第6話

 竜は大きく羽ばたき、私たちを乗せて空へと飛び立つ。慣れてしまえばなんて言うことはないけれど、飛び立つときの浮遊感が苦手だという人は多い。

 レラは大丈夫かしら、と視線を向けると、目を瞑ってそれに耐えていた。多分、レラを抱き抱えたまま何か話しているマルクスさんの声も聞こえていないのではないか。至近距離で無視されているマルクスさんがほんの少しだけ哀れに思えてくるけれど、レラは初の飛行でそれどころではないのだから仕方が無い。

 でも、マルクスさんの腕が良いというのは本当だった。あまり揺れないように気をつけて、風を読みつつ飛んでいる。その後ろをヨニさんがゆったりと着いてきていた。


「マルクスさんに任せて正解でした」


 舞い上がるのが嫌でまとめ髪にして良かった。話をするためにヴィルヘルム様の方へ振り向いても、髪が邪魔にならない。私の少し上から甘い笑みが向けられて、途端に恥ずかしくなった私は前を向く。


「そう言ってもらえて良かった。あいつは飛行に関しては天才的なんだが、性格のせいで損をしているタイプだな」


 風を切る音で声が聞こえないかもしれないと思ったけれど、耳元で囁かれて私は体を強ばらせた。良い声すぎて寿命が縮まる。喉の奥で笑う声が背後から聞こえたので、絶対にわざとやっている。私の耳は絶対に赤いし、そういったことには免疫がないのでお手柔らかにお願いしたい。


「そういえば、先ほど寄るところがあるという話でしたけれど、このまま邸宅に向かうのではないのですか」

「ああ、今から向かうと丁度良い時間帯だからな。見せたい景色がある」

「まあ、空から見える場所ですか?」


 ああ、と頷いたヴィルヘルム様をちらりと見上げれば、遠くを見つめながら優しい瞳をしていた。きっと、これから向かうその場所は、ヴィルヘルム様のお好きな風景に違いない。

 楽しみだな、と思いながら前を見つめていると、互いの領地の境になっている山を越え、辺境伯領に入った。

 ここは魔獣の多くいる地域だ。一気に様々な声を拾ってしまい僅かに顔を顰めると、それに気付いたヴィルヘルム様に声をかけられる。


「具合でも……」

「いえ、少し油断してました。聞こうとしなくても魔獣の声を聞き取ってしまうのです。いつもは調節しているんですけれど」


 少しお待ちください、と脳内に響く声を外へ押し出すイメージで消していく。この方法は強い感情だけが残るけれど、今はそういったものは無かったので、必要の無い会話をすべて閉め出すことに成功した。今のところ、獲物の情報や食の感想などは必要ない。聞こえる声を遮断しても、危険が迫っている時や、私に向けての声は遮断しても届くので問題は無かった。


「調節なんてできるのか」

「ええ。全部拾ってしまっては私も大変なので、届く声を抑える方法を習得しました。先ほどは私のところとこちらの領地における魔獣の数に差があったので、一気に拾ってしまったようです。今は問題ありません」

「そうか。……どんな声が聞こえたか聞いても?」


 興味深そうにヴィルヘルム様が尋ねてきたので、私も聞き取ったものをそのままお伝えする。魔獣だって世間話をしているのだ。


「比較的平和な時期ということでしたけれど、皆そんな感じの声でした。何が美味しい、あそこに獲物がいた、もう少しで何かが咲くなどの話が一気に飛び込んできました」


 楽しそうだったのが印象的だ。この辺りはものが豊富にあり豊かなのだろう。こちらから話かければ、魔獣たちから他にも様々な情報が手に入るに違いない。そうだ、と私は今思いついたことを口にする。


「あの、今思ったのですが、魔獣たちを諜報員というか、情報収集要員として使えるかもしれません」

「――それは、エステリ嬢の負担にならないか?」

「特には。やってみたことはありませんけど、小さな魔獣だったら敵情視察なども怪しまれることなくできるかもしれませんね」


 見つかっても、取るに足らない魔獣であればあるほど、退治されることなく放置されることが多い。そのまま見逃されれば、その分こちらに情報も入る。そんな強かな計算込みで話をしたけれど、実践ともなればまた色々あるだろうからヴィルヘルム様にその判断は任せる。


「考えてみよう」

「ええ、採用された暁には頑張りますね」


 ただ、魔獣の話を聞くだけなんだけれど。

 ヴィルヘルム様は私の負担が増えると考えているようだ。けれど、息をするように魔獣との対話は可能だから、特に疲れるということはない。無駄に心配をかけてしまってはいけないので、初めから伝えておいた方が良いのかもしれない。


「あの、ヴィルヘルム様はとても心配してくださいますが、魔獣との対話は私にとって息をするようなものなので、負担なんてまったく感じないのです。使役しているわけではなく、あくまでもお願いって形ですし。見返りに魔力を寄越せと言われる時も極まれにありますけれど、それも微々たるもので負担になることはありません」

「使役していないとなると、暴走するかもしれないという不安も残るが……」

「まあ、そこは私と魔獣の信頼関係を信じてもらうしかありません。ただ、私のお願いを魔獣がどのように感じているかについては聞いたことがなかったので、あとでキヴィに聞いてみます。私はお願いしているつもりでも、無意識に使役していたのかもしれませんし」

「ああ、そういうことか」


 その辺りは曖昧なんだな、とヴィルヘルム様が呟く。


「幼い頃から声が聞こえて話していたのであまり気にしておらず、曖昧なまま今日まで来てしまいました」

「そのくらい、魔獣との仲が自然なのだろう」


 そんな話をしている内に、大きな湖の上を通り過ぎる。そこに珍しい魔獣を見つけて、私は声を上げた。

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