第3話 本物の姫

「どうぞ、お入りください」


 オークの返り血にまみれた俺は、姫様の馬車へと招かれた。

 姫様は、先程までオークを惨殺していた俺に臆することもなく、笑顔を保っていた。


「は、はい」


 馬車は、前後に腰かけが用意されている簡素なものだ。

 簡素と言っても、流石に王族の馬車だ。

 壁は厚そうだし、装飾だって適度にある。


 俺はそんな馬車の中、姫様の向かいに座った。

 近侍のアマリアは、その姫の隣に腰を下ろした。


「先程はありがとうございました。

 あなたがいらっしゃらなければ、私の首は取られていたことでしょう」

「い、いえっ!

 べ、別に特別なことをしたわけじゃ……」


 姫様は、顔だちも体つきも、オーラさえ美しい。

 通った鼻筋に優しさを感じる瞳、サラサラの金髪に、掛値なしに最高級のドレス。

 そして、すべての男を引き付けるであろう、魅力的なスタイル……。

 どれをとっても完璧だった。

 俺からパーティを奪った、胸がデカいだけの女と違って。

 これが、本物の姫様……。


 そのまなざしに見つめられてしまうと、緊張してしまう。

 幾多ものダンジョンを潜り抜けてきた俺ですら。


「まずはお着替えを用意いたしましょう。

 血まみれでは、風邪をひいてしまいます」

「え? い、いいですよ、お気遣いなく」


 た、確かに、姫様が目の前にいるのに、こんな服装のままじゃ失礼か。

 せめて、汚れくらいは落とさないと。


「助けてくださったんです。これくらいはさせてください。」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 姫様から差し出されたのは、兵士の為に用意されたと思われる、白いシャツ。

 俺は今着ているシャツを脱いでから、体を拭こうとした。

 その時、姫様はピンク色のハンカチを使って、俺の体を拭った。


「ちょっ、汚れますよ」

「あなたがいらっしゃらなければ、今頃私の体はもっと汚されていました。

 これは私の誠意です」


 姫様の手を煩わせるのは、流石に悪い。

 俺はそそくさと体を拭き、白いシャツに腕を通した。


 それから馬車の座席に、ゆっくりと腰を掛けた。

 なんせ、ずっと歩きっぱなしだったんだ。

 こうして休めるのは、ありがたい。


「こうして会うのは二回目ですね。

 フェル・フェリル様」

「え、二回目……?」


 二回目、え? 俺いつの間に姫様と顔なじみに!?

 姫様と話したことなんて……。


「覚えていらっしゃらないんですか……?」

「いや、お、覚えてるような……覚えてないような……?」


 考えろ考えろ!

 王族の人と会うなんて言えば、十中八九仕事でのことだ。

 仕事で、ギルドからの依頼で、王族関係の仕事……。


 ――そういえば、二年前、俺達がまだ中級パーティだった頃、王族の護衛を頼まれたことがあったような……。

 あの時は、とりあえず顔だけ見て、軽く挨拶したっけ……?


「えっと、二年前のこと……ですか?」

「そうです! 覚えていてくださったのですね!」


 あの時はギルドの要請で、たくさんのパーティが参加していた。

 姫様はどうして、俺のことなんかを覚えているんだ?

 しかも、名前まで。


「姫様はどうして、俺のことを……?」

「あなた達パーティにすごく興味があったのです。

 まだ中級パーティだった頃から」

「俺達に……」

 

 俺はついこの間まで、トップパーティだった。

 だけど、今は違う。

 今の俺は、ただの俺だ。

 姫様の期待に応えられる人間じゃない。


「フェル様だけですか?

 お仲間の皆様は?」

「それが……」

 

 まあ、話しちまってもいいか。

 もしかしたら、同情を買って、職業斡旋とかしてくれるかもしれない。


「それが?」

「クビになったんです……パーティを」


 姫様は、その言葉を聞くや否や、目を真ん丸にしていた。

 その美貌に似合わない表情で、口をパクパクさせていた。


「あの……クビって……」

「解雇って意味です……。

 あ、解雇っておかしいですよね。

 雇われてるわけでもないんだし」

「ええっと、そういう話ではなくて……。

 どうして、フェル様がクビに……?

 私には、あのパーティはフェル様が支えているように見えていましたが……」


 まあ、気になるよな。

 俺が支えてたっていうわけではないが、誰かが欠けちゃいけなかったのは事実だ。

 

 愚痴交じりにこれまであったことを話そうとして、俺は言葉を詰まらせた。

 胸のデカい女が近寄ってきて、そいつらの色仕掛けでみんなが惑わされたなんて話、姫様にしてもいいのか?

 仮にしてよくても、名前を覚えてくれているレベルで興味を持っていたパーティが、そんな終わり方をしたなんて、姫様に知ってほしくはない。


「えっと、その……」

「話したく、ないのですね」

「すみません」

「いえ、最前線で戦う冒険者ですもの。

 私の知りえない事情があるのでしょう?」

「ええ……まあ、そんなところです」

「それでは、フェル様は王都に何を?」

「クビになちゃったし、新しい職業でも探そうかなと。

 幸い、腕っぷしには自信があるので、冒険者として日銭を稼ぐことも、兵士に志願することもできますし」


 これは半分本気で、半分嘘。

 確かに新たな職業を探したかったのはあるが、それよりも俺は、最前線を離れたかった。

 あそこにいるだけで、クビを告げられた時の光景がフラッシュバックして、おかしくなってしまいそうになるからだ。


「つまり、今なら私でも、フェル様をお迎えできる……ということですか?」


 その言葉は、姫様の精一杯のジョークなのだろう、俺は乾いた笑いを上げた。


「はは、それもいいですね。

 冒険者で、何にも縛られずにやってきた俺が、軍隊なんて務まらないと思いますけどね」

「大丈夫です、馴染めますよ。

 もし来ていただけるなら、すぐにでも話を通しておきます。

 三食昼寝付き、待遇は約束します」

「プリンセス、それは――!」


 姫様の隣に座っていたアマリアが、声を荒げる。

 そんな彼女を手で制し、姫様は俺を見つめた。


 姫様自らの勧誘?

 とても冗談で言っているようには思えない。

 ここで姫様に応じたら、俺の新しい就職先が決まるのか?

 だが、長い間ギルドでやってきた俺には、これが罠に見えてしまった。

 美味い話には裏がある。

 その言葉が、俺の骨の髄にまで染みついているからだ。 


 できれば「はい」と答えたいところだが、どんな裏があるかわからない。

 とりあえず、一度ギルドを通してもらった方がいいだろう。


「はは、王都に付いたら、ギルドに話を回してください。

 騎士団員、考えさせていただきます」

「そうですか……」


 俺の答えを聞いて、姫様は少しだけ、寂しそうな表情を浮かべた。

 まさか、本当にここでスカウトする気だったのか?


「では、王都に付いたら、ですね。

 まだ到着まで時間があります。

 よろしければ、これまでの冒険のお話をお聞かせください。

 私、冒険者の方のお話が大好きなんです」

「え、ええ。俺でよければ」


 まあ、いいか。

 この馬車に乗っていれば、王都まで退屈しなさそうだ。

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