第5話 襲撃、グランソルム城
翌日、俺はグランソルム城に足を運んだ。
もちろん、入場許可証を持って。
入口へと続く橋の前で、俺はグランソルム城を仰いだ。
天を刺さんとするかの如く、伸びる塔。
その威厳は、平和な王国の礎を支えている。
古より、混じりけのない純粋な人間を王に据える、由緒正しき王国だ。
俺は跳ね橋を渡り、城門を守る二人の兵士に歩み寄った。
「城にご入用ですか?
でしたら名前と、入場許可証をお見せください」
「えっと、フェル・フェリルです。
入場許可証は、ここに」
許可証を差し出すと、門番は魔術により指から光を出し、その光で入場許可証を照らす。
光の当て方を変え、舐めまわすように許可証を見る。
それから、俺の方に向き直った。
「ありがとうございます、確認いたしました。
担当の者を呼びましたので、真っ直ぐお進みください」
「は、はい」
俺は生まれてから、城に入ったことなんてない。
そもそもが田舎の辺境育ち、王都に来るようになったのも、ここ数年の話だ。
俺は城の外観だけで威圧されてしまっていた。
しばらく進むと、軍服を着た男が声を掛けてきた。
おそらく、さっき言っていた担当の者だろう。
「お待ちしておりました、フェル様」
その男は俺に敬礼をすると、あとをついてくるように言った。
おとなしくその男の後をついていく。
城の廊下は長く、広い。
いくつものドアが、ずらりと視界の彼方まで並んでいた。
そのうちの一つのドアに立ち止まると、俺の前を歩いていた男がノックをした。
「プリンセス。
フェル様をお連れいたしました」
ってことは、ここがプリンセスの執務室?
ワンテンポ置いてから、プリンセスの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
「お入りください」
男は扉を開くと、中に入るよう、ハンドサインをした。
俺が室内に入ってから、男も入室した。
「ありがとうございます。
下がってもよろしいですよ」
「ハッ!」
男は敬礼をして、退室した。
執務室は、左右に本棚、ドアの正面に一対のソファー、その奥に執務机という間取りだ。
執務机に姫様が、その隣にはアマリアが控えていた。
姫様は執務机から立ち上がり、ソファーの横へと移動する。
「どうぞ、お掛けください」
「は、はい」
姫様に言われるがままに、俺はソファーへと腰を掛けた。
次いで、姫様がソファーに腰を下ろした。
「一日ぶりですね、フェル様。
驚かれたでしょう?
本当にスカウトしてくるなんて」
「い、いえ。
一日で職業が見つかったんです、むしろ助かりました」
「それはよかったです」
姫様は優しく微笑む。
その笑みを見た瞬間、俺の心が大きく高鳴った。
やっぱりこの人、綺麗だ。
一昨日会った時は、クビになった悲しみから、そんなところを見る余裕もなかったが、すごく綺麗だ。
なんていうか、すごく綺麗っていうか……ああダメだ、考えがまとまらない!
「どうかされましたか?」
そんな俺の様子を見て、姫様は首を傾げた。
その仕草が、また可愛らしい。
「い、いえ……。
は、初めてなんですよ、お城に入るの。
だから、緊張してしまって……」
まるで壊れた機械のように、言葉を何度も詰まらせる。
「うふふ。
そうですよね。
威圧感だけはあるんです、この建物
今は緊張すると思われますが、すぐに慣れますわ」
「は、はい」
視界の隅でお茶を淹れているアマリア。
なんというか、優雅な空間だ。
冒険者だった頃は、もっと豪快で、ガサツな毎日だった。
俺が、こんな優雅な世界で生きていけるのだろうか?
そんな一抹の不安が、胸をかすめた、その瞬間だった。
ドアから、耳をつんざく爆音。
刹那、視界が煙で覆いつくされる。
……これは!?
「フェル様――!」
姫様の声が、そこで途切れる。
まさか、敵襲!?
動こうにも、煙のせいで何が起こっているのかが見えない。
だったら!
「ギガ・ウィンド!」
俺は魔力で空気を圧縮し、一気に解き放った。
本来風のできない室内に、暴風が吹き荒れる。
その暴風は窓をぶち破り、あっという間に周囲の煙を払った。
「な、なんて風だ……」
暴風の中から聞こえる男の声。
先程の爆発の際に入り込んだんだろう。
俺は、すぐさま姫様に目をやる。
姫様は、男に組み付かれ、口を塞がれていた。
見たところ、室内に侵入した男は五人。
皆、黒ずくめの服を着ている。
五人程度、敵にもならない!
「テメェ……!
オール・ブラスト!」
「ひぃい!」
姫様に組み付いていた男の表情が、恐怖に歪む次の瞬間には、俺の右足の蹴りが命中していた。
男は大きく吹き飛び、窓の外へ飛び出していった。
「姫様、こちらに!」
俺は姫様を左腕で抱き寄せ、残った男たちに目をやった。
どいつもこいつも怯えた顔をしてやがる。
残りは四人、アマリアは地面に寝そべり、気を失っているようだ。
早く手当てをしなくちゃいけないかもしれない。
だったら、一撃で終わらせる。
「ギガ・ウェーブ!」
俺は掌から、水の激流を生み出す。
そしてそいつを、剣を握るように、握りしめた。
まるで、水で出来た剣だ。
剣は見る見るうちに大きくなる。
この部屋を、部屋ごと切り裂けるほどに。
「誰の差し金か知らないが……命の保証はしねぇ!
姫様、伏せてください!」
水の剣をぐっと握りしめ、思い切り薙ごうとした瞬間。
「ま、待て!
お、俺達は姫様の部下だ!
お前が姫様に相応しいか――」
「問答無用!」
経験則だが、悪党は碌なことを言わない。
一瞬でも気を取られたら、死に直結する。
聞く耳など持つものか!
だが――。
「待ってください!」
俺の背中に抱き着いてきたのは、姫様だった。
「下がっていてください、こいつらは悪党です!」
「その方たちが言っていることは本当です!
私の部下なんです!」
「……は?」
「騎士団の方々が、あなたのテストをしたいと申してきたんです!
これは、あなたのテストなのです!」
テスト……これが?
え? じゃあ俺は、職場の先輩たちに、とんでもない無礼を?
「姫様はお止めになったのですよ。
テストであっても、あなたと対峙して、無事でいる保証はないと」
アマリアは、すっと立ち上がると、服に付いた埃を払う。
ってことは、ドッキリだったってことか?
ってちょっと待てよ!
俺が最初に蹴り飛ばした人、大丈夫なのか!?
ここ三階、しかも思い切り顔面蹴り飛ばしちまったけど……。
「じゃ、じゃあ俺は……とんでもないことを……?」
「フェル様のせいではありませんわ。
とにかく、すぐに手当てを」
「手配しております」
その時、四人いた黒ずくめの男の一人が、俺の前に来て頭を下げた。
「申し訳ありません。
このテスト、言い出したのは私なのです!
どうやら私は、あなたの力を侮っていたようです」
「あ、ここここちらこそ、本気で殺そうと思って……すみません。
と、とにかく、さっき蹴り飛ばしちゃった人を手当てしないと!
俺、一応ヒーラーでもありますから、治癒魔術は一通り使えます!」
その言葉に、男は目を真ん丸にした。
「あれほどの攻撃魔術を使えながら、ヒーラーなのですか?」
「どっちつかずの、器用貧乏なんで!」
俺は急いで窓から飛び降り、先程蹴り飛ばしてしまった男の手当てに入った。
まったく。
初日から、こんな調子じゃ、先が思いやられる。
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