37話:「動き出した闇」



 勇者小橋大和との激闘に敗れたウルレギウスは、現在メフィストフェレスが根城としているラクリシア大陸中央部の居城にいた。



 片膝を付き、玉座の間で座す人物に敬意を表している。だがその人物は魔王ではない。



 身に纏う負の魔力は魔王に引けを取らないほど強大であり、漂わせる雰囲気は魔族の中でも最高位のレベルであることは確実だ。



 彼の名はメフィストフェレス。3年前の戦いでこの世界を支配し、今もこの世界に君臨している魔王の右腕と称される男だ。



 その姿形は英国紳士のような服に身を包み、それは赤・青・黄・緑・紫といった色が複雑に混じり合った派手な色合いのスーツのような仕立てのいい服を着こなし、星の柄がまばらに付いたシルクハットを被り、髪の色は闇の者とは思えないほどの光沢溢れる存在を放った白き髪を湛えていた。



 見た目は目鼻立ちがくっきりしており、男前と言うよりは男とも女とも取れるような中性的な顔をしている。玉座に座っていた彼が組んでいた足を逆に組み換えたところで、不意に彼の口が開かれた。



「負けてしまいましたね、ウルレギウス」



 その声は澄み切っており、とても魔に属する者とは思えないほど清廉され穏やかなものだった。メフィストが軽い口調でウルレギウスに問いかける。その言を受け、彼は深く頭を垂れる。



「この度の失態、言い訳するつもりもございません。我が命を以って償いたいと……」



 彼がそう言い終わる前にメフィストが遮って口を開いた。



「ああ大したことないさ。あのヴァルボロスが簡単にやられたという話だしね、君が勝てないのも無理ないさ」



 そう言って、肩を竦めて見せる。そして、ヴァルボロスがやられてしまったという事実に、驚愕を色濃くした表情を浮かべるウルレギウス。



「あの七大魔族と謳われた幻獣ヴァルボロス殿が……」



 自分が勝てなかったことを納得すると同時に、同じ魔に属する者がやられたという悔しさに打ちひしがれた表情を浮かべる。



 ウルレギウスに労いの言葉を掛けようとしたその時、何者かの気配を察知したメフィストは、その者が現れるまで押し黙る。



 すると突如三人の見目麗しい女性がどこからともなく現れ、玉座の数歩手前で膝を付き城の主に敬意を示す。



「グレモリーか……」



 メフィストが、三人のうち一人だけ前に出て平伏す女性に声を掛ける。彼女こそ、メフィストフェレス直轄のメフィスト軍軍隊統括師団長グレモリー・グレゴリアである。



「お呼びにより参上いたしました。ご命令を我が君」



 鈴のような美しい声音でそう宣言すると、深々と頭を垂れる。深紅色の長い髪と黄蘗色のキリっとした目を持ち、熟れた果実の様相にも似た艶めかしいほど魅力的な身体つきに人ならざる者の証として、その肌は神秘的な紫色に染まっていた。



 内側が赤色になっている黒のマントを羽織り、全身を漆黒色の薄い革で出来たボンテージで覆っている。女性特有の今にもこぼれ落ちそうなほど大きな乳房をかろうじて押し止めているといった状況は、男性のみならず女性をも虜にしてしまうほどの妖艶さと美しさを兼ね備えていた。



「神託の勇者が現れた」



 そう短く一言だけ言うと、そのあとグレモリーの言葉を待つかのように押し黙るメフィスト。その表情は微笑が含まれており、まるでグレモリーを試すかのような悪戯心が含まれている顔を彼女に向ける。ほどなくして、グレモリーが答えを出す。



