<case : 08> I overslept - 違法配達屋

 緑川レイカは、朝のアラームが告げる時間を確認すると、身支度も整いきらないまま焦って家を飛び出した。今日から配達ルートが変わると言われていたのを、二分前に思い出したからだ。


 商売道具の自転車を全速力で漕ぐ。デバイスに着信が入る。表示を確認すると、営業所の鬼所長ツゲシゲことツゲさんからだった。


 出たくない。なぜなら、遅刻だから。でも、このまま出ずに営業所に着いたところで、怒られるという未来に変わりはないだろう、何なら、通話を無視したことによる悪印象もプラスされることで、もっと悪い未来になるかもしれない。


 論理的に考えた末、レイカは、恐る恐る通話をオンにした。


「お、おはよぉございまーす……」

「おはよう。今、どこじゃ」


 この声のトーンは、バレている。自分が今、遅刻していることも、遅刻した理由も、怒られる未来を何とか回避できないか、今なお画策していることも。


「今ですねー……いや、もうあと三分もあれば着くかと」

「このバカタレが! お前の居場所なんぞGPSでバレバレじゃ!」


 ドスの効いたツゲさんの声は、ヘッドセットから直にレイカの鼓膜に突き刺さる。


「ひィ! すいませんッー!」

「どうやったら、中層に一番近い居住区にあるお前の自宅すぐの場所から、最下層すれすれ手前にあるうちの営業所にあと三分以内で着くんじゃ! つくならもっとマシな嘘にしろ! 今日から、お前がダンジのルートを引き継ぐんじゃと、あれほど言うたやろが! 今、タケシをそっちに向かわせとる。もう顔出さんでいいから、直接荷物を受け取って配達に行け!」


「は、はい! 分かりましたッ!」


 フン! と言って通話が切れる。目の前でドヤされることはなくなったようだが、事前に今日から配達ルートが変わることを伝えられていたのに、忘れていたのは自分が百パーセント悪い。


 レイカは、帰りに差し入れを持ってツゲさんに謝りに行こうと思った。


「レイカちゃんー!」

 自転車を走らせていると、向かいからタケシさんが走ってくる。ダンジさんが事故で亡くなって、今や総勢二名となったクシナダ配達所の配達員がひと所に会するのは、とても珍しいことだった。


「もう……ドヤされた?」


 目の前まで来ると、タケシは開口一番そう聞いてきた。


「ええ、それはもう」

「災難だったねー。はい、これ今日の分」


 タケシから配達物の入ったバッグを受け取る。大半はデータの入った端末で、一部そうでない物もあるが、そこまで重量はない。これを一日かけてドーム中を回って配達する。それがレイカの仕事だった。


「ありがとうございます。タケシさんにまで迷惑かけちゃって、すいません」

「俺は、別に大丈夫だよ。それより、レイカちゃんにダンジのルートまで割り当てるなんて、ツゲさんも人が悪いよ」


「いいんです。私、ちょうど稼ぎたかったので」

「本当? でも、ダンジのルートって、下層から上層まで配達先があるから大変なんだよね。効率よく回れるまで大変だと思うから、何かあったら言ってくれよ」


「ありがとうございます! その言葉だけで助かります。あの……聞いてもいいですか? タケシさんは、ダンジさんが亡くなった理由、ツゲさんから聞かれました?」


 クシナダ配達所で同僚として働いていた、瀬田ダンジさんが死んだと聞かされたのが一昨日のこと。


 レイカは、ダンジと特別仲が良いというわけではなかったが、配達途中で会えば挨拶はしたし、クシナダ配達所に務め始めた頃は、効率よく配達先を回る方法とか、いろいろと作法を教えてもらったりもして、何だかんだ世話にはなった。最近見ないなと思っていたら、急にツゲさんから訃報を聞かされたのだ。


「あー、ツゲさんに聞いたよ。でも、暴走して死んだとしか聞かされなかったな」

「やっぱり、そうなんですね。残念ですね」


「だね。彼、マキナスだったけど、相当メンテナンスもしてなかったみたいだし。あと、もしかすると、悪い連中とも付き合いがあって、何か事件に巻き込まれたのかもしれないね」

「そうなんですか?」


「噂程度だけどね。ほら、俺たちの運ぶ荷物っていわゆる『ワケアリ』でしょ。さっき渡した荷物だって、端末の中のデータは何か分からないし、小包の中身も絶対にノーマルなブツじゃないんだよね。ま、だからこそ、この闇営業の配達屋が潰れないわけだけどさ。ダンジさんのルート、結構危ない場所もあるから、配達してるときに悪い誘いを受けたのかなって」

「えっ。ダンジさんのルートって危険なんですか?」


「いやいや、危険な場所もあるって言っただけだよ。大丈夫、俺たち違法配達屋のモットーは?」

「『荷物の中身は聞かない、調べない、詮索しない』」


「そうそう。その『三方なし』のルールを忘れなければ、まあ大丈夫さ」


 そう言って、タケシは被っていたキャップを目深く被りなおした。


「それじゃ。俺も配達に行くよ。頑張ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 下層と最下層の狭間にある違法配達屋、クシナダ配達には理由があって正規のルートで配達できない品物が、たくさん流れ込んでくる。バッグを肩からかけると、レイカもさっそく配達に向かった。


「──次のニュースです。時期ドーム長の第一候補である篠塚重工の会長、篠塚誠氏が現在も見つかっていない件で、同じく篠塚派の片桐梓氏、対立派で黒澤財閥の御曹司である黒澤義人氏も、同日から行方が分からなくなっていることが、捜査によって分かりました。警察は、誘拐の可能性も視野に入れながら引き続き捜索を続けると同時に、目撃情報を受け付けるコールアドレスを設置し──」

「なんか、物騒なニュースだなぁ」


 タケシの言った通り、ダンジが回っていた配達先には明らかに物騒な場所がいくつかあったが、どの配達先もレイカに対して危害を加えたり、怪しい誘いをかけたりするようなことはなく、配達員として扱いを受けることができたので、ホッとした。


 〈外の世界〉の夕日が沈んで、上層にいればドームの丸い天蓋から星が見えるようになる頃、レイカは今日最後の配達先である、下層のクメールルージュというクラブに向かった。

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