てつの剣しか打たない鍛冶士ゼオンの生涯

さとう

てつの剣しか打たない鍛冶師ゼオン

 鍛冶士を目指す男がいた。

 彼は、6歳で槌を手に持ち、ドワーフだった祖父に弟子入りした。

 彼はドワーフではない。

 ドワーフの家の近所に住んでいた子供で、仕事が忙しい両親が相手をしてくれなかったので、ドワーフの家を毎日眺めていただけの子供だった。

 毎日聞こえる槌と金属の音。

 それが鍛冶の音だと知り、空き箱を見つけてドワーフの家の窓を覗いていた。

 ドワーフは、最初こそ相手にしなかった。

 だが、彼も孤独だった。

 軽い挨拶を交わし、仕事場を見学させ、ついには槌を持たせてみた。

 ドワーフは、彼に言った。


「ワシの弟子になるか?」

「……うん!!」


 6歳の少年は、ドワーフに弟子入りした。

 両親も、許してくれた。

 正直なところ、彼に興味がなかったのだろう。

 仕事が生き甲斐の両親の間に、たまたま生まれた子供だった。

 だから、ドワーフが世話をしてくれるなら、それでよかった。


「名前は?」

「ゼオン」

「ゼオンか。ワシはエルダー」


 これが、のちに《てつの剣しか打たない鍛冶士ゼノン》と、《最高の鍛冶士エルダー》の出会いだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルダーは、ゼオンに鍛冶の手ほどきをした。

 6歳の少年には辛い仕事だが、ゼオンは炎と槌、鉄の音に眼をかがやかせた。

 エルダーは、ゼオンに言う。


「まずは、てつの剣を打てるようになれ」

「てつの剣?」

「ああ。まずは、そこからだ」

「わかった!! じゃなくて……はい、師匠!!」

「……ふん」


 師匠。

 そう呼ばれ、エルダーが微笑んだように見えたのは、気のせいじゃない。

 ゼオンは、このぶっきらぼうな師匠が好きだった。

 そして、十年が経過。

 ゼオンは、十六歳になった。


「師匠、どうですか?」

「……ふん、そこらで打ってる包丁のがマシだな」

「……はぁ」


 ゼオンは、「てつの剣」を打てるようになった。

 だが、エルダーはゼオンの作品すべてを「駄作」だの「なまくら」と評価した。

 ゼオンは、諦めない。


「あの、師匠……お願いします! 師匠の剣を見せてください!」

「駄目だ。十年前、見せただろう?」

「でも……一回きりだし」

「一回で十分。お前の目には、ワシの剣が焼き付いている。それを超える「てつの剣」を打て。ワシがお前の剣を認めた時、次の修業に入る」

「……わかりました!」


 ゼオンは、目を閉じて思う。

 はじめて見たエルダーの剣。

 至高の一品という「てつの剣」を。

 カッと目を開き、ボロボロの槌を握り締める。


「よし!! もう一度!!」


 カーン、カーンと、鉄を討つ音が響く。

 エルダーは、ゼオンに言う。


「いいか、ゼオン。どんな駄作だろうと、ナマクラだろうと、お前の打った剣はお前の「子供」だ。子供同士を戦わせるような真似、するんじゃねぇぞ」

「……はい!!」


 そして、十年が経過した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ゼオン、二十六歳。

 ゼオンは、ベッドサイドで顔をクシャクシャにしていた。

 ベッドに横たわるのは、祖父のエルダー。


「師匠……」

「……いいか、ゼオン。お前のココロにある、お前だけの剣を───」

「……師匠?」

「…………」


 エルダーは、息を引き取った。

 結局、ゼオンは一度も、エルダーに認めてもらうことはなかった。

 エルダーの工房を受け継いだゼオンは、荷物の整理をしていた。

 そして、気付く。


「……ない」


 エルダーの打った剣が、ひとつもなかった。

 それだけじゃない。剣以外の武器も、何もなかった。

 ゼオンは後に気付く。これまでゼオンが使っていた武器の元となる鉄は、全てエルダーが打った剣が元であるということに。


「───……師匠、俺、まだ認めてもらってませんよね」


 ゼオンは、手拭いを頭に巻き、槌を手に取る。

 打つのは、てつの剣。

 この日から、ゼオンは「てつの剣しか打たない鍛冶士」と呼ばれることになる。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルダーの死から、さらに十年。

