」


 男たちから、感嘆の声が漏れる。アイザックは、金色の目を持つ男に繋がれたコードを外していく。男はゆっくりと立ち上がると、ぼうっと虚空の彼方を見続けている。


「おそらく完成です」


 アイザックが告げる。


「素晴らしい……。これが〈第三の知性〉か……」


 その時〈第三の知性〉と呼ばれた男が、顔をゆっくりレイカの方に向けた。まるで、そこにレイカがいたのを最初から知っていたかのように、自然に。


 その金色の瞳に突然射抜かれて、得体のしれない恐怖が、レイカの全身を震え上がらせる。その拍子に体勢を崩し、その音が空間に響く。


「誰だ!」

「女だ、女が隠れてるぞ!」


 アイザックの隣にいた男たちが叫び、傍に走ってくる。レイカは恐怖で足がすくんでしまい、逃げようにも逃げられずその場にへたり込む。傍まで来た男たちに、強引に腕を掴まれて立たされる。


「い、痛い……!」


 レイカの声に反応して、アイザックが部屋の入口に顔を向ける。


「……レイカ?」

「どっから来たんだ、女ぁ!」


 男の一人が背中に差し込んでいた銃を抜き、レイカの頭に押し付ける。レイカは何もできず、ただひたすらに震えている。


「ご、ごめんなさい……!」

「謝っても遅い、お前は見ちゃいけないものを見た」


 男が引き金に指をかける。


「やめろ!」


 走り寄ってきたアイザックが、レイカと男の間に入る。


「何だ? 邪魔するのか?」

「彼女は知り合いだ、手を出さないでくれ」


「そうはいかない、この女は秘密を見た」

「黙っていれば問題ないだろう」


 銃を持った男は顔をゆがめ、舌打ちする。


「お前はどいてろ!」


 後ろにいたもう一人が、銃把で思い切りアイザックの後頭部を殴りつけた。アイザックは頭から地面に叩きつけられる。


「アイザック!」


 レイカが叫ぶと、男は再び銃を突きつける。


「死ね」


 撃たれると思ったレイカは思わず目を閉じたが、銃声はいつまでも鳴らず、恐る恐る目を開ける。


「な、何だ……? 引き金が引けねえ」


 何が起きているのか分からないままレイカがその場に固まっていると、男たちの後ろで頭から大量の血を流したアイザックが、ゆっくりと立ち上がった。クメールルージュで話した時に、自分にだけ見せてくれた彼の超能力のことを思い出して、レイカは息を呑む。


 間違いない、アイザックが銃を撃てないようにしているのだ。


「お、お前……」

「何しやがった!」


 そう叫ぶと同時に、レイカに銃を向けていた男の頭が弾け飛んだ。


 何の脈絡もなく、急に男の頭が爆発したようにレイカには見えた。その衝撃的な絵と、先ほどから受け続けてきた心理的負担に耐え切れず、レイカは気を失ってその場に崩れ落ちる。


「ひ、ひぃ!」


 もう一人の男が悲鳴を挙げ、本能的にアイザックに銃を向ける。その腕が突如、あり得ない方向に曲がり、骨が砕ける音がする。


「ぎゃああああ!」


 男の悲鳴がフロアに響く。赤い目を輝かせたアイザックは、追い打ちをかけるように男を睨みつけ、男が絶命するまで全身の骨を砕いていく。


 やがてすべてが終わると、未だ後方でじっと立ち尽くしている〈第三の知性〉に向かって腕を伸ばし、開いた手をぐっと閉じる。〈第三の知性〉は一瞬、大きく目を見開くと、やがて口元から血を流して頭から前に倒れた。


 アイザックは肩で息をしながら、気を失ったレイカの元に駆け寄る。


「レイカ……すまない……」

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