「直ちに討伐隊を編成し、抹殺に向かわせっ」



 言い終わる前に、手でグレモリーの言葉を遮る。そして、改めて彼女に問いかけた。



「その必要はない、わざわざこちらから出向かずとも、向こうの方からやって来てくれるはずだから」



 その言葉に了解の意を示すと、彼女が口を開く。



「幻獣ヴァルボロスが敗れたと伺いましたが?」



 その問いかけに、彼はコクリと頷く。



「僕も最初は何かの間違いじゃないかと思ったけどね。ウルレギウスとの戦いを見て、それが嘘じゃないことを確信したよ」



 さらにメフィストが言葉を紡ぐ。



「そう言えば、何って名前だったけ?」



 その問いに、ウルレギウスが答えた。



「コバシヤマトというものです」



「ああそうだったそうだった」とメフィストが言うと、グレモリーに視線を向け、命令を出す。



「まだ手を出す必要はないけど、彼の行動は逐一監視しておくようにね」


「はっ!」



 グレモリーが了解の意を示すと、満足したように頷く。そして、思い出したかのようにグレモリーに語り掛ける。



「そう言えば彼、こんなこと言ってたな。いずれ俺に倒されるんだからってね」



 その顔には、ニヤリと嘲笑のようなあるいは含みのある笑いが浮かんでいた。その言に対し、明らかな敵意の籠った声色でグレモリーが答える。



「身の程知らずも甚だしい! 下等な人間の分際で、我ら魔族の頂点に立たれるお方を倒すなど、愚かを通り越してむしろ哀れみすら覚えるほどでございます!!」



 その言葉に同意するようにグレモリーの後ろに控える女性二人が大きく頷く。



「ふむ」と一言メフィストが言葉を発した。



 それから話題を変えるように玉座から立ち上がると、その姿が一瞬掻き消え、気付いた時には平伏すグレモリーの目の前に現れた。



 そして彼女に「面を上げよ」と命じ、顔を上げさせたあと人差し指を作りそれをクイクイっと動かしながら彼女を立たせた。



(なにを為されるおつもりかしら?)



 そう彼女が心の中で思った刹那。



 気付けばメフィストが背後に回り込み、後ろから彼女の二つの巨大な双丘を何の躊躇いもなく揉みし抱く。



「ひゃん!」



 突然の出来事に、間の抜けた声を発しながら次第に顔が紅潮していく。



「何をなさるのですか、おやめくださっ、やん!」



 グレモリーの言葉など聞こえていないとばかりに、ただひたすらに彼女の膨らみを弄ぶメフィスト。徐々に腰が引け、彼に身を委ねるようにされるがままとなっていた。そんな彼女の態度に、クスッと笑うと彼はおどけたように答える。



「相変わらずグレモリーのは、柔らかくて気持ちがいいなぁ~」


「にゃ、にゃにをひっておりゃれりゅのれすか?」



 敬愛する主人の寵愛を受けていることの喜びと、他の者がいるという羞恥心の狭間で呂律が回らなくなり、まともに言葉を紡ぐことができなくなっているようだ。



 そんな彼女に追い打ちをかけるように、メフィストは彼女の耳元で甘言を囁く、それはまさに悪魔のささやきと呼べるに相応しいものであった。



「君は美人だしスタイルもいいし、君が僕の部下にいたことはホントにラッキーだったよ」


「~~~~っ!?」



 耳元でそう囁くと赤い顔をさらに赤くし、モジモジを身もだえしながら照れている様子の彼女。そのリアクションに満足したのか、ようやくここで彼女から離れ、元の玉座に戻るメフィスト。



 力が抜け地に伏しているグレモリー。しばらくして、何とか体勢を立て直し元の片膝を付いた体勢に戻る。



 それを確認すると、先ほどとは打って変わって神妙な面持ちでメフィストは答える。



「まあ、今後勇者の動向のチェックはグレモリー君に任せたよ。それとウルレギウス、君はしばらく休むといい」


「はっ! 畏まりました。この不肖グレモリー、敬愛すべき我が主メフィスト様の恩ために、身命を賭して任務に邁進して参ります!!」



 そう彼女が宣言すると、その場の者全てがメフィストに深く頭を垂れ、敬意を示す。



 それに満足したメフィストが頷くと彼の姿が掻き消え、玉座の間全体に声のみが響いた。



「任せましたよ、僕のかわいいしもべたち……」

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