<case : 03> burn up - 金色の目
窓のない、薄暗い部屋。
電気が通っていないのか、四隅にそれぞれ置かれた壊れかけのランプの柔らかな光だけが、おぼろげに空間を映し出す。家具もほとんどない部屋の中心に、恰幅のよい男性型マキナスが、背を向けて座っている。
「瀬田ダンジだな」
声をかけるも、反応はない。
「ファントムの蒼井だ。メンテナンス期限の大幅超過により、お前を施設に連行する」
よく見ると、ダンジの背中は小刻みに震えている。
「おい、大丈夫か」
「……は」
聞き取れなかったが、ダンジは何か話している。
「……は、マ……い」
「何だ? 何が言いたい」
ダンジがゆっくり立ち上がり、ヴェルの方に身体を向けた。その姿を見るなり、ヴェルはすぐに事態の異常さを察知する。
「お前……その顔は!」
ダンジの顔は、半分以上が崩壊して元の顔を失っていた。損壊した部分は、分厚い灰色の膚に置き換わり、本来、マキナスの識別色、赤であるはずの瞳は、鈍い金色に輝いていた。
その姿を見たヴェルの脳裏に、アリシアの顔が浮かぶ。
潜入捜査中の事故で命を落とした、かつてのヴェルのパートナー。アリシアを殺したのも、金色の目を持つ、灰色の怪物だった。背筋に汗が滲む。どういうわけか、目の前のダンジの顔は、その怪物に酷似している。
ダンジは息を切らしながら、肩で息をしていた。自身の肌と灰色の膚、その継ぎ目の間から骨格フレームと人工筋繊維が剥き出しになって、傷口からは、ぼたぼたと体液が滴り落ちて痛々しい。
「おい、誰にやられたんだ!」
「お……れは、マキ……ナス……じゃ……ない」
「何だと?」
「お、おれは、マキナスじゃない!」
ダンジが叫ぶと同時に、四隅のランプが激しく明滅を繰り返した。その不思議な挙動にヴェルが目を奪われた一瞬、ダンジはヴェルの制止を振り切って、真横の壁を勢いよく殴りつけた。
「なっ……!」
鈍い音とともに土の壁が砕け、壁に大きな穴が空く。ダンジは、その穴から階下に向かって飛び降りた。その力は、とてもメンテナンス期限が迫った壊れかけのマキナスのそれではない。
何より、人格データに刻まれている〈人工生命体の倫理規定〉によって、マキナスは通常、このような破壊行為自体できないはずだ。一体どうなっている。
壁に空いた穴まで駆け寄ると、ダンジが走り去る後ろ姿が見えた。
「お兄さん、どうしたの!」
音を聞いて兄妹が部屋に入ってくる。
「入るな! お前たちはそこにいろ!」
それだけ言うと、ヴェルはすぐさまダンジに続いて壁の穴から跳んだ。衝撃を殺しながら階下に着地しつつ、デバイスからコールして本部に事態を伝達する。
「キオン。瀬田ダンジが逃走した」
「な、何だって?」
突然の報告に、キオンは声はひっくり返る。
「一体どうしたんだ」
「妙なことを口走りながら、とんでもない力で壁を突き破って逃げた。奴は明らかに何かが異常だ」
「壁を突き破ったって……倫理規定は? ええい、どうなってんだ、クソッ!」
悪態をつきつつも、キオンはすぐに体勢を整え、ヴェルのサポートに入る。
「残党街の闇に紛れられたら厄介だぞ」
「ああ、後を追う。応援をよこしてくれ」
「分かった、手配する!」
キオンとの通信を切る。すでにダンジは視界から消えていた。
ヴェルは辺りを見回すと、近くで一番高い構造物である、倒壊した旧時代の電波塔に向かって最短距離を走り始めた。直線的に、壁を越え、屋根に上り、また次の屋根を跳んで電波塔のフレームを掴むと、人間離れした動きで早々と登っていく。
街並みが見下ろせる場所まで登ると、ダンジを探す。
「あそこか」
ヴェルの目に、残党街の市場通りを走るダンジの姿が映る。視線を先に移すと、ダンジの進行方向の角から、誰かが出てくるのが見えた。
距離がある上、フードのようなものを被っていて顔までは見えなかったが、背丈から判断するに若い女のようだった。
「あれはまずい」
ヴェルは電波塔を飛び降り、ダンジが見えた場所めがけて走り出す。人工生命犯罪を繰り返す裏社会の人間たちが恐れるファントムの掃除屋は、暗闇と瓦礫に塗れた悪条件をものともせず、圧倒的速さで瓦礫の山を駆ける。
ダンジがいた場所まで着くと、辺りを見回す。角から出てきた女の姿もない。刹那、後方から悲鳴が聞こえる。
意外にもそれは、ダンジの悲鳴だった。
「瀬田ダンジ。これ以上逃げても無駄だ」
銃を構え、路地に身を乗り出す。袋小路とにダンジが立っていた。ダンジはまだ震えていた。残った方の瞳は、ヴェルを通り越してどこか遠くを見ているようで、歯をガチガチと鳴らしている。
「ぐ……ぁあ……」
「女がいただろう、どうした?」
言葉に反応したのか、ダンジの目はようやくヴェルを捉えた。
「お、女……マキナスの」
「女もマキナスか」
「顔……どうした、と、言われた……おれ、会った……男に、し、仕事で」
「違法配達屋の仕事か」
ヴェルの耳が遠くで鳴るサイレンの音を捉える。キオンの手配した応援が近くまできているようだ。女のことも気になったが、辺りを探そうにも、まずはダンジをどうにかしなければならない。
「とにかく、その状態は危険だ。施設へ連れて行ってやるからそこで手当を受けるんだ」
「ダ、ダメだ! ……お、おれは……ぐぐ……」
ダンジは頭を抱え、今まで以上に苦しみ始めた。悲鳴を挙げながら地面に膝をつき、全身を痙攣させながら、ゴボォッという音とともに、口から大量の体液を吐き出す。
「おい、しっかりしろ!」
ヴェルは銃をしまって駆け寄ると、ダンジの身体を支えた。ダンジは、もがきながらヴェルのジャケットの胸元を掴む。
「こっちを見ろ、しっかりするんだ」
面を外して、ヴェルはダンジの目を見る。
「アン……タも……マキナス……なのか」
ダンジが、ヴェルの目を見て言った。伸ばした前髪に隠れたヴェルの、赤い左目を。
「半分な」
「あ、あの……男に、言われたん……だ。人間に……なれる……って」
「何?」
「く、薬……打たれて……手術……人格データを……」
「違法改造を受けたのか?」
苦痛に叫びながら、ダンジがヴェルを突き飛ばし、ふたたびその場に立ち上がった。同時に、応援部隊の隊員たちが角曲がって走り込んでくる。
「お、おれは、に、人間になっタ……ショウタ、カホ……す、すま……ない」
ダンジの悲鳴が臨界点を越えた。頭を振り回し、次の瞬間、ダンジの後頭部が弾け飛んだ。完全に機能を停止した肉体は、鈍い音とともにその場に倒れた。
一転して、通りは静まり返った。
「蒼井捜査官。大丈夫ですか」
応援部隊の隊員の一人が、傍までやってきて、ヴェルに声をかける。
「とんでもない現場復帰になりましたね……」
「ここは俺が見る。女がいたが姿が見えない、探してくれ。詳しい状況を尋ねたい」
ふう、とため息をついて、ヴェルは通信を繋ぐ。
「キオン、瀬田ダンジは死んだ。回収班も呼んでくれ」
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