〈カオティック・コード〉人工生命犯罪対策室 -蒼井ヴェルと緋色髪のマキナス-

<case : 01> beginning - 混沌の覚醒

 ある化学プラントの地下の、そのまたさらに地下。一般従業員立入禁止区域のさらに地下深く。無尽蔵に張り巡らされた配管が通る薄暗い廊下で、二人の男が黒い箱を運んでいた。


「ったく、こんな厳重な箱に入れやがって、運ぶ方の身になれってんだよ」

「おい、気をつけろ! 揺らすと危ないぞ!」


 箱を荒っぽく運ぼうとするロカを、ドエルが窘める。


「でもよ……。こんな重い箱に、いったい何が入ってるってんだ?」

「中身は分からないが、これを見ろ」


 金属でできた黒い箱の表面には、大きな文字で『異』という文字がプリントされている。


「これは、だ。つまり、コイツは超がつく危険物で、おそらく〈外の世界〉由来のものだ」


 青ざめた表情で話すドエルを横目に、ロカも唾を呑む。


「じ、じゃあコイツは、だってのか……?」

「ああ、組織は何かするつもりらしい……」


 廊下の終着点には、厳重にロックされた鉄の扉があり、二人が着くと白衣の男が出迎えた。


「ご苦労だった」


 部屋の中は廊下と同じように薄暗く、四方を背の高い棚に囲まれていて、多数の薬品が陳列されている。さながら、白衣の男の個人的な研究室のようだった。


 ほどなくして、二人の視線は部屋の中央に置かれた椅子に集中した。背もたれが倒されて、そこに誰かが横たわっている。誰かが、というのはその人物がシートに覆われていたためで、二人からは男なのか、女なのかも判断がつなかったからだ。


 椅子から伸びた無数のコードが、様々な機器を中継しながら、横にある大きなモニタに繋がっている。


「箱はそこに置いてくれ。さっそく始めよう」

「あの、始めるって何を始めるんです?」


 ロカが白衣の男に質問すると、男は振り返り、動きを止めて二人を一瞥する。


「何も聞いてないのか?」

「〈外の世界〉由来かもしれない、ヤバいブツを運んでるってこと以外は」

「なら、これを見るといい」


 そう言いながら、白衣の男が椅子に寝かされている人物のシートを勢いよく取り外す。


 そこに現れたのは、美しい青年だった。目は閉じられ、微動だにせず、肩まで伸びた綺麗な金髪が印象的で、眠っているようにも、死んでいるようにも見える。


 やがて、まじまじと青年を見ていたロカが驚いて声を荒げる。


「ちょっと待て、こりゃ人じゃない。マ、マキナスの素体じゃねえか」


 それを聞いたドエルも青年を観察し、ロカが冗談を言っているのではないと分かると、嫌疑の表情を白衣の男に向けながら尋ねる。


「どういうことか、説明いただけますか」

「なに、かんたんな話だ」


 白衣の男はデスクの方に行くと、二人が持ってきた黒い箱に手をかけた。慎重に蓋を取り外して、中に収められていた極小のチップを傷つけないようにそっと取り出しながら話を続ける。


「反人工生命主義を提唱する我々〈テンペスト〉が、当の人工生命体、マキナスを所有するのだ」

「……冗談か? ていうか、そのチップが入ってただけかよ」

「箱の重さは、主に盗難防止のためだ」

「理由は?」


 ドエルが、白衣の男に詰め寄る。

 その目は先ほどまでと違い、相応の返答を求めている目だった。反人工生命主義の旗を掲げる自分たちに、当の人工生命体の人格データが内臓されたチップを運ばせた、その理由、その意図を。


「このチップに内蔵されているマキナスの人格データが、我々が今まで行ってきたいかなる破壊的工作より、マキナスが普及したこの社会に効果的かつ、危険極まりないものだからだ」


 それを聞いて、ロカが口を挟む。


「ふん。じゃあ何か? そいつの中に、連続殺人鬼の人格でも入ってるってのか?」

「混沌だよ」

「混沌?」


 ドエルが聞き返すと、白衣の男は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながら言った。


「そうだ。種を破滅へと導く混沌の記述が……この中に眠っているのだ」

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