<case : 25> psychic - 緊急連絡事項

 その日も彼はいつも通り課題に臨み、通常とは比較にならない好成績を収めていた。その際、研究員の一人がデスクに淹れたてのコーヒーを注いで置いていた。


 アルファはガラス窓越しにそれを見ると、傍にいた別の研究員に『彼はこの後コーヒーカップが落ちて足をやけどするから、カップを移動した方がいい』と伝えてほしいと告げた。


 アルファの傍にいた研究員は、この話を最初、彼が冗談を言っているのだと思い軽く返事をして聞き流してしまった。


 しかし、その数十秒後、例の研究員は立ち上がろうとした際に椅子の足につまづいて、その衝撃でコーヒーカップを落とし、実際に足に軽いやけどを負った。これに驚いた研究員はすぐにチームに共有し、アルファの能力の再検証と聴取を行った。


 結論、アルファは生まれついてのサイキックであることが判明した。


 彼は、物体に触れることなく干渉ができ、数秒後に起こるできごとについて説明することができたのである。これまで生産された彼以外のプロトタイプにこのような事例はなく、サイキックの発現は例のエイリアンテクノロジーによるものであると考えられる。


 この時点で、アルファの存在を危険視するチームもあったが、我々は一旦、アルファを一個体として扱い、観察を継続する方針を選択した。


 特に、後に分かったことではあるが、篠塚氏はこのエイリアンテクノロジーを人類にも転用ができると考えていたようである。


///


「アルファに超能力が生まれたことで、その力を人間にも転用できると考えたのか……すごい話だ」

「だが……俺たちにそんな力はない」


 そう言うと、キオンはヴェルの顔を見て頷いた。


「アルファは、その後どうなったんだ?」

「続きを読もう」


///


 ほどなくして事件は起こった。アルファとの比較のため、同時期に生産されたプロトタイプが複数名いた。


 仮にここでは彼らをまとめてベータと呼ぶことにする。ベータたちはアルファと違い、サイキックは持ち合わせていなかった。チームでは人工生命体同士のコミュニケーションについても観察がなされていたので、夜に設けられた自由時間には、アルファもベータたちと同様の部屋で暮らすことになっていた。


 結果、ベータの一人が、アルファにサイキックを見せるように強要し、それを拒んだアルファがベータたちに暴行されてしまう、という事案が発生した。


 そして、多勢に無勢の中、我を忘れて抵抗したアルファは無意識にサイキックを行使し、その場にいたベータ三名を殺害してしまったのである。


 さらに、異常を察知して現場に駆けつけた当直の研究メンバーに対しても、暴走したアルファは見境なくサイキックを行使した。


 これにより、プロトタイプを含む五名が死亡、七名が重軽傷を負い、アルファは施設から逃亡。軍も出動する緊急事態となったが、数日後にアルファは施設に出頭した。彼によると、外の世界についてほとんど何も知らない彼にとっては、この施設の中にいる方が安全だと判断したという。


 再度設けられた緊急会議では、アルファの処遇が最優先の議題となった。


 多くの科学者はアルファを危険視し、彼を危険個体に指定して凍結するべきだとの見解を示した。この流れに最後まで抵抗し続けたのは、言うまでもなく篠塚氏である。


 アルファのしたことは確かに許されないことかもしれないが、それだけでエイリアンテクノロジーによる人類の進歩まで妨げる必要はないというのが、彼の主張だった。


 以降も回数を重ねて議論が繰り返されたが、最終的に篠塚氏の主張は通らず、アルファを危険個体として指定し、凍結するという決定がなされた。


///


 レポートはそこで唐突に終わっていた。


 あまりに現実離れした内容に対して、キオンもヴェルもしばし言葉を失う。しかし、ここに保存されている以上、このレポートは間違いなくオフィシャルな資料である。


「このアルファが……アイザックなのか?」


 資料の内容を咀嚼し、しばしの沈黙の後に先に口を開いたのはヴェルだった。


「その可能性は高い……だが、もしそうだとすれば……」


 ヴェルもまだ受け入れ切れていない結論を、キオンが告げる。


「〈カオティック・コード〉は、地球外生命のテクノロジーだっていうのか……」


 話しながら、キオンが反射的にマウスをスクロールする。


「……待てよ。まだページがある」


 画面のスクロールを進めると、次のページに一枚の写真が貼りつけられていた。


「これは……!」


 写真には、複数の人間が映っていた。いや、人間に見えるだけで、本当はマキナスのプロトタイプも映っているのかもしれない。そう思った理由は、端に映っている一人の女にあった。


 ヴェルはこの女を知っていた。何せ、残党街でくすぶっていた自分をファントムに引き入れ、ともに掃除屋として修羅場を潜りぬけてきた、最も信頼していたパートナーなのだ。


「アリシア……」


 ヴェルの口から無意識に出た名前に、キオンも反応する。


「確かにアリシアに見える……。でも、どうして彼女が?」

「アリシアは〈監視者〉だった。特殊体と呼ばれる規格外のマキナスだとも……」


「〈監視者〉……」


 キオンは、言葉を切って思案する。


「まさか、寿命がないのか……遺伝子のデザイン次第で理論的には可能だが……」

「あり得なくはないな。超能力だって存在するんだからな」


 ヴェルはキオンの考えを肯定する。


 ヴェルの脳裏に、ノアの顔が浮かぶ。アリシアが〈監視者〉であると知っていた彼女は、この資料が示すとおり、二百年前の時代を生きていたマキナスだ。もしかすると、アリシアもノアのことを知っていたのかもしれない。


「キオン、検索だ。アリシアとノアに関する資料がないか」

「そうか、二人の資料があれば、そこからアイザックに辿り着けるかも! よし、待ってろ……」


 キオンがマウスに手を触れたときだった。室内の明かりが消えて、同じタイミングでパソコンの電源も落ちてしまった。


「ん?」

「何だ?」


 途端に薄暗くなった部屋で、ヴェルとキオンは互いの顔を見合わせ、辺りを見回す。


「発電区画でトラブルでもあったか?」


 キオンがそう言った次の瞬間、二人のデバイスが同時に鳴り響く。それは、ファントムの全職員に対して緊急連絡事項がある場合にのみ鳴り響くコール音だった。


「皆さま、お疲れ様です。国家安全保障調整局です。本日午後、志藤長官が国家反逆罪の疑いで逮捕されました。つきましては、職員の方は速やかに現在の職務を停止し、本部エントランスにお集まりください。以降、本部の設備は一時的に国家安全保障調整局の管理下となります。繰り返します。職員の方は速やかに職務を停止し、本部エントランスにお集まりください」

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