 三十六歳になったゼオンの工房に、一人の男がやってきた。


「あんたの打った剣が欲しい」

「……俺は、てつの剣しか打たない。打てない」

「見せてくれ」

「…………」

 

 男は、ゼオンが打ったてつの剣を見て、息を飲む。

 あまりにも、完成された「美」がそこにはあった。

 芸術品。美術品。至高の存在。

 刀身と、飾り気のない柄だけの、てつの剣。

 だが……あまりにも完成されていた。


「金はいくらでも出す。売ってくれ」

「……ひとつだけ、条件がある」

「何でも言ってくれ」


 男は興奮していたが、ゼオンは無視。

 たった一つだけ、条件を付けた。


「その剣は、俺の子。子同士を争わせることだけは、しないでくれ」

「……ああ、わかった」


 意味が分からなかったが、男は約束した。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 男が来た一年後、再び来客があった。

 やってきたのは、女性だった。

 身長の高い、妖艶な美女。

 美女は、ゼオンに言う。


「おぬしの打った剣を見たい」

「……」


 ゼオンは、顎で指す。

 指したのは、樽。そこにいくつもの「てつの剣」が刺さっていた。

 美女は、適当な一本を抜き───愕然とした。


「───じ、神器!? いや……鉄、の剣?」


 美女は、ゼオンと剣を何度も見た。

 そして、ニヤリと笑う。


「この剣を売れ。いくらでも出そう」

「…………」


 ゼオンは、言う。


「その剣は、俺の子。子同士を争わせることだけは、しないでくれ」

「?……わかった。誓おう」

「なら、いい」


 そう言って、美女に欠片の興味を持たず、槌を振り降ろす。


「……この男、絶対に従わぬな。ふふ、面白い」


 ポツリと何かを言い、美女は煙のように消えた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから、さらに一年が経過。

 ゼオンは、てつの剣を打ち続けていた。

 そして、もう何千本目、何万本目かわからない、てつの剣を完成させた。


「……師匠」


 よく打てた。

 いい剣だ。

 ワシの剣を超えた。


「……どうですか、師匠?」


 答えは返ってこない。

 師匠の教えでは、「エルダーの打ったてつの剣を超えたら、次なる修業」とあった。

 エルダーの剣はもうない。誰かに見比べてもらうこともできない。

 ゼオンの心の中にあるエルダーの剣と、たった今完成した剣。

 果たして、どちらが上なのか。


「…………くっ!!」


 ゼオンは何度も頭を振る。

 一瞬でも、自分の剣のが美しい───そう感じてしまい、恥じる。

 慢心するな。それは、エルダーが毎日言っていた。

 エルダーの剣は、もっと美しかった。

 自分のこの剣は、どうなのか?


