6話:「化けの皮が剥がれる瞬間」
目の前にはどこか落ち込んだ様子の少女がいた。よほど辛く苦しいことがあったのはわかるが、具体的に何があったかまではわからない。
俯き加減で落ち込む彼女に、何か気の利いた言葉を掛けようとした時、不意に彼女の顔が上がり落ち込んだ顔は消え、元の表情に戻っていた。
「でも最近ご神託が降りたんです!」
「ご神託?」
「【闇夜に光り立つ柱より、魔を滅ぼす勇者現る。その者、龍の紋章を持つ】と」
そう言って、彼女はどこか遠くを見るような視線を向け、まるで待ち焦がれていた恋人が来たような愁いを帯びた瞳を見えない何かに向けているようだった。
「へえー、勇者か……」
どういう返事をすればいいのかわからず、彼女が向けているであろう視線の先を同じように見つめながら【勇者】というRPGや異世界物の小説でしか聞かない名詞を口に出す大和。と、ここでふとあることが頭の中に過る。
彼女の話を聞く限り、嘘をついているようには見えない。ということはつまり、今の自分の状況を簡単に説明するのなら【オンラインゲームをプレイしている最中に間違って異世界に来ちゃいました、てへぺろ】である。
“【てへぺろ】じゃねえよ!”と心の中で一人ツッコミをしていた時、彼女、リナの視線が自分に向けられていることに気付いた。
「じー……」
「な、なに?」
「あの……コバシヤマト様?」
「大和でいいよ」
「では私もリナと呼んでください」
「わかった、それでリナ……どうかしたの??」
どこかためらうような喉の奥まで出かかっているが、出ないようなそういった表情を浮かべる少女。両腕をおなかの前でもじもじと交差させながら、何か言おうとしている様子だ。
もじもじと動くたびに、彼女の持つ二つの大きな膨らみが強調され、まるで皿に盛り付けた直後のプリンのようにプルプルと震えていた。
その光景を見て欲情してしまいそうになるのを【理性】という男が生まれながらに持ったスキルを使い、必死に抑え込んでいると、意を決したのか彼女が口を開いた。
「あのぉ……ヤマト……様? 私のお願いを聞いてもらってもいいでしょうか?」
「うん? お願い? 何かな??」
「そのぉ……顔を触らせてもらってもいいですか!!」
最後はまくし立てるように言い切った様子で、上目遣いで恥ずかしそうにこちらを窺うリナ。
“おいおいその顔はヤバいってホントに”という言葉を心の中でつぶやきながら、同じく心の中で「ふぅ」とため息を吐き、あくまでも冷静な態度で大和は答えた。
「別に構わないけど……」
そう答えると、断られるかもしれないという不安に満ちた表情を浮かべていた彼女が、年相応に無邪気な笑顔を向けてきた。
「では……コホン、しっ失礼します……」
そう言って彼女は、大和の左頬に右手を添えてきた。彼女の白魚のような白くて柔らかい手が頬に当たり、まるでそこだけしか感覚がなくなったかのような、あるいはそこだけが熱を帯びているような感覚に陥る。
女性にましてやこんな可愛らしい美少女にそんなことをされてしまっては、どんな男も気恥ずかしくなってしまう。
とにかく、彼女が満足するまで耐えるのだと思っていた時、彼女の手に力が加わっていく。それは、顔を自分の方へ引き寄せようとしているようだった。
「えっ、ちょっ、ちょっと……」
戸惑いながら、自分と彼女の顔が近づいていくことに困惑する大和。そして、彼女の顔があと15センチのところまで近づいた時、ゆっくりと彼女が目を閉じた。
「えっ!?」
さらに彼女との距離が近くなっていく。ドクンと心臓の鼓動が早く脈打つのがわかる。10センチの距離にまで近づいた時、彼女の顔に変化が生じる。
簡単に言えば、おちょぼ口だ。蛸の口と言い換えてもよい口を作り、目をギュッと瞑る。物心ついた幼い少女が、初めてキスをするような顔を向けてきたのだ、唐突に。
ここまでくると、もう彼女が何をしたいのか十二分に理解した大和は、その行為を阻止すべく次の行動に出た。
まず、自分の顔に添えられた手を両手で掴み、その手を添えられた状態の手の形ままにして自分の顔から引き剥がし、彼女自身の口元を塞ぐ形で覆い隠したのだ。
言うなれば、彼女の口を彼女自身の手で覆い隠したといった方がわかりやすいだろうか。突然自分の口全体を何かが覆い隠したことに驚いたのか、閉じていた目を大きく見開く。
「ふぁにふるんふぇすか?」
口を手で覆い隠しているためだろう、言葉は曖昧だったが発音の感じで彼女の言葉の意味を理解した大和はこう返答した。
「それはこっちのセリフなんだけど? なにをするんだ?」
ムスッとした顔になったかと思ったら、口を塞いでいる自分の手をどけこう答える。
「キスですけど、何か?」
意味が分からない……。
まだ会って間もない、正確には1時間も経っていないにも関わらず、初対面の相手に対しキスという行為をするのだろうか?
外国ではそれが当たり前のように行われているのだろうが、日本という文化で育ってきた大和にとってキス=挨拶みたいなものという考えにはたどり着かなかった。
「いやいや、そういうことじゃなくて! なんでキスしようとしたのかっていうのを聞きたいんだけど?」
「? 私がキスしたかったからに決まってるじゃないですかぁ~」
と小首を傾げながら答えるリナ。あたかもこっちが何を言ってるんだと言わんばかりの態度で。
「じゃあそういうことで、テイクちゅー(ツー)」
と言いながら、またさっきのキス顔を作って顔を近づけてくる。
「こっちの意思は無視ですか!!」
と正論を唱える大和の声など届いていないとばかりに、さらに顔を近づけてくるリナ。
さすがにこれは許容の範囲を超えているため、今度は自分の両手で彼女の顔を抑え込んだ。すると彼女が言い訳じみたような、我が儘のようなセリフを口にした。
「いいじゃないですか、減るもんじゃなし!!」
その言葉にカチンときた大和が即座に反論する。
「そういう問題じゃないだろ! 初対面の人間に対してすることじゃないでしょうが!!」
「ちょっとでいいんです、一回だけお願いしますよお兄さん」
「誰がお兄さんだ誰が!」
という漫才のような応酬が2度3度あり、最終的に大和の堪忍袋の緒が切れた。そして、次の瞬間――。
「くらえーー!! ばあちゃん直伝あいあんくろううううううう(アイアンクロー)!!!!!!」
その攻撃は、芸術的に決まった。まるでパズルのピースがカチッっとハマるかのように、彼女のこめかみを捉え、完璧なまでのアイアンクローが決まっていた。
「いだだだだだだいだい、いだいいだいちょちょっといだい」
たまらず両手で自分の顔に食い込んでいる手を引き剥がそうとするリナ。だがしかし、先ほども言ったとおり彼のアイアンクローは完璧なまでにホールドされており、ちょっとやそっとでは外すのは困難であった。
「いたいいいたいいたい、やっやめ!!」
“やめて”という言葉を言いたいのだろう、だが痛みでそれすらも言えない状況と判断した大和は、これくらいで勘弁してやろうと手の力を緩めようと思った刹那。耳を疑う言葉が聞こえてきた。
「やっやめっ……やめないでえええええええ!!!!!」
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