「……どうなんだ?」

『…………』

「お前は、師匠の剣よりも美しいのか?」

『…………』


 答えが返ってくるはずもない。

 すると───ゼオンの胸に、モワリとした違和感があった。

 どこかで、誰かが泣いているような。


「…………」


 ゼオンは槌を置き、工房を出る。


「───……泣いている」


 ◇◇◇◇◇◇


 最果ての地にある巨大な城。

 ここに、二人の男女がいた。

 男女というだけであり、愛し合っているわけではない。

 むしろその逆。

 男は、勇者と呼ばれていた。

 女は、魔王と呼ばれていた。

 二人の手には、剣があった。


「貴様をここで倒せば、この世界は平和になる!! 魔王、お前を倒す!!」

「やってみるがいい!! みよ、この剣!! 『魔剣レバンテイン』!!」

「負けるか!! 輝け、『聖剣ファーウェル』!!」


 勇者の剣が魔力を帯びて輝く。

 魔王の剣が魔力を帯びて煌めく。

 互いの全力。

 勇者の仲間たちが、全ての想いを勇者に託し見守る。

 魔王の眷属たちが、魔王の勝利を確信し見守る。

 動けるのは、勇者と魔王だけ。

 世界の平和か、混沌か。その全てが二人の剣に託された。


「ハァァぁぁーっ!!」

「しゃぁぁぁ───ッ!!」


 光の剣と、闇の剣が重なり───。


 ◇◇◇◇◇◇




「約束を忘れたか?」




 ◇◇◇◇◇◇


 二人の剣が、割り込んだ一人の中年男性に、止められた。

 両手の人差し指と中指で、剣を挟んで止めていた。

 魔力が一瞬で霧散した。

 その場にいた全員が愕然とした。


 誰だ、こいつは。


 勇者も魔王も声が出せなかった。


「言ったはずだ。子同士を戦わせないと」

「あ、あんた……」

「お、おぬし……」


 中年男性ことゼオンは、二人の剣から手を放す。


「俺はまだ未熟だ。俺の打った剣に優劣ができてしまったら……俺は慢心する。この剣より、この剣のが優れている。俺の打った剣で一番がこいつ。なら、こっちの剣は? それともこっちは?……俺は、そう考えてしまう俺が、嫌なんだ。俺は、師匠の剣を超えていない。だから……俺の剣に、俺が優劣をつけるわけにはいかないんだ」

「「…………」」

「それでも続けるというなら」


 と、ここで魔王が剣を引いた。


「わかった」

「な、お前」

「勇者。全身全霊の一撃を止められた時点で勝負は決した。我々は……いや、お前も含めた我々は、勝っても負けてもいかんのだ」

「…………」

「この剣と、その剣。どうやら兄弟らしい。どうだ? ここは一つ、この剣を手に入れた経緯でも、酒でも飲みながら語り合わんか?」

「……はっ」


 勇者も剣を引き、苦笑した。

 もう、戦う気なんて、どこにもなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 勇者と魔王の和解。

 勇者と魔王は、和解から婚姻関係を結び、世界に平和が訪れた。

 ゼオンは、相も変わらず工房で剣を打っている。

 ゼオンの工房に、若い夫婦が訪ねてきた。


「相変わらず、てつの剣か」

「よ、おっさん」


 勇者と魔王だ。

 最近、よく顔を見せに来る。


「俺は、師匠の剣を超えていない。だからこれからも、師匠の剣を超える剣を───てつの剣を打つ」

「ふふ、そういうことか」

「……?」


 魔王は、何かを納得した。

 そして、勇者に言う。


「こやつの師匠は、自分の武器全てをこやつに残さなかった。手本を一度だけ見せただけ。そして、自分の剣を超える剣を打てと言って死んだ。つまり───自分で納得できる剣を、自分の打った剣を超える剣を打て、ということだ」

「それって、つまり?」

「ま、こやつの師匠は十年もてつの剣を打たせれば納得すると思ったんじゃないか? だが、こやつは頑固者……まさか、数十年もてつの剣だけ打つとは、思ってなかっただろう。ふふ、生きていたら驚くだろうよ。未だに師匠を超える剣を打てないと、てつの剣だけを打ち続けているんだからな」

「おいおい、それ……どうすんだよ?」

「知らん。ま、こやつの人生だ。自分が納得できるまで、やらせればよい」

「はは、そっか」


 鍛冶士ゼオン。

 彼は生涯、「てつの剣」しか打たない鍛冶士だった。

 その最期は、工房で槌を握り、一本の「てつの剣」を握っていたという。

 その剣の美しさは、魔王と勇者が感極まり涙を流すほど、美しい剣だったという。

 その「てつの剣」は、魔王と勇者に引き取られ、二人の息子、そのまた息子、さらにその息子に受け継がれていったという。

 どんなに美しい剣でも、きっとゼオンは納得していない。

 晩年の魔王はこう語った。


「きっとゼオンは、あの世で師匠に自分の剣を見せてるだろうさ。あれほどの美しい『てつの剣』でも、自分は師匠を超えてないと言ってね……奴の師匠がどんな顔をするか、見てみたいもんだねぇ」


 魔王は、自分があの世に行ったら、ゼオンと師匠、そして勇者を誘って一杯やろうと笑っていた